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道
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目を閉じてみると、先程の出来事が映像のように流れてくる。胸騒ぎが収まらなくて、寝返りを何度も打つ。はぁ、と何度目かも分からないため息。何度も目を閉じて寝ようと試みるが、寝ている間に隼瀬が...と考えると目が冴える。いてもたってもいられず、もう一度隼瀬のいる集中治療室へ向かう。治療室の前は、長椅子がひとつ、置いてあるだけ。柊羽はその椅子に腰をかけて、隼瀬が出てくるのを待つ。待っている時間が酷く長く感じる。
バタンッ!
どれくらい経っただろうか。集中治療室の扉が開いた。そこには、色々な管に繋がれた隼瀬の姿。
「あぁ、柊羽くんでしたか。」
主治医と目が合った柊羽は、少し気まずく会釈する。
「すみません。俺、隼瀬のことを考えると眠れなくて...」
ここは笑って誤魔化した。
「はは、まぁそうだよね。大丈夫、とりあえず一命は取り留めたよ。隼瀬くんも、よく頑張っている」
「はい、本当にそう思います。でも...あぁいや、やっぱりなんでもないです。」
「そうかい?...とりあえず、部屋まで隼瀬くんを運んだから、君も寝なさい。」
今の時刻はもう朝と言っても良い、4時だった。
(4時か...)
今から寝ても、心海との約束時間を超えてしまいそうだ。しかし、隼瀬が無事ということを聞いたからか体の力が抜けて、眠気が襲ってくる。とりあえず隼瀬のいる病室へ戻ろうと足を運ぶ。
「へ、心海?」
部屋へ戻ると、恐らくこっそり入ってきたであろう心海の姿。
「しーっ、私も寝てたんだけど、隣の部屋から看護師さんたちが出入りする音が聞こえて、目が覚めちゃったの。隼瀬くんに何かあったんじゃないかって思うと寝てられなくて...来ちゃった」
心海はウインクをして場の空気をゆるめる。
「そうなのか...ごめんな、心海。隼瀬もこの様子だから、明日はきっと...」
「ううん、気にしてないから。それに、今日が終わりじゃないでしょ?絶対お見舞いに来るから。」
「本当か?...ありがとう、俺も嬉しい。きっと隼瀬は寝てる間に心海が病院を離れたら怒るだろうな...」
柊羽は少し微笑んで誤魔化す。
「そうね、隼瀬くんもいい子だから...。私たちは、ここでお別れを言えたもんね。私は病室に戻るわ、柊羽くんも早く寝てね」
「ああ、ありがとう。本当に」
柊羽が手を振ると、心海も返してくれた。
次の日、目を覚ますと時刻は10時。
ゆっくり眠れたことに安心し、病室のドアを開けて隣の部屋を確認する。ノックをしても、返事はない。恐らく、もう行ってしまったのだろう。少し悲しいが、またお見舞いに来てくれると言っていたので、俺も隼瀬も嬉しいだろう。隼瀬の面倒を見なくては行けないので、俺は病室へ戻る。
酸素マスクを着けたまま眠っている隼瀬。腕には沢山の管があり、点滴に繋がっている。
「はーやせ。もう朝だぞ?朝ごはん下げられちゃうぞ?」
少しいたずらっぽく言っても、隼瀬は目を覚まさない。
「はぁ。仕方ないなぁ」
柊羽は久しぶりに1人で朝ごはんを食べた。
食器を提げたあと、看護師さんから隼瀬の話を聞く。目が覚めたらナースコールを押すこと、逆に夜まで目が覚めなくてもナースコールを押すこと。結果どちらにしても押さなければならないので、柊羽は隼瀬が目を覚ますようにと願った。
「ん、ぁ...」
「大丈夫だ...隼瀬」
隼瀬は意識を戻さないまま高熱が続いた。
体温を何度も測るが、39.2という数字は動かなかった。看護師さんが言うには、隼瀬に使った薬の副作用だそうだ。だが安心はできないそうだ。高熱のまま発作が起きれば、目を覚ます可能性が一気に下がるらしい。しかし、薬の副作用なので発作が起きる可能性も低いらしい。安心は出来ないが、隼瀬をことを信用する。隼瀬の手を握る。握った手は、とても熱を持っていた。隼瀬の額に乗っている冷えピタを変える。短時間しか付けていない冷えピタは、もう温くなっていた。
「ちょっとひんやりするよ、隼瀬」
隼瀬の前髪をかき上げると、冷えピタを貼る。
「ん...」
意識がないとはいえ高熱は苦しいはずだ。
「隼瀬...」
もう一度、名前を呼ぶ。
「ん...あ、」
薄ら目を開ける隼瀬。
「隼瀬?隼瀬!」
柊羽は隼瀬の名前を呼びながらナースコールを押す。
「隼瀬くん!」
まもなく主治医と看護師が入ってくる。
「いっ...」
体を起こした隼瀬が、頭を抑える。
「隼瀬くん、突然起き上がってはダメです!症状は?」
「えっと、頭痛と...目眩、くらいです」
「そうですか。では解熱剤と痛み止め、投与しておきますね。」
「ありがとうございます」
「それと、柊羽くん。あとで隼瀬くんに水を飲ませてあげてね。」
「はい。分かりました」
看護師さんはそう言うと、病室を去っていった。
「え、と、...その、ごめん...?」
「隼瀬!!どれだけ俺が心配したと思ってんだよ!」
柊羽は早々に隼瀬に抱きついた。隼瀬は笑いながら「苦しいって」と言ったが、柊羽は心配した分隼瀬を抱きしめた。
「あ、そうだ、隼瀬。心海...」
「あ..えっと、心海ってもう行っちゃったよね...?」
「そうだな、もう行った。でも、見舞いには絶対来るって」
「そっか...」
隼瀬はがく、と頭を下げる。落ち込んでいるのだろう。
「隼瀬。水を飲もう」
柊羽は水の入ったペットボトルを持つと、隼瀬に渡した。
「ありがとう」
隼瀬はそのペットボトルを受け取ると、蓋を開けて一口、二口、三口と水を飲んだ。3分の1飲んだところで、隼瀬は柊羽にペットボトルを渡してきた。
「もういい、大丈夫。ありがとう」
「隼瀬も休んでおけ、まだ熱が続いてるんだ」
隼瀬の熱は下がることなく、37.6という数字を出していた。
「まだ下がらないな...解熱剤を入れてもらったはずなんだが...」
柊羽が頭を抱えていると、突然病室の扉が開いた。
「心海?!」
顔を出したのは心海だった。
「やっほ!来ちゃった。隼瀬くん、目覚ましたんだね」
「あぁ。やっと、な。」
隼瀬が目覚める前、心海は毎日ここの病室へ来てお花を置いて行ってくれた。一人でいる俺を慰めるように、ずっと話し相手になってくれていた。
「今日のお花はね、向日葵持ってきたんだよ。」
ほら、と差し出される花は太陽に向かってぎらぎらと咲いていた。
「わぁ...ありがとう、心海!」
隼瀬は ぱぁ、と笑顔になる。そんな隼瀬の笑顔を見て、柊羽も思わず微笑む。
「それで、柊羽から聞いたんだけど、隼瀬くん熱なんだよね?」
心海はそう言いながら腕にかけている袋の中からゼリー、栄養ドリンクと次々に出てくる。
「え、そ、そんな...心海!大丈夫だよ、」
隼瀬は申し訳ない、という顔で否定をするが、実はこれを持ってきて欲しいと頼んだのは柊羽だ。柊羽は看病に必要なものも揃えておらず(元々隼瀬が熱を出すとは思っていなかったため)、心海に頼んでいた。もちろん金銭面は柊羽が全部払っているが、心海が半分払ってくれてもいる。そんな心海に柊羽と隼瀬は心から感謝をする。
「大丈夫だよ。私がやりたいことだったし。ほら!隼瀬くんは気にしない!」
心海は半分強制的にそう言うと、隼瀬のベッドの上にある机に全て乗せた。横に長い机だが、なかなか広いこの机がいっぱいになるほど沢山の商品。
「本当にありがとう、心海」
隼瀬はほほえんだ。
「なんか食べるか?ゼリーかなんか...じゃないと飲み薬が飲めないんだ」
「あぁ、うん。えっと、ゼリーをいただこうかな...」
一瞬動揺したように隼瀬は言った後、みかんのゼリーを手に取った。蓋を開けようにも開けようとしないまま、隼瀬の手は止まったまま。
「あ、私これから予定あるから出るね!じゃあね、柊羽、隼瀬くん!」
「う、うん!またね、心海。ありがとう」
「ああ、またな」
心海はそっと病室から出たあと、俺は隼瀬に問いかけた。
「どっか具合が悪いのか?」
「....ほんとは、ちょっとだけ気持ちが悪くて...」
隼瀬は唾液を飲み込む。
「そうか...」
吐くのなら胃に何かを入れた方がいいのだろうか...それとも空っぽのまま?俺は悩んだ挙句、水を買ってこようと財布を持って病室を出た。隼瀬は「俺は大丈夫だから行って」と言っていたので、少し心配しつつ隼瀬の言葉を信じて1番最寄りの自販機へ向かった。
心海が持ってきてくれたのは飲むことが出来るゼリー、冷えピタ、栄養ドリンク、果物など沢山持ってきてくれた。しかし、柊羽は水を買いに自販機へ行ってしまった。
───直球に言うとまずい。
隼瀬はさっき柊羽に「平気」と言ってしまったが、実はなかなかまずかった。せり上がってくる吐瀉物を飲み込む。脂汗が止まらず、隼瀬は手を握りしめる。
「う.......っ!」
しまった、と思った時はもう既に遅かった。
「げほ、げほっ!」
抑えた手元から溢れる。ベッドに付着するのを避けるため隼瀬は避けようと思うが、体が動かない。膝がテーブルにあたってガンッ、と机の上のものが揺れる。
「う、けほ!...っ」
あまり出てはいないものの、苦しいのには変わりない。隼瀬の目からは生理的に涙が出てくる。
「戻ったよ...って、隼瀬?!大丈夫?!」
柊羽は買ったばかりの水さえも床になげつけ隼瀬に駆け寄る。
「ごめんな、俺が離れなければ...しんどいよな、まだ出るか?」
柊羽の大きい手が、隼瀬の背中をさする。隼瀬は首を縦に降ると、柊羽は袋を持って俺の口元まで持ってきてくれた。
「ごめん....っ」
苦しくて、汚くて。その姿を柊羽に見られたのが嫌で。隼瀬はただひたすらに謝った。
「大丈夫だ、隼瀬。気持ち悪かったんだよな?ごめんな、俺の方こそ気がつけなくて」
柊羽の表情は、胸を締め付けられるほどしょぼんでいた。
「けほ、けほ...」
「もう大丈夫だな?ほんと...ごめんな、隼瀬...」
「ううん、俺の方こそ、あの時平気って嘘ついて...ごめんね」
このことを言うつもりはなかったが、柊羽があまりにも素直に謝ってくるものだから、隼瀬も謝るしか術がない。
「は?!あの時お前嘘ついてたのか?!」
その事言った途端、柊羽の表情が変わった。
「う...そ、そうです...ごめんなさい」
「お前なぁ...ま、隼瀬がそういう性格なのは知ってたけど...」
「だって、あの時俺が大丈夫じゃないって言ったら柊羽に、迷惑、掛けちゃうかなって...」
「なっ、泣くなって!」
自分で言ったことなのに、涙が出てくる。
「それに、俺はこの人生お前のことについて迷惑だと思ったことなんて1度もないよ。な、おあいこ?」
柊羽はそう言いながら俺に小指を差し出してくる。
俺は微笑むと、柊羽の小指に自分の小指を絡ませた。
少し経つと、看護師さんが入ってくる。
「隼瀬くん、吐いたんですって?もぉ、吐く前に言わないと」
「す、すみません...」
優しく文句を言いながら看護師さんは点滴に吐き気止めを入れてくれる。
「でも、柊羽くんも本当にありがとうね。隼瀬くんはすぐ我慢しちゃうんだから!」
「は、はは...」
それについては否定できなかった。
「そうだぞ、隼瀬。なんかあったらすぐ言えよ。次はないからな!」
「わ、わかったよ...そんな怖い顔しないでよ」
俺がそう言うと、2人は笑いだした。
「えっ、ちょっと!」
でも、なんだか少しだけいつも通りの日常を取り戻した気がする。
バタンッ!
どれくらい経っただろうか。集中治療室の扉が開いた。そこには、色々な管に繋がれた隼瀬の姿。
「あぁ、柊羽くんでしたか。」
主治医と目が合った柊羽は、少し気まずく会釈する。
「すみません。俺、隼瀬のことを考えると眠れなくて...」
ここは笑って誤魔化した。
「はは、まぁそうだよね。大丈夫、とりあえず一命は取り留めたよ。隼瀬くんも、よく頑張っている」
「はい、本当にそう思います。でも...あぁいや、やっぱりなんでもないです。」
「そうかい?...とりあえず、部屋まで隼瀬くんを運んだから、君も寝なさい。」
今の時刻はもう朝と言っても良い、4時だった。
(4時か...)
今から寝ても、心海との約束時間を超えてしまいそうだ。しかし、隼瀬が無事ということを聞いたからか体の力が抜けて、眠気が襲ってくる。とりあえず隼瀬のいる病室へ戻ろうと足を運ぶ。
「へ、心海?」
部屋へ戻ると、恐らくこっそり入ってきたであろう心海の姿。
「しーっ、私も寝てたんだけど、隣の部屋から看護師さんたちが出入りする音が聞こえて、目が覚めちゃったの。隼瀬くんに何かあったんじゃないかって思うと寝てられなくて...来ちゃった」
心海はウインクをして場の空気をゆるめる。
「そうなのか...ごめんな、心海。隼瀬もこの様子だから、明日はきっと...」
「ううん、気にしてないから。それに、今日が終わりじゃないでしょ?絶対お見舞いに来るから。」
「本当か?...ありがとう、俺も嬉しい。きっと隼瀬は寝てる間に心海が病院を離れたら怒るだろうな...」
柊羽は少し微笑んで誤魔化す。
「そうね、隼瀬くんもいい子だから...。私たちは、ここでお別れを言えたもんね。私は病室に戻るわ、柊羽くんも早く寝てね」
「ああ、ありがとう。本当に」
柊羽が手を振ると、心海も返してくれた。
次の日、目を覚ますと時刻は10時。
ゆっくり眠れたことに安心し、病室のドアを開けて隣の部屋を確認する。ノックをしても、返事はない。恐らく、もう行ってしまったのだろう。少し悲しいが、またお見舞いに来てくれると言っていたので、俺も隼瀬も嬉しいだろう。隼瀬の面倒を見なくては行けないので、俺は病室へ戻る。
酸素マスクを着けたまま眠っている隼瀬。腕には沢山の管があり、点滴に繋がっている。
「はーやせ。もう朝だぞ?朝ごはん下げられちゃうぞ?」
少しいたずらっぽく言っても、隼瀬は目を覚まさない。
「はぁ。仕方ないなぁ」
柊羽は久しぶりに1人で朝ごはんを食べた。
食器を提げたあと、看護師さんから隼瀬の話を聞く。目が覚めたらナースコールを押すこと、逆に夜まで目が覚めなくてもナースコールを押すこと。結果どちらにしても押さなければならないので、柊羽は隼瀬が目を覚ますようにと願った。
「ん、ぁ...」
「大丈夫だ...隼瀬」
隼瀬は意識を戻さないまま高熱が続いた。
体温を何度も測るが、39.2という数字は動かなかった。看護師さんが言うには、隼瀬に使った薬の副作用だそうだ。だが安心はできないそうだ。高熱のまま発作が起きれば、目を覚ます可能性が一気に下がるらしい。しかし、薬の副作用なので発作が起きる可能性も低いらしい。安心は出来ないが、隼瀬をことを信用する。隼瀬の手を握る。握った手は、とても熱を持っていた。隼瀬の額に乗っている冷えピタを変える。短時間しか付けていない冷えピタは、もう温くなっていた。
「ちょっとひんやりするよ、隼瀬」
隼瀬の前髪をかき上げると、冷えピタを貼る。
「ん...」
意識がないとはいえ高熱は苦しいはずだ。
「隼瀬...」
もう一度、名前を呼ぶ。
「ん...あ、」
薄ら目を開ける隼瀬。
「隼瀬?隼瀬!」
柊羽は隼瀬の名前を呼びながらナースコールを押す。
「隼瀬くん!」
まもなく主治医と看護師が入ってくる。
「いっ...」
体を起こした隼瀬が、頭を抑える。
「隼瀬くん、突然起き上がってはダメです!症状は?」
「えっと、頭痛と...目眩、くらいです」
「そうですか。では解熱剤と痛み止め、投与しておきますね。」
「ありがとうございます」
「それと、柊羽くん。あとで隼瀬くんに水を飲ませてあげてね。」
「はい。分かりました」
看護師さんはそう言うと、病室を去っていった。
「え、と、...その、ごめん...?」
「隼瀬!!どれだけ俺が心配したと思ってんだよ!」
柊羽は早々に隼瀬に抱きついた。隼瀬は笑いながら「苦しいって」と言ったが、柊羽は心配した分隼瀬を抱きしめた。
「あ、そうだ、隼瀬。心海...」
「あ..えっと、心海ってもう行っちゃったよね...?」
「そうだな、もう行った。でも、見舞いには絶対来るって」
「そっか...」
隼瀬はがく、と頭を下げる。落ち込んでいるのだろう。
「隼瀬。水を飲もう」
柊羽は水の入ったペットボトルを持つと、隼瀬に渡した。
「ありがとう」
隼瀬はそのペットボトルを受け取ると、蓋を開けて一口、二口、三口と水を飲んだ。3分の1飲んだところで、隼瀬は柊羽にペットボトルを渡してきた。
「もういい、大丈夫。ありがとう」
「隼瀬も休んでおけ、まだ熱が続いてるんだ」
隼瀬の熱は下がることなく、37.6という数字を出していた。
「まだ下がらないな...解熱剤を入れてもらったはずなんだが...」
柊羽が頭を抱えていると、突然病室の扉が開いた。
「心海?!」
顔を出したのは心海だった。
「やっほ!来ちゃった。隼瀬くん、目覚ましたんだね」
「あぁ。やっと、な。」
隼瀬が目覚める前、心海は毎日ここの病室へ来てお花を置いて行ってくれた。一人でいる俺を慰めるように、ずっと話し相手になってくれていた。
「今日のお花はね、向日葵持ってきたんだよ。」
ほら、と差し出される花は太陽に向かってぎらぎらと咲いていた。
「わぁ...ありがとう、心海!」
隼瀬は ぱぁ、と笑顔になる。そんな隼瀬の笑顔を見て、柊羽も思わず微笑む。
「それで、柊羽から聞いたんだけど、隼瀬くん熱なんだよね?」
心海はそう言いながら腕にかけている袋の中からゼリー、栄養ドリンクと次々に出てくる。
「え、そ、そんな...心海!大丈夫だよ、」
隼瀬は申し訳ない、という顔で否定をするが、実はこれを持ってきて欲しいと頼んだのは柊羽だ。柊羽は看病に必要なものも揃えておらず(元々隼瀬が熱を出すとは思っていなかったため)、心海に頼んでいた。もちろん金銭面は柊羽が全部払っているが、心海が半分払ってくれてもいる。そんな心海に柊羽と隼瀬は心から感謝をする。
「大丈夫だよ。私がやりたいことだったし。ほら!隼瀬くんは気にしない!」
心海は半分強制的にそう言うと、隼瀬のベッドの上にある机に全て乗せた。横に長い机だが、なかなか広いこの机がいっぱいになるほど沢山の商品。
「本当にありがとう、心海」
隼瀬はほほえんだ。
「なんか食べるか?ゼリーかなんか...じゃないと飲み薬が飲めないんだ」
「あぁ、うん。えっと、ゼリーをいただこうかな...」
一瞬動揺したように隼瀬は言った後、みかんのゼリーを手に取った。蓋を開けようにも開けようとしないまま、隼瀬の手は止まったまま。
「あ、私これから予定あるから出るね!じゃあね、柊羽、隼瀬くん!」
「う、うん!またね、心海。ありがとう」
「ああ、またな」
心海はそっと病室から出たあと、俺は隼瀬に問いかけた。
「どっか具合が悪いのか?」
「....ほんとは、ちょっとだけ気持ちが悪くて...」
隼瀬は唾液を飲み込む。
「そうか...」
吐くのなら胃に何かを入れた方がいいのだろうか...それとも空っぽのまま?俺は悩んだ挙句、水を買ってこようと財布を持って病室を出た。隼瀬は「俺は大丈夫だから行って」と言っていたので、少し心配しつつ隼瀬の言葉を信じて1番最寄りの自販機へ向かった。
心海が持ってきてくれたのは飲むことが出来るゼリー、冷えピタ、栄養ドリンク、果物など沢山持ってきてくれた。しかし、柊羽は水を買いに自販機へ行ってしまった。
───直球に言うとまずい。
隼瀬はさっき柊羽に「平気」と言ってしまったが、実はなかなかまずかった。せり上がってくる吐瀉物を飲み込む。脂汗が止まらず、隼瀬は手を握りしめる。
「う.......っ!」
しまった、と思った時はもう既に遅かった。
「げほ、げほっ!」
抑えた手元から溢れる。ベッドに付着するのを避けるため隼瀬は避けようと思うが、体が動かない。膝がテーブルにあたってガンッ、と机の上のものが揺れる。
「う、けほ!...っ」
あまり出てはいないものの、苦しいのには変わりない。隼瀬の目からは生理的に涙が出てくる。
「戻ったよ...って、隼瀬?!大丈夫?!」
柊羽は買ったばかりの水さえも床になげつけ隼瀬に駆け寄る。
「ごめんな、俺が離れなければ...しんどいよな、まだ出るか?」
柊羽の大きい手が、隼瀬の背中をさする。隼瀬は首を縦に降ると、柊羽は袋を持って俺の口元まで持ってきてくれた。
「ごめん....っ」
苦しくて、汚くて。その姿を柊羽に見られたのが嫌で。隼瀬はただひたすらに謝った。
「大丈夫だ、隼瀬。気持ち悪かったんだよな?ごめんな、俺の方こそ気がつけなくて」
柊羽の表情は、胸を締め付けられるほどしょぼんでいた。
「けほ、けほ...」
「もう大丈夫だな?ほんと...ごめんな、隼瀬...」
「ううん、俺の方こそ、あの時平気って嘘ついて...ごめんね」
このことを言うつもりはなかったが、柊羽があまりにも素直に謝ってくるものだから、隼瀬も謝るしか術がない。
「は?!あの時お前嘘ついてたのか?!」
その事言った途端、柊羽の表情が変わった。
「う...そ、そうです...ごめんなさい」
「お前なぁ...ま、隼瀬がそういう性格なのは知ってたけど...」
「だって、あの時俺が大丈夫じゃないって言ったら柊羽に、迷惑、掛けちゃうかなって...」
「なっ、泣くなって!」
自分で言ったことなのに、涙が出てくる。
「それに、俺はこの人生お前のことについて迷惑だと思ったことなんて1度もないよ。な、おあいこ?」
柊羽はそう言いながら俺に小指を差し出してくる。
俺は微笑むと、柊羽の小指に自分の小指を絡ませた。
少し経つと、看護師さんが入ってくる。
「隼瀬くん、吐いたんですって?もぉ、吐く前に言わないと」
「す、すみません...」
優しく文句を言いながら看護師さんは点滴に吐き気止めを入れてくれる。
「でも、柊羽くんも本当にありがとうね。隼瀬くんはすぐ我慢しちゃうんだから!」
「は、はは...」
それについては否定できなかった。
「そうだぞ、隼瀬。なんかあったらすぐ言えよ。次はないからな!」
「わ、わかったよ...そんな怖い顔しないでよ」
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