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「今年も桜が綺麗だね...」
隼瀬は病室の窓を見てそう言った。
「そうだな。今年も満開だ」
「お花見、行けるかな」
「どうだろうな。でも行けたら俺が車椅子を引くし、好きな物も全部買ってやる」
そう言いながら柊羽は笑う。
「うん、ありがとう。」
コンコン
「はい、どうぞ~」
「失礼します、隼瀬くん。今日は元気そうね」
「はい、お陰様で」
「今日は桜が綺麗ね。隼瀬くん、桜大好きだもんね」
「はい、今日は晴れているのもあってとても綺麗で。お花見でも出来たらすごく楽しそうです」
隼瀬はうわ言のように呟く。
「そうね、今日の調子次第で行けるかもね、お花見。」
「本当ですか?嬉しいです」
「柊羽くんも行くのかしら?」
「はい、是非。俺もお花見行きたいですし」
「そうよねー。私もお花見行きたいわ」
冗談っぽく看護師さんはいうと、別の病室へ行ってしまった。
「だってよ、隼瀬。行くか?花見。」
「え、いいの?」
「もちろんだ。さっきも言ったが、好きな物全部買ってやる」
「...嬉しい」
「そうと決まれば支度だな。」
隼瀬は何かあった時のため、病院服から着替えられないが何かを羽織ることは出来る。春とはいえまだ肌寒いため、柊羽は隼瀬に薄いカーディガンを肩にかける。
「よし、いくかー!」
桜まつりは病院のすぐ近くで行われており、電車もバスも乗る必要が無い。
病院から許可を貰い、桜まつりへ向かう。
「わぁ、すごい綺麗」
晴れた空から除く満開の桜が、とても輝いていて眩しい。
(今日だけ、今日だけは発作が起きませんように)
隼瀬は祈る。そんな隼瀬の姿を見て柊羽は隼瀬の肩に手を置く。
「大丈夫だ、俺が保証する。なんかあっても絶対に守る」
「...うん」
そんな恋人の姿に、隼瀬は顔が熱くなる。
「なに、照れてんの。」
柊羽はかわいい恋人の姿に、思わず頬にキスをする。
「よし、行くぞ」
柊羽は車椅子を引き直す。
当場所に着くと、とても賑やかだった。写真を撮る人、花見団子を食べる人、または屋台で並んでいる人。そんな人々の様子がこの桜まつりを盛り上げている。
「俺、病室が変わる前は病室の窓から桜まつりが見えたんだ。窓を開けるとここまで賑やかな声が聞こえてくるくらい、すごく楽しそうだった。でも今、俺がいるって考えると...すごく、嬉しい」
「あぁ、俺もお前とここに来れて嬉しい。何か食べたいものはないか?」
「やっぱり、花見団子かな」
「だよな、俺も食べたかった」
柊羽はそう言うと隼瀬と共に屋台へ並ぼうとする。
「いや、俺は川の近くで待っておくよ、邪魔になっちゃうし」
車椅子はただでさえも場所を取ると言うのに、こんな人混みの中でずっとはいられない。
「でも...」
「俺は大丈夫だ。何かあったらすぐに連絡する」
「そうか?...分かった。本当に何かあったらすぐに連絡しろよ」
「分かった。ありがとう」
隼瀬は自分で車椅子を引いていく。
「ふぅ、」
少し人混みを避けたところの川沿い。
耳を澄ますと人の賑やかな声と、川の水が流れる音。
全てが心地よかった。次にここへ来れるのはいつになるか分からないし、桜がまた見れる季節になるまで生きていられるかどうかも分からない。
そんなことばかり考えていたから、涙がこぼれる。
こんな姿を柊羽に見せてしまうと、普段から過保護な柊羽が心配のし過ぎで倒れてしまいそうだ。
でも、涙が止まることは無かった。
「大丈夫?」
「...??」
突然渡された白いハンカチ。
「ごめんね、突然。私は心海。あなたは?」
「俺は...隼瀬。」
突然の自己紹介に、隼瀬も慌てて答える。
「隼瀬くんはさ、なにか病気を持っているの?」
「うん、そうだよ。心臓の病気かな」
「そっか」
心海は口をもごもごしながら答える。
「私は、喘息。この前発作を起こして倒れたから、あそこの病院で入院してるの。でも、今日は外出許可が降りたから桜まつりに来てるんだ」
「俺も、同じ理由。発作が起きるとか関係なしに病院暮しなんだけどね...俺が小さい頃から桜が好きなことを看護師さんが知ってたから、今日は特別にって。まぁ、保護者的存在まで着いてきちゃったけどね」
隼瀬はそう言いながらくすっと笑った。
「あ、笑った」
「??」
「さっき、隼瀬くんは泣いてたよね。理由は聞かない。でも、何かあったらすぐに誰かに言わないと、人間はすぐに壊れちゃうよ。」
「こわれちゃう、か。」
「うん、壊れちゃう。跡形もなく、ね。」
心海の表情は、前髪が影になりよく見えなかった。
「買ってきたよ...って、泣いてんの?!大丈夫?何かあったの?!」
花見団子を手にこちらへ向かってくるのは柊羽だった。
「え。あの、もしかして泣かせたのって...」
「こ、心海じゃない!!」
突然大声を出したせいか、咳が出る。
「げほっ、こ、ここみじゃ、」
「分かった分かった。君は心海ちゃんだね。隼瀬になんかあった?」
「さぁ。ただ、私がここに来た時に隼瀬くんが泣いてたから近付いただけ。」
「そうなのか、疑ってごめんな」
「ううん、気にしてないから。大丈夫」
「大丈夫か、隼瀬」
まだ隣でコンコンと咳をしている隼瀬の背中を、柊羽は優しく撫でる。
「ごめん、柊羽。もう大丈夫」
胸に手を当て、息を吐く。
「........っ」
途端、胸がひどく痛んだ。
────発作だ。
「っ....けほ!」
心臓が酷く痛む。自分の胸をガリガリと掻きむしっても、この痛みには勝てない。
「う...っ」
「隼瀬、呼吸を整えろ。落ち着いて。意識を絶対に飛ばすなよ。心海、あそこの病院の電話番号知ってるな?早く!」
「う、うん!」
心海は柊羽からスマホを受け取ると、電話番号を入力し電話をかける。
「ひ...ぅ、げほっ」
柊羽に縋り着いても、痛みが治ることは無い。柊羽は隼瀬の背中を必死に摩ってくれる。
「う...っ、柊羽...っ!」
ひゅーひゅーと自分の喉から鳴るのが聞こえる。もうすぐ、意識が飛ぶ。いっそ、飛ばした方が楽だ。
「...ぅ」
「隼瀬!!」
段々と柊羽の声が聞こえなくなる。目を瞑る。
「ん...」
「隼瀬!!」
俺は目を覚ました。あのとき、意識を飛ばしてからはなんの記憶もない。
「ごめん、柊羽...」
「お礼なら、心海に。心海がここに電話してくれたんだ」
「そ、そっか...どこにいるんだろう」
「おい、まだ寝とけって」
ベッドから起き上がった隼瀬をまだ寝るように言い聞かせ、柊羽は俺が聞いてくると言って病室を離れた。
「はぁ...」
息を吐くと、まだ少し痛む心臓。自分がこの病気じゃなければ。自分がこんなことにならなければ。つくつくと湧いてくる嫌悪感。自分がこの気持ちになってしまえばもう戻れない。柊羽がいなければ、治らない。
「うぅ....」
涙が止まらない。ずび、と鼻を鳴らす。
途端、ぎゅっと誰かに抱き締められる。
「うんうん、辛かったね。でも隼瀬くんは頑張ってるわ」
落ち着く声、鼻を擽るいい香り。
「先生...?」
「よかったわ、気づけて。もぉ、隼瀬くんも1人で泣かないの。柊羽くんは?お留守?」
「えっと...心海って子の病室を聞きに行ったきりです。」
「あー心海ちゃんね。あの子、もうそろそろ退院だから」
「そうなんですか?」
「そうよ。あ、そう言えば隼瀬くんが発作を起こした時、ここへ電話をかけてくれたのは心海ちゃんだったわよね。」
「はい、だからお礼がしたくて...」
「いいわね、心海ちゃんもすごくいい子だから。それに病室も隼瀬くんの病室からそんなに遠くないし、お礼くらいなら大丈夫よ」
「ありがとうございます」
にこっと隼瀬が笑うと看護師さんは隼瀬から離れる。
と同時に、柊羽が部屋へ入ってくる。
「先生もいるんですか、こんにちは。隼瀬、心海の病室、隣だったよ。今から行く?」
「うん、行きたい。今すぐに」
「おう。あ、ところで先生。隼瀬は大丈夫なんですか?」
「ええ、大丈夫よ。今までと同じ発作だったもの」
「分かりました。ありがとうございます」
柊羽はぺこりと頭を下げると、隼瀬を車椅子に乗せ隣部屋まで車椅子を引いていった。
コンコン
「はーい、どうぞ」
扉を開けると、心海が優しい笑顔で迎えてくれた。
「あの、ごめんね、せっかくお話出来る時だったのに...」
「あの時よね?大丈夫、気にしないで。それより、隼瀬くんは自分の体を優先する事ね!これだけはお願いよ」
「うん、分かった」
早々に会話が終わってしまい、気まずい時間が流れる。と思ったら、柊羽が口を開く。
「花見団子、みんな食べてないよね?俺、持ち帰ってきたから食べよ。ほら、心海も。」
「いいの?....ありがとう!」
心海は笑った。みんなで団子をひとつ、手に取って笑いながら一緒に食べた。
「あのね、」
話の話題を変えるように、心海は口を開いた。
「実は私、明日退院するの。」
「そうなのか?良かったな」
「うん、それでね。えっと...」
「2人の連絡先、良かったら教えて貰ってもいい?」
心海は口をもごもごさせながら言った。
隼瀬と柊羽は驚いて2人で顔を見合わせて、「もちろん」と答えた。
「ありがとう!私ね、今まで友達と連絡先交換なんてしたこと無かったんだ。だから、うれしい」
「ううん、俺もそういうのしたこと無かったから...俺も凄く嬉しい」
「隼瀬はな、話す人もあんまりいないから...心海が沢山話してあげると喜ぶよ」
「あのね、柊羽。俺話す人くらいいるんですけど...」
「て言っても俺か看護師さんだろ?」
「う...」
隼瀬がガクッと頭を下げると、心海は笑った。
「ほんと、2人って面白い。...ありがとうね、私を笑顔にしてくれて」
「ううん、こちらこそ。じゃ、心海。明日退院なんだろ?直前まで一緒にいようぜ」
「いいの?!ありがとう!うれしい」
「うん、俺も一緒にいたい。ねぇ柊羽、明日早く起こして欲しいな」
「分かってるって」
薬のせいで夜眠れず、1度寝てしまったらしばらく起きない隼瀬はいつも何かがある度、柊羽に起こしてと頼んでいた。
「じゃあな、心海」
「またね、」
「うん!ばいばい、隼瀬くん、柊羽くん」
心海は手を振る。柊羽は隼瀬の車椅子を押しているため、片手で手を振る。一方、隼瀬は両手で優しく手を振る。
『じゃあ、また明日。』
夜中。
「んん....」
「隼瀬、まだ寝れないのか?」
「うん...」
隼瀬と柊羽はお互い両親がおらず、病院側で特別な許可を得て一緒に寝泊まりしている。
「ごめん、柊羽は寝てもいいよ。」
「いや、俺が好きで起きてるんだから大丈夫だよ。それより、さっきから何度も唸ってるよな。どこか痛むのか?」
「えっと...うん。なんだか心臓の辺りが痛くて...」
「先生呼ぶか?」
「いや、大丈夫。なんともないから」
「そうか?...なんかあったら直ぐに言えよ」
「うん、わかった。おやすみ」
「あぁ、おやすみ。」
「う...あ...」
隼瀬の声が病室に響く。
「隼瀬?!」
隼瀬の声で起きた柊羽が、隼瀬の様子を伺う。
「大丈夫か?!どうしたんだ?」
隼瀬が被っている布団をめくると、隼瀬は心臓辺りを抑えて苦しんでいた。
発作だ。柊羽は理解した途端ナースコールを押した、押したあとはずっと隼瀬の背中を強く摩っていた。するとバタバタと隼瀬の主治医や看護師さんが入ってくる。柊羽は残り全ては医師に任せ、1人離れた。
長い廊下を歩く。
明かりも少なく、少しひんやりとした廊下をただひたすら歩く。
──残り、隼瀬はいくつ生きられるだろう。
先生も言っていた。「心臓の病気は治りにくいんだ。だから、いつでも覚悟していてね。」と。先生がそういったその日から、柊羽は隼瀬が発作を起こす度に胸騒ぎが収まらず、いなくなったらどうしよう、何をして生きていけばいいのかと考えてしまう。きっと、隼瀬は柊羽にとって生き甲斐なんだろう。
「...くそ」
隼瀬のことを考えると、涙が止まらない。
気分を変えるために自販機へ来たが、何も飲む気がない。缶コーヒーを買って、蓋を開け1口飲む。柊羽は自然と隼瀬が好きと言っていたミルクココアを買っていた。
「俺、なにやってんだろ...」
缶コーヒーを飲み干した勢いで、ミルクココアも飲む。ミルクココアは、缶コーヒーと比べてとても甘かった。
「.....」
きっと、隼瀬は集中治療室にいるだろう。心臓発作は命に関わる。その度、心が締め付けられる。なぜ、隼瀬なんだろう。
柊羽は気がついたら集中治療室に来ていた。もちろん中へ入ることは出来ないため、ドアの前で待つ。
「柊羽くんですね」
隼瀬の主治医が出てきた。
「隼瀬くんは大丈夫です。今のところですが...あの、少し向こうでお話を」
「はい、分かりました。」
「隼瀬くんの容態ですが...今は安定しています。しかし、いつ急変してもおかしくはありません...。心の覚悟を、しておいてください。」
「え...隼瀬は治るんですよね...?」
そう、信じきって医師に聞く。主治医は、静かに首を振った。
「心臓の病気は治りにくい、そう前に言ったと思う。本当に、その通りなんだ。でも...隼瀬くんには、柊羽くんがいる。隼瀬くんは、1人の柊羽くんを置いていかない。そう、信じられるだろう?」
「ですよね...。隼瀬ならきっと、俺を置いて行ったりしない...」
柊羽はその言葉を何度も繰り返し、自分に言い聞かせた。
「ああ、そうさ。柊羽くん、もう夜遅い、体に毒だ。こんな事態があって眠れないだろうけど、目を閉じるだけでもいいからベッドへ行きなさい。」
「はい、あの、ありがとうございました」
「礼を言うのはこっちのほうだよ、ありがとう。柊羽くん。」
柊羽は先生に向かって一礼すると、隼瀬の病室へ向かう。病室に入ると、本人のいない部屋。なんだか空っぽのような気持ちになった。ベッドへダイブすると、息を吐いた。隼瀬はいつ部屋に戻ってくるか分からない。でも、最近の発作の頻度が上がってる気がする。
前までは月に2回あれば多い方だったのに、最近は3,4と増えてっているような気さえする。柊羽はベッドにある枕へ顔を埋めると、溢れ出そうな涙を止めた。
こんな顔を隼瀬に見せては怒られてしまう。
早く寝て、元気な姿を隼瀬に見せれば隼瀬も元気になるだろう。柊羽はそう信じて目を閉じた。
隼瀬は病室の窓を見てそう言った。
「そうだな。今年も満開だ」
「お花見、行けるかな」
「どうだろうな。でも行けたら俺が車椅子を引くし、好きな物も全部買ってやる」
そう言いながら柊羽は笑う。
「うん、ありがとう。」
コンコン
「はい、どうぞ~」
「失礼します、隼瀬くん。今日は元気そうね」
「はい、お陰様で」
「今日は桜が綺麗ね。隼瀬くん、桜大好きだもんね」
「はい、今日は晴れているのもあってとても綺麗で。お花見でも出来たらすごく楽しそうです」
隼瀬はうわ言のように呟く。
「そうね、今日の調子次第で行けるかもね、お花見。」
「本当ですか?嬉しいです」
「柊羽くんも行くのかしら?」
「はい、是非。俺もお花見行きたいですし」
「そうよねー。私もお花見行きたいわ」
冗談っぽく看護師さんはいうと、別の病室へ行ってしまった。
「だってよ、隼瀬。行くか?花見。」
「え、いいの?」
「もちろんだ。さっきも言ったが、好きな物全部買ってやる」
「...嬉しい」
「そうと決まれば支度だな。」
隼瀬は何かあった時のため、病院服から着替えられないが何かを羽織ることは出来る。春とはいえまだ肌寒いため、柊羽は隼瀬に薄いカーディガンを肩にかける。
「よし、いくかー!」
桜まつりは病院のすぐ近くで行われており、電車もバスも乗る必要が無い。
病院から許可を貰い、桜まつりへ向かう。
「わぁ、すごい綺麗」
晴れた空から除く満開の桜が、とても輝いていて眩しい。
(今日だけ、今日だけは発作が起きませんように)
隼瀬は祈る。そんな隼瀬の姿を見て柊羽は隼瀬の肩に手を置く。
「大丈夫だ、俺が保証する。なんかあっても絶対に守る」
「...うん」
そんな恋人の姿に、隼瀬は顔が熱くなる。
「なに、照れてんの。」
柊羽はかわいい恋人の姿に、思わず頬にキスをする。
「よし、行くぞ」
柊羽は車椅子を引き直す。
当場所に着くと、とても賑やかだった。写真を撮る人、花見団子を食べる人、または屋台で並んでいる人。そんな人々の様子がこの桜まつりを盛り上げている。
「俺、病室が変わる前は病室の窓から桜まつりが見えたんだ。窓を開けるとここまで賑やかな声が聞こえてくるくらい、すごく楽しそうだった。でも今、俺がいるって考えると...すごく、嬉しい」
「あぁ、俺もお前とここに来れて嬉しい。何か食べたいものはないか?」
「やっぱり、花見団子かな」
「だよな、俺も食べたかった」
柊羽はそう言うと隼瀬と共に屋台へ並ぼうとする。
「いや、俺は川の近くで待っておくよ、邪魔になっちゃうし」
車椅子はただでさえも場所を取ると言うのに、こんな人混みの中でずっとはいられない。
「でも...」
「俺は大丈夫だ。何かあったらすぐに連絡する」
「そうか?...分かった。本当に何かあったらすぐに連絡しろよ」
「分かった。ありがとう」
隼瀬は自分で車椅子を引いていく。
「ふぅ、」
少し人混みを避けたところの川沿い。
耳を澄ますと人の賑やかな声と、川の水が流れる音。
全てが心地よかった。次にここへ来れるのはいつになるか分からないし、桜がまた見れる季節になるまで生きていられるかどうかも分からない。
そんなことばかり考えていたから、涙がこぼれる。
こんな姿を柊羽に見せてしまうと、普段から過保護な柊羽が心配のし過ぎで倒れてしまいそうだ。
でも、涙が止まることは無かった。
「大丈夫?」
「...??」
突然渡された白いハンカチ。
「ごめんね、突然。私は心海。あなたは?」
「俺は...隼瀬。」
突然の自己紹介に、隼瀬も慌てて答える。
「隼瀬くんはさ、なにか病気を持っているの?」
「うん、そうだよ。心臓の病気かな」
「そっか」
心海は口をもごもごしながら答える。
「私は、喘息。この前発作を起こして倒れたから、あそこの病院で入院してるの。でも、今日は外出許可が降りたから桜まつりに来てるんだ」
「俺も、同じ理由。発作が起きるとか関係なしに病院暮しなんだけどね...俺が小さい頃から桜が好きなことを看護師さんが知ってたから、今日は特別にって。まぁ、保護者的存在まで着いてきちゃったけどね」
隼瀬はそう言いながらくすっと笑った。
「あ、笑った」
「??」
「さっき、隼瀬くんは泣いてたよね。理由は聞かない。でも、何かあったらすぐに誰かに言わないと、人間はすぐに壊れちゃうよ。」
「こわれちゃう、か。」
「うん、壊れちゃう。跡形もなく、ね。」
心海の表情は、前髪が影になりよく見えなかった。
「買ってきたよ...って、泣いてんの?!大丈夫?何かあったの?!」
花見団子を手にこちらへ向かってくるのは柊羽だった。
「え。あの、もしかして泣かせたのって...」
「こ、心海じゃない!!」
突然大声を出したせいか、咳が出る。
「げほっ、こ、ここみじゃ、」
「分かった分かった。君は心海ちゃんだね。隼瀬になんかあった?」
「さぁ。ただ、私がここに来た時に隼瀬くんが泣いてたから近付いただけ。」
「そうなのか、疑ってごめんな」
「ううん、気にしてないから。大丈夫」
「大丈夫か、隼瀬」
まだ隣でコンコンと咳をしている隼瀬の背中を、柊羽は優しく撫でる。
「ごめん、柊羽。もう大丈夫」
胸に手を当て、息を吐く。
「........っ」
途端、胸がひどく痛んだ。
────発作だ。
「っ....けほ!」
心臓が酷く痛む。自分の胸をガリガリと掻きむしっても、この痛みには勝てない。
「う...っ」
「隼瀬、呼吸を整えろ。落ち着いて。意識を絶対に飛ばすなよ。心海、あそこの病院の電話番号知ってるな?早く!」
「う、うん!」
心海は柊羽からスマホを受け取ると、電話番号を入力し電話をかける。
「ひ...ぅ、げほっ」
柊羽に縋り着いても、痛みが治ることは無い。柊羽は隼瀬の背中を必死に摩ってくれる。
「う...っ、柊羽...っ!」
ひゅーひゅーと自分の喉から鳴るのが聞こえる。もうすぐ、意識が飛ぶ。いっそ、飛ばした方が楽だ。
「...ぅ」
「隼瀬!!」
段々と柊羽の声が聞こえなくなる。目を瞑る。
「ん...」
「隼瀬!!」
俺は目を覚ました。あのとき、意識を飛ばしてからはなんの記憶もない。
「ごめん、柊羽...」
「お礼なら、心海に。心海がここに電話してくれたんだ」
「そ、そっか...どこにいるんだろう」
「おい、まだ寝とけって」
ベッドから起き上がった隼瀬をまだ寝るように言い聞かせ、柊羽は俺が聞いてくると言って病室を離れた。
「はぁ...」
息を吐くと、まだ少し痛む心臓。自分がこの病気じゃなければ。自分がこんなことにならなければ。つくつくと湧いてくる嫌悪感。自分がこの気持ちになってしまえばもう戻れない。柊羽がいなければ、治らない。
「うぅ....」
涙が止まらない。ずび、と鼻を鳴らす。
途端、ぎゅっと誰かに抱き締められる。
「うんうん、辛かったね。でも隼瀬くんは頑張ってるわ」
落ち着く声、鼻を擽るいい香り。
「先生...?」
「よかったわ、気づけて。もぉ、隼瀬くんも1人で泣かないの。柊羽くんは?お留守?」
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「あー心海ちゃんね。あの子、もうそろそろ退院だから」
「そうなんですか?」
「そうよ。あ、そう言えば隼瀬くんが発作を起こした時、ここへ電話をかけてくれたのは心海ちゃんだったわよね。」
「はい、だからお礼がしたくて...」
「いいわね、心海ちゃんもすごくいい子だから。それに病室も隼瀬くんの病室からそんなに遠くないし、お礼くらいなら大丈夫よ」
「ありがとうございます」
にこっと隼瀬が笑うと看護師さんは隼瀬から離れる。
と同時に、柊羽が部屋へ入ってくる。
「先生もいるんですか、こんにちは。隼瀬、心海の病室、隣だったよ。今から行く?」
「うん、行きたい。今すぐに」
「おう。あ、ところで先生。隼瀬は大丈夫なんですか?」
「ええ、大丈夫よ。今までと同じ発作だったもの」
「分かりました。ありがとうございます」
柊羽はぺこりと頭を下げると、隼瀬を車椅子に乗せ隣部屋まで車椅子を引いていった。
コンコン
「はーい、どうぞ」
扉を開けると、心海が優しい笑顔で迎えてくれた。
「あの、ごめんね、せっかくお話出来る時だったのに...」
「あの時よね?大丈夫、気にしないで。それより、隼瀬くんは自分の体を優先する事ね!これだけはお願いよ」
「うん、分かった」
早々に会話が終わってしまい、気まずい時間が流れる。と思ったら、柊羽が口を開く。
「花見団子、みんな食べてないよね?俺、持ち帰ってきたから食べよ。ほら、心海も。」
「いいの?....ありがとう!」
心海は笑った。みんなで団子をひとつ、手に取って笑いながら一緒に食べた。
「あのね、」
話の話題を変えるように、心海は口を開いた。
「実は私、明日退院するの。」
「そうなのか?良かったな」
「うん、それでね。えっと...」
「2人の連絡先、良かったら教えて貰ってもいい?」
心海は口をもごもごさせながら言った。
隼瀬と柊羽は驚いて2人で顔を見合わせて、「もちろん」と答えた。
「ありがとう!私ね、今まで友達と連絡先交換なんてしたこと無かったんだ。だから、うれしい」
「ううん、俺もそういうのしたこと無かったから...俺も凄く嬉しい」
「隼瀬はな、話す人もあんまりいないから...心海が沢山話してあげると喜ぶよ」
「あのね、柊羽。俺話す人くらいいるんですけど...」
「て言っても俺か看護師さんだろ?」
「う...」
隼瀬がガクッと頭を下げると、心海は笑った。
「ほんと、2人って面白い。...ありがとうね、私を笑顔にしてくれて」
「ううん、こちらこそ。じゃ、心海。明日退院なんだろ?直前まで一緒にいようぜ」
「いいの?!ありがとう!うれしい」
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「分かってるって」
薬のせいで夜眠れず、1度寝てしまったらしばらく起きない隼瀬はいつも何かがある度、柊羽に起こしてと頼んでいた。
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「またね、」
「うん!ばいばい、隼瀬くん、柊羽くん」
心海は手を振る。柊羽は隼瀬の車椅子を押しているため、片手で手を振る。一方、隼瀬は両手で優しく手を振る。
『じゃあ、また明日。』
夜中。
「んん....」
「隼瀬、まだ寝れないのか?」
「うん...」
隼瀬と柊羽はお互い両親がおらず、病院側で特別な許可を得て一緒に寝泊まりしている。
「ごめん、柊羽は寝てもいいよ。」
「いや、俺が好きで起きてるんだから大丈夫だよ。それより、さっきから何度も唸ってるよな。どこか痛むのか?」
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「先生呼ぶか?」
「いや、大丈夫。なんともないから」
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「うん、わかった。おやすみ」
「あぁ、おやすみ。」
「う...あ...」
隼瀬の声が病室に響く。
「隼瀬?!」
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「大丈夫か?!どうしたんだ?」
隼瀬が被っている布団をめくると、隼瀬は心臓辺りを抑えて苦しんでいた。
発作だ。柊羽は理解した途端ナースコールを押した、押したあとはずっと隼瀬の背中を強く摩っていた。するとバタバタと隼瀬の主治医や看護師さんが入ってくる。柊羽は残り全ては医師に任せ、1人離れた。
長い廊下を歩く。
明かりも少なく、少しひんやりとした廊下をただひたすら歩く。
──残り、隼瀬はいくつ生きられるだろう。
先生も言っていた。「心臓の病気は治りにくいんだ。だから、いつでも覚悟していてね。」と。先生がそういったその日から、柊羽は隼瀬が発作を起こす度に胸騒ぎが収まらず、いなくなったらどうしよう、何をして生きていけばいいのかと考えてしまう。きっと、隼瀬は柊羽にとって生き甲斐なんだろう。
「...くそ」
隼瀬のことを考えると、涙が止まらない。
気分を変えるために自販機へ来たが、何も飲む気がない。缶コーヒーを買って、蓋を開け1口飲む。柊羽は自然と隼瀬が好きと言っていたミルクココアを買っていた。
「俺、なにやってんだろ...」
缶コーヒーを飲み干した勢いで、ミルクココアも飲む。ミルクココアは、缶コーヒーと比べてとても甘かった。
「.....」
きっと、隼瀬は集中治療室にいるだろう。心臓発作は命に関わる。その度、心が締め付けられる。なぜ、隼瀬なんだろう。
柊羽は気がついたら集中治療室に来ていた。もちろん中へ入ることは出来ないため、ドアの前で待つ。
「柊羽くんですね」
隼瀬の主治医が出てきた。
「隼瀬くんは大丈夫です。今のところですが...あの、少し向こうでお話を」
「はい、分かりました。」
「隼瀬くんの容態ですが...今は安定しています。しかし、いつ急変してもおかしくはありません...。心の覚悟を、しておいてください。」
「え...隼瀬は治るんですよね...?」
そう、信じきって医師に聞く。主治医は、静かに首を振った。
「心臓の病気は治りにくい、そう前に言ったと思う。本当に、その通りなんだ。でも...隼瀬くんには、柊羽くんがいる。隼瀬くんは、1人の柊羽くんを置いていかない。そう、信じられるだろう?」
「ですよね...。隼瀬ならきっと、俺を置いて行ったりしない...」
柊羽はその言葉を何度も繰り返し、自分に言い聞かせた。
「ああ、そうさ。柊羽くん、もう夜遅い、体に毒だ。こんな事態があって眠れないだろうけど、目を閉じるだけでもいいからベッドへ行きなさい。」
「はい、あの、ありがとうございました」
「礼を言うのはこっちのほうだよ、ありがとう。柊羽くん。」
柊羽は先生に向かって一礼すると、隼瀬の病室へ向かう。病室に入ると、本人のいない部屋。なんだか空っぽのような気持ちになった。ベッドへダイブすると、息を吐いた。隼瀬はいつ部屋に戻ってくるか分からない。でも、最近の発作の頻度が上がってる気がする。
前までは月に2回あれば多い方だったのに、最近は3,4と増えてっているような気さえする。柊羽はベッドにある枕へ顔を埋めると、溢れ出そうな涙を止めた。
こんな顔を隼瀬に見せては怒られてしまう。
早く寝て、元気な姿を隼瀬に見せれば隼瀬も元気になるだろう。柊羽はそう信じて目を閉じた。
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アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。
「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」
「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」
「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」
彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。
「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」
「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」
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いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。
私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、
一部に翻訳ソフトを使用しています。
もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、
本当にありがたく思います。
何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか
風
BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。
……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、
気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。
「僕は、あなたを守ると決めたのです」
いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。
けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――?
身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。
“王子”である俺は、彼に恋をした。
だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。
これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、
彼だけを見つめ続けた騎士の、
世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
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