一目惚れなんです、黒竜様

雪吹つかさ

文字の大きさ
24 / 71
5:それは小麦と恋の香り

女の子の内緒話4

しおりを挟む




 ミランダとイヴが初めて出会った場所である広場
 適当に目に付きやすい場所へと腰を降ろしてバスケットを隣へと置く。中を覗き込めば当然パンが詰まっている。待っているように言われたものの、することがない。自分用のパンでも食べようかとイヴの頭を過ぎるが覗き込むのをやめた。それほど空腹ではないというのもあったが憚られたのが大きな点だった。
 手をつけなかったものの、ただ待つ事になるという事実に変わりはない。時間がかかるだろうと思ったイヴは広場までの道のりをゆっくり、遠回りしてやってきていた。イヴなりに時間潰しはしてきたのだ。それでもまだミランダの姿はない。もう少し時間を潰す必要があると見て大きく息を吸って、溜めた息を吐いてから空を仰ぎ見た。

 白い雲と海のような澄んだ青色の空だ。陽射しは暖かい程度で強くはない。快晴とは呼べないが気分を良くさせるには十分な天気だった。


 ――あの時の空には勝らないけど、良い天気


 そよ風が髪を揺らして目を閉ざした。瞼の裏に浮かぶのはあの運命の日だった。木々に囲まれた中で見上げた空。雄大な空を大きく羽を広げて飛んでいた黒い影を思い出してぼんやりと呟く


「もう見られないのかなぁ……」


 いくら見上げてもあの空はどこにもない。黒竜とは森に行けば会える距離ではあるが、言葉を交わした限りではもう悠々と飛ぶ事はなさそうであった。足繁く通うイヴは痛感してはいるもののあの空をどうしても探してしまうのだ。
 目を開ければ描いたように美しい空がある。遮蔽物がないため一面に空が見えるが当然黒い形はない。それに寂しさを抱いてしまう。視点を戻して今一度目を閉じて体で風や太陽の心地よさを味わった。


「ごめんね、待たせちゃって。休憩もらってきたわ」


 次に目を開けた時には人の形が映った。小走りで向かってきたミランダの姿に立ち上がった。到着するや謝罪するミランダに首を振ると胸をなで下ろした様相に変わる。隣へと腰を落とし大きく息を吐いて休息をするミランダを見てからイヴは再びその場に腰掛けた。脇にあるバスケットを手にとって膝に乗せる。中から一つパンを取り出して差し出した


「まだ他にもあります、けど。お腹がすいていればどうぞ」
「まあ……私に?」
「シェリーさんからです。昨日の……」
「ああ! そう。ちょうど良かった。お腹すいていたのよ、ありがとう」


 活動時間であり今先程まで労働に徹していたのだ。本当に空腹だったのだろう。納得すると共に嬉しそうに受け取った。
 ミランダの元へとパンが渡ったのを目で確認してから視線をバスケットへと落とした。調理――他の材料を挟んだだけの代物だが――したパンはもう一つある。イヴは二つ作っていたのだ。ミランダを盗み見る。既に食べ始めており口は頻りに動いていた。どうせならばとミランダの分も作っていたのは正解だったと確信する。
 食事を済ませてから空腹まではまだ時間が足りない。手をつけずにいるイヴだったが、美味しそうに食べ進めているミランダを見ているとパンに手が伸びた。自分の分もバスケットの中から取り出した


「いけない。美味しくってつい。ねえ、この街に来た理由、教えてもらえない?」


 半分ほどを食べ終えたところでミランダは今日の目的を思い出した。パンを持ったものの未だ食べずにいたイヴは本題を切り出されて機会を見失う。


「色んな街で噂を聞いて……この辺りに黒」


 黒竜様がいると知って、と明確に黒竜の事を出そうとして言葉を止めた。
 この街の黒竜に対しては十分に知っている。大体決まってはいるが今のところ友好的ではないのは確かだ。祀られている訳でも親しき友としている訳でも頼れる長のようにしている訳でもない。安易にその存在を示唆するのは良くないのははっきりとわかった。

 二の句が見付からずに黙り込む。揚々として今日のこの場に臨んだものの、黒竜の事をそのまま口には出来ない。さりとて誤魔化すための言葉を上手く並び立てるにはあまりにも幼い。
 イヴの頭の中でふと過ぎったのはかつてシスターへ出した質問だった。そしてその返答。差し込んだ陽の光を浴びたようなどこか神々しい澄んだ答え。彼女の声を思い出しながら自然と口を開いてゆく。


「とても……惹かれる、ずっと会いたかった相手がここにいるって聞いたから会って、みたくて……。ごめんなさい。理由なんて、それだけで」


 この街自体に興味があった訳ではない。この場所には森の竜を除けば際立った特徴はない。強いて言えばイヴが働いているパン屋くらいだろう。それでもミランダはこの街の住民だ。遠方からわざわざこの地に来た事を嬉しく思っていたに違いない。その考えに至ったイヴは謝罪を口にしていた。
 しかし、ミランダは落胆している訳でも憤っている訳でもなかった。微笑ましげにイヴの事を見ていた


「そうだったのね。それで?」
「え?」
「会えた?」
「……はい」


 予想外の言葉にイヴは一瞬面食らったが頷いた。探していた相手と会うことが叶った。それだけではなく会話をすることも。口元はおのずと緩んでいた。


「良かったわね。それからそれから?」
「は、はい。えっと……少しずつお話しています。仲良く、とかではないですけど……」


 ミランダは興味深そうに続きを促してくる。それに少し戸惑いながらも話していった。
 全てを話す訳にはいかなかったが、今まで誰にも言わずにいた事を話す事が出来た。ミランダは次第に目を輝かせて深く頷いては相槌を打っていた
 ただの恋話を話しているかのよう。聞き手側からすれば実際にそうだったのかもしれない。一目惚れした誰かを噂だけで探し歩き、あまり名の知られていないこんな地まで追い求めてきた。ただ会いたいがために。
 少女であるが故のエネルギッシュな恋物語のようだと。


「ありがとう。よくわかったわ。時々でいいからまた話してくれる? 近況とか!」


 一通り聞き終えたミランダはまっすぐに見つめた。目を丸くしたイヴだがこくりこくりと何度も頷いて承諾する。どちらかというと窈窕たる女性。長閑な日のような。そんな女性が珍しく語調が強めである事に気圧され気味な返事だった。

 それからパンを食べた。ミランダはまだ仕事が残っているらしく談話はそう長くは続かなかった。バスケットを渡してもう一つの目的も果たす。仕事に向かうミランダを見送って、イヴも踵を返した
 ふと、空を見る。変わらぬ空がそこにはあった。


「美しいものを、美しいと思うのはおかしなことではない……ですよね、シスター?」


 今この場にいない彼女にもう一度問うた。胸の奥に僅かに何かが引っかかりながら。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?

木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。 彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。 公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。 しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。 だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。 二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。 彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。 ※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない

二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。 ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。 当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。 だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。 ――君の××××、触らせてもらえないだろうか?

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

愚かな側妃と言われたので、我慢することをやめます

天宮有
恋愛
私アリザは平民から側妃となり、国王ルグドに利用されていた。 王妃のシェムを愛しているルグドは、私を酷使する。 影で城の人達から「愚かな側妃」と蔑まれていることを知り、全てがどうでもよくなっていた。 私は我慢することをやめてルグドを助けず、愚かな側妃として生きます。

処理中です...