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5:それは小麦と恋の香り
女の子の内緒話2
しおりを挟む袋を渡されて遣いに出たイヴは小走りで畑を探す。何度も顔を合わせているためミランダを目印に町の中を探し回っていくと、柵で分けられた広い畑が見えてきた。そこにミランダと女性数人が雑草を抜いていた。作業中であるのを見て取ると柵を越えるのに躊躇する
柵の手前で当惑していると、つとミランダが首を巡らせた。目が合い、ミランダが微笑を描く。作業を中断してこちらまで駆け寄ってきてくれた。挨拶をしてからミランダはイヴが手に持っている袋に視線を落とす。
「あ。あの、これミランダさんに渡せばいいって言われて」
「見せてもらえる?」
「はい」
手にある袋をイヴはミランダへと差し出す。ミランダは受け取って紐を緩め、口を開いて中を覗き込んだ。中身を見て納得したような声を発し、面を上げた。
「ちょっと待ってて」と一言言って、その場から駆けて離れていった。言われた通りに待っていると、やがて戻ってきた。手渡した袋は持っておらず、代わりに紙袋を持っており、片方を後ろ手にしている。
戻って来るや紙袋が差し出された。きょとんとしてイヴは中を覗き込む。まだ土の付いた芋がいくつか入っていた。そしてミランダはもう片手を次に出した。片手には小さい紙袋があり、同様に見てみればそちらにはチーズが入っている。
「えっと……」
「ミルクは次のパンの時に、と伝えておいて?」
「もらって、いいんですか?」
「ええ。いつもこうして物々交換しているのよ」
「そうだったんですね。でも……」
豆に対してこんなにもらってもいいものか、とイヴは言いたげにしている。
豆は定番にして王道で食卓によく出される。それだけ頻繁に使われるものだが、いくつかあったとはいえ、豆はそれほど多くはなかった。しかしイヴに渡されたのは数個の芋とチーズだ。どちらも普段使いやすい食材だというのに二種類もある。見合っていないように思えた。
渡されて持ってはいるもののその状態のまま動けずにいる。そんなイヴに、ミランダは相好を崩した。
「いいのよ。いつもパンをいただくから。お芋はね、少し時間経っているし。だから気にしないで」
「……うーんと」
時間が経っていて、パンをよくもらっている。そう言われて当初よりは腑に落ちた。しかしそれでも力強く肯く事は出来ず、迷いが口に出る。戸惑いながら袋を手前に引き寄せているとミランダが何か閃いた顔をした
「そうだわ。それじゃあ、明日のお昼、また来てもらえる?」
「え……?」
「あなたがこの街に来た理由とか、教えて欲しいの。それが代わりでどう?」
――明日のお昼……。
まだ得心のいっていないイヴを見たミランダからの提案にイヴは思案を始める。
パン屋で働き始めてまだ日は浅いものの、明日は初めての休みの日だ。一日中自由に使える日。
やはりどうしても黒竜の姿が浮かぶ。普段はそう長い時間共にはいられない上にあの黒竜を追いかけてここまで来たのだから当然と言える。
以前よりは受け入れてもらえている今、休みの日は貴重だ。もっとお互いの事を知られる絶好の機会なのだから。だからこそ色んな事を試してみようと思ったのだ。
――たくさん話せる日。だけど……
フェリークの事は気になるが、思うところがあり即答出来ずにいた。彼女からは温かで、ほのかに好意を感じられる。代替の交換条件などと銘打っているものの、仲良くしようとしてくれているのはイヴにもわかった。フェリークを優先したい気持ちは強いが無下にも出来なかった。
長考しているのを見て取ったミランダが心配そうに眉尻を下げる。
「……どうしたの? 話したく、ない?」
「あ……いいえ。明日、また来ます」
「そう! 良かった! じゃあまた明日ね! またここに来てくれればいいから」
「はい、わかりました。……また、明日」
悩んだイヴだったが、結局明日会って話す事とした。愁眉を開いたミランダに自然と頬が緩む。
年上ではありそうだがこの街で初めての年の近そうな女性だ。友人になれるかもしれない。かの黒竜の姿を見て、共にある事が至上としてここまで来たイヴだったが悪くはないかもしれないと思い始めていた。
笑顔になってくれたミランダに見送られながら礼をして踵を返す。袋をしっかりと抱えながらやや急ぎ足で戻っていく。明日が少しだけ楽しみになりながら。
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