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第22話『選別の審判』

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「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 終わった……のか? 正直、一〇〇もの機械仕掛けの獣を破壊した気がしない。もっと少なく感じた。それは俺が本来の力を引き出すことができるようになったからなのか、それともただ単に戦いなれたからからなのか、その両方なのか。
 自分でもよく分からない。

 ただ言えるのは、本来もっと悲惨になるはずだった事件を最小限の被害に食い止めたってことだろう。きっと、あの黒い機械仕掛けの獣は街に放たれ、住民を蹂躙するつもりだったはずだ。
 選挙そのものを滅茶苦茶にしようとするその策略が透けて見えてくる。
 だけど、これを計画した奴は、何者で、どうしてこのような力を持っているのだろう。
 これも、ヘーレジアの中にあった《領域》の一つってことなのか?

「サカイさーん!」

 すると、上から甲高い声が聞こえた。
 あのブレザーと黒髪は間違いない。

「おぉ、リリーじゃ――ぐへぇ!?」

 このヤロウ……頭突きしてきやがったぞ。何の恨みがあってこんなことを。

「な、何だったんですかあの動きは!? めっっっっっっちゃカッコよかったです!!」
「わ、分かったから俺の、体を、ゆするのをぉ、や、やめ、てくれぇ」
「は、はい。すみません……。でも、なんで急にあんなことが出来るように?」
「それはぁ……なんつーか、俺の中に眠っていた真の力が目覚めた的な?」

 うわぁ……自分で言っててクソみたいな言い訳なんですけど。何が真の力が目覚めただよ。痛いったらありゃしねぇぞ。ジェネシス結成前の自分探しの旅(笑)よりも黒歴史なような気がする。

「…………」

 ほら、リリーもさすがにドン引きだよ!
 雇い主がこんな頭がイカれたような発言する奴だと知って幻滅させちゃったよ、どうしよう……。

「なにそれカッコいい」
「はい?」
「アレですね! バトル漫画の主人公によくある覚醒と一緒ですね!」
「お、おう……」

 え、リリーちゃん? 少年漫画とか読むんだぁ。つーか、そんなキラキラした目で見ないでくれる? 正直、そんな少年漫画の主人公みたいにキレイな理由で覚醒したわけじゃないからな……。
 元々あった力が、思い出したくも無い悲惨な自分の過去を知って、リミッターが外れたようなもんだからさ。

「てか、リリーがここにいるって事は、ロディたちも近くに?」
「あ、はい。私が空から状況を見て、安全な距離で待機してるように言いました」
「そうか。良い仕事をしたなリリー」
「はい……!! ありがとう、ございます」

 リリーはとっても嬉しそうにしていた。やっぱ、褒められるって嬉しいよな。俺はこうやって褒める側に立ってるから、これからも出来る限り良い仕事をしてくれたら褒めてやらないと。

「あ、あの、サカイさん。ご褒美、欲しいです」
「ご褒美、か?」
「あ、えっと、その、頭を撫でて、く、くだ、さささ、さい」

 あはは……そんな顔を真っ赤にするくらい恥ずかしいなら言葉にしなけりゃいいのに。
 態度で示してくれりゃあ、それでも俺はなんでもしてやるのにさ。雇い主として、出来る限りの希望は叶えてやりたいんだ。

「いいぞ。よくやったな、リリー」
「う、うぅ……嬉しい、です」
「これからもよろしく頼むぞリリー」
「はい! このリリアン=マクファーレン、ジェネシスのために頑張ります!」

 そこまでやる気満々なら、俺もリリー以上に頑張らないといけないな。
 一先ずはフォートレス=ホークと機械仕掛けの黒い獣をすべて破壊した今、街の安全を確保したわけだが……増援が来ないとは言い切れない。
 警戒を緩めるわけにはいかない。一息つくのはまだ早い。

「よし。リリー、もう一仕事頼めるか?」
「はい! 何でも言っちゃってください」
「よーし。じゃあ、近隣住民の安否確認と避難誘導を頼む。おそらく警察や軍の救助隊も動き出しているだろうから、そういう人たちが到着するまでで良い。まぁ、協力できるようであれば、してもいいがな」
「分かりました。サカイさんは?」
「俺はまた良く分からないモノが来ないとは言い切れないからな。マリナさんたちの保護をしつつ警戒を続けるよ」
「了解しました。では、行ってまいりますね」
「おし、任せたぞリリー。一人に押し付ける形になって悪いな」
「いえ、そんなこと。サカイさんこそ、お気をつけて」
「分かった。ありがとうなリリー。じゃあ行ってくる」

 そして俺はロディのもとに走る。
 あわよくば、これ以上よく分からないことが起きませんように。
 俺の仕事はあくまでマリナ=エンライトの警護であって、この街を守ることじゃない。
 父親のブライアン=エンライトの身は、きっとあのグリフィス=オブライエンの便利屋『ガーデン』が守ってくれているであろう。
 そうじゃなけりゃ困る。こんな理解できない《領域》が襲ってきたとしても、無事に解決してもらわなきゃ、何のためにマリナさんを護衛したのか分からなくなるからな。


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「なぜだ!! なぜアレがブライアンの野郎を襲っていない! なぜブライアンの小娘が無事なのだ!? オイ所長、聞いているのか!?」

 なぜこんなことになったのだ! 私の目的は一ミリたりとも達成されていない。
 このままでは『推進派』の我らの敗北はゆるぎない。

「えぇ、聞いていますよ、チャーリー=オールドマン」
「では答えてもらおう。なぜ、ブライアンを襲わなかった!」
「……別に約束を守る義理は無いぞ、チャーリー=オールドマン。私はヘーレジアの知識を私利私欲のために利用しようとする奴の言いなりにはならないんですよ?」

 なんだコイツは……急に顔を険しくさせたぞ。何だ、私利私欲のためとは。所長は、私の願いを聞いてくれると言った。何がしたいのかも伝えた。その上で動いてくれたのではないのか!?

「なん……だと……? な、なら、何のために……」
「簡単な話ですよ。私には私の目的があった。そのためにあなたの誘いを受けて舞台を作り上げたに過ぎない。つまり、あなたは哀れな舞台装置だったというわけですよ」
「ふ、ふざけるな!! そんなことあってたまるか……!」
「別に私はあなたの味方になったわけではない。さぁ、ヘーレジアに登録される価値も無いその腐れ脳みそを持っているチャーリー=オールドマン。審判の時間だ」

 何を、言っているんだこの男は。
 審判……? それと、その赤毛の女の子はだれなんだ? なぜこんな場所にいる?

「お前があれほど欲しがっていた力を手に入れるチャンスを与えてやるってわけだよ」
「チャンスだと?」
「そう。さぁ、シェリル……あの小太りのおじさんに、試練を」
「は~い。わっかりました~。ふふふ……」

 あまりにも場違いな赤毛の小娘は、私に近寄ってくる。
 一体何が起きるというのだ? コイツは、私に何をしようとしているのだ!?

「やめろ、やめてくれ!」
「逃げないでよ。うまくいけば、この世界を覆す力が手に入るんだからさ」
「く……う、うぅ……うわああああああああああああああああああああああ!!」

 その次の瞬間――私の前に広がったのは暗闇。自分すら認識できない暗闇だった。
 何も見えない、音も無い、自分の動きすら認識できない。

 そして……突然目の前に現れたのは理解が追いつかない怪物だった。目がたくさんある形容しがたいもの。紫色の触手を持つ巨大な何か。内臓をぶちまけたかのような桃と赤で作られた肉塊。巨大な口だけで作られた何か。

 もう、理解が追いつかない。

 恐怖で声を上げたくても声が聞こえない。自分は声を出しているのかすら分からない。
 逃げ出すことすら叶わない。ただ、理解が追いつかない化け物に囲まれる。
 う、うわ……ふ、ふふ、ああ、あ、ああああ、ふひッ、あがたはおおだなあじょだへいへ、いへひ、ひどぢぢぢぢぢ――――。


  ◆


「ダメだったみたい」
「やはりな。コイツが適合者であるわけなかった。分かりきっていたことだよ。ジェネレーターを扱えるのは他の人には無い何かが必要だからね」
「あーあ、フェルトちゃんは良い人見つけたのになぁ」
「あぁ、そうだね。だから私の城に招こうじゃないか。ヘーレジアの知識の一部である堺直志君にね」
「はーい! 楽しみだなぁ」
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