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7:重い音はいまは遠く
酒場の花
しおりを挟む夜になると雨足は随分と弱まった。小降り程度で、明日は望みがありそうだ。逐一外の様子を窺っていたイヴもホッとした。
自然と相好を崩したイヴだったが、シェリーがパンの入った革袋をテーブルの上に並べているのを目撃して表情は固くなる。外はもう暗く街も穏やかな静かさを保っているが今から訪れる酒場はこれからが本番だ。尤もイヴの表情を硬化させたのは酒場に訪れて酔っ払う者達ではないが。
「ちゃんと被って、しっかり持ちな。風邪なんて引かれたら大変だからね」
「は、はい」
マントをイヴに羽織らせてしっかりと留める。フードを被せて膨れた革袋を三つほど渡した。渡されたイヴはきつく両腕で抱える。まだ水滴が蒸発しておらずついたままのマントをシェリーはとって着けた。両脇に袋を抱え両手にも持つ。置いていた革袋は全てテーブルの上からなくなった。
グレンが裏口の扉を開ける。二人が通ってゆき、扉を閉める前に憂心を顔に出しながらも見送った
外はひやりとしていた。マント越しに雨が体に当たる。雨粒が体に当たる度に急かされた気になって小走りで酒場へと向かってゆく。階段の前で一度止まり、今度はゆっくりと降りてゆく。両手が使えないため一歩一歩確かめるように慎重に足を運ぶ。
地下酒場に着くとイヴは息を吐いて辺りを見回す。以前イヴが来た時よりも席が埋まっている。満席とはいかないまでも、十分賑わっている。絶えず話し声が聞こえ、高揚した者からは笑い声が聞こえる。
そんな中を駆け回っている一人の女性がいた。両手いっぱいに麦酒が入った木製のコップを持って各々のテーブルに置いている。
――あ……。あの時の
「エマ!」
一つに纏めた髪を揺らして女性が振り返った。全ての容器を客の元に届け、手が空いてから駆け寄った。
「こっ……こんばんは……」
「何? わざわざ来て商売?」
「見た通りだよ。いるなら安くで売るよ」
「……こっちきな」
顔をカウンターに向けて動かして二人を奥へと誘う。革袋を抱え直して先を歩く女性を追いかけて二人は奥へと向かってゆく。
カウンターの前で女性が足を止める。シェリーが持っていた革袋をカウンターへと転がした。無造作に置かれた革袋を並べる。その横にイヴは腕を置いて左右から腕を離して置いた。
全ての袋が横二列へと並べられる。イヴが見上げれば二人は仕事の話をし始めた。パンの数や種類、単価などイヴには右から左に流れてゆく話だ。
話に加わる事が出来ず、手持ち無沙汰になって店内を見る。酒を楽しむ客達の間を小さな姿が抜けていっていた。客が食べ終えた器を運んでこちらへと戻ってきている。空の器を厨房の方まで持って行ってから戻ってきた。視線が合えばにこやかになる。
「いらっしゃーい!」
「こんばんは。エルマとカミル……だよね?」
「そーだよ! エルマはね、ここのカンバンムスメなんだよ?」
目線の高さに合わせてしゃがんで話しかければエルマは両手を腰にあてて体を逸らした。エルマの後ろにいるカミルは姉の横から顔だけを覗かせてじいっとイヴを見ている。
「パン屋のおねーさん……」
「覚えていてくれたんだね」
「そうなの!? 見たことあると思った! おねーちゃんもカンバンムスメ?」
「か、看板娘かはわからない、かな」
ーーでもこの感じなんだか懐かしいなあ。
「おねーちゃん何食べる? ちゅーもん聞くよ?」
「あ……ごめんね、今日は食べに来た訳じゃないの」
「そうなの?」
「…………じゃあ、あそぶ?」
弟のカミルがイヴの服を二度引っ張った。遊びに誘われたもののイヴは答えられずにいた。返答に悩んでいるとエルマの手が横から伸びてきて、カミルの手を引き剥がした。
「だめだよ、おしごとしなきゃ! エルマだって雨でタイクツなんだから!」
「…………」
エルマは口を曲げ、カルマは憮然としてしまった。目の前で見ていたイヴは当惑する。思案して人差し指でそれぞれの肩を叩いた。円らな瞳が四つ向けば口角を緩める。
「じゃあ、お空の機嫌が良い時のお昼に、遊ぼっか?」
「お昼かあ。エルマいそがしーんだけどなー。エルマおとなだし! おしごとしてるリッパなおとななんだよ」
「忙しくない、退屈な日でいいよ?」
「タイクツな日ならあそんでもいいよ!」
「ぼく……いまがいい……」
「え、ええっと……そうしたいけど……お仕事中だから、ごめんね」
「そうだよ! おしごとのほうが大事だって、おかあさんもよく言ってるでしょ?」
「…………うん……でも……」
遊びたそうにカルマは何度もイヴを一瞥している。エルマは大人びているがカルマは年齢相応の子供のようだ。
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