不撓双<フトウソウ> 

友煮ハイボール

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 酒呑童子はその言葉を聞くとゆっくりと腕をあげ、長く角張った左手の指を器用にぱちんと鳴らした。すると、そこに急に豪奢な玉座が現れ、どこからか光がそれを照らしている。中に浮いていた彼は腕を組んだまま、またもやゆっくり降りてきて、つま先を伸ばすことなくやっと地面にその長い足をつけた。そしてその玉座に雑に座ったかと思うと、その長い足を持て余すかのように、玉座の手すりの部分にどかりと両足をかけた。間もなく彼は声の調子を整えるために軽く咳払いをして言った。
「お前に俺の呪いのことを教えようと思ってな。敵とはいえ、何も知らないのは流石に可哀想だからな。ありがたく思え。」
「勝手に私の夢に変なものを置くな。何だこの光は。どこから当てているんだ。」
 澄絃はその光源を探そうと空をぐるぐると見回し始めた。
「おい、集中しろ。」
 怒ったようにそう言われ、やっと真面目な話かと澄絃はため息をつく。
「俺の呪いは非常に強力で、解けない。お前ほどの陰陽師でもな。次第に体を蝕んでいくだろう。現にお前は目が見えない。まあまだ最初だから、この夢から起きる頃には治ってるだろうがな。だが、おそらくまた見えなくなる。しばらくな。それが治ったら、体の他のどこかに支障が出る。腕か足か耳か。それが一通り終わったら、最終段階だ。もう世の心残りを無くして、身の回りの物を整理して、準備しておいた方がいい。あ、物だけじゃないぞ。人もな。」
「とても学びになるお話をありがとうございました。」
 死んだ目を彼に向けた澄絃は、ためになる話をしてくれた先生にそれはそれは丁寧に礼をした。
「お前、俺の話を信じていないだろう。」
 澄絃のその様子に酒呑童子は、下唇を突き出し、膝に肘を乗せ、その手に顎を乗せ、全身で「拗ね」を表現した。
「おい、あっという間だぞ。お前がこちら側に来るのもな。」
 酒呑童子の仕草に嫌悪感を隠せていない澄絃は、そのまま何も取り繕わずに言った。
「たわけ。お前”は”地獄だろう。」
「そうかもな。俺だってお前に呪いなんかかけたくなかったんだ。案外お前のこと気に入ってるんだぜ。こんな互角に戦えたのは初めてだったからな。いつもあっという間に殺してしまっていたからな。蠅の方がしつこいくらいだった。でも、俺が死んだら俺の意思なくとも俺を殺したやつに呪いがいってしまうんだ。しょうがないよな。」
 全く反省していない様子で玉座にふんぞり返っている男を見て、澄絃はまた殺してやろうかと思った。そのとき、空間がちかちかと明るくなったり暗くなったりし始めた。
「今度は何だ?」
「そろそろ起きる時間みたいだな。また会おう。」
「もう二度と私の夢に来るな。今度来たら二度と現れないように完全に消し去ってやる。」
「それは楽しみだな。」











「…絃さま、澄絃さま、起きてくださいな。もうすぐ酉の刻になってしまいますよ。」
「…錫か?」
 澄絃はゆっくりと目を開いた。呼びかけられても起きないほど、深く寝てしまっていたようだ。夢の中での出来事と寝る前のことをぼんやりと思い出し、寝た姿勢のまま首だけを傾け見回すと、目にはしっかり燈台の灯が映った。寝台の側には、兎がその長い耳を垂らしながらこちらの様子を不安そうに窺っていた。
「澄絃さま、どこか具合が悪いのですか?」
「大丈夫だよ。起こしてくれてありがとう、錫。」
 そう言われると、今まで泣きそうだった兎は、嬉しそうに耳をピンと立たせ、兎らしく室内をぴょんぴょんと走り回り始めた。その様子を微笑みながら眺めていた澄絃だが、そのときゆっくりと階段を上がってくる足音を聞いた。そして見られてはまずいと、夢中になって室内をまだ走り回っている錫を止めるため、軽く咳払いをした。するとその合図を察し、兎はぴたりと走るのをやめ、素早く澄絃の寝台に駆け寄り、布団の中に潜り込んだ。その直後、足音は澄絃の部屋の戸の前でぴたりと止まった。
「お客様、夕餉をお持ちしました。」
 三回ほど戸を叩く音の後、若くはない女の声がした。彼はおそらく店主の妻だろうと思い、夕餉を受け取るために、待たせてはいけないと履き物を素早く履くと寝台から立ち上がり、少しだけしわになった衣服を手で撫でて軽く直した。そのまま戸の前まで焦りを見せない表情で素早く歩き、向こう側で待っている女のために手を伸ばし、感じの良い微笑みを浮かべ、戸を開けた。
「わざわざありがとうございます。」
 戸の前には夕餉のお盆を持って立っていた少しふくよかな女は、男の姿を見て、己の主人がなぜ自分にこの客の話をずっとして、延々と止まらなかったかの理由が分かった。なぜなら自分もその美しさに見惚れていたからだ。女がずっとそのまま自分の顔を見て固まっている。だがいつも自分を初めてみる人たちは大抵この反応をするので、慣れている本人はにこやかに感謝を今度は大きな声でまた述べた。
「ありがとうございます。」
「…はっ!あんた、えらく別嬪だね!驚いちまったよ。」
 その女は人の良さそうな笑みを満面に浮かべ、強めに澄絃の細い肩を叩いた。
「べっぴん?大げさですよ。」
 澄絃は眉を下げ、口角を上げながら答えた。
(またか。)
「何言ってるんだい。四十年ほど生きてきてるけど、あんたほどの人あたしは今まで見たことがないよ。…ってそんなことより、ほら、夕餉だよ。あたしが丹精込めて作ったからね。味は保証するよ。」
 そのお盆の上には雑穀の粥、魚の干物、野菜の漬物がのっていた。澄絃は初めて見る食事に、今まであった負の感情が吹き飛ばされ、興味津々に身を乗り出した。
「美味しそうですね。初めて見るものばかりです。ありがたくいただきます。」
 彼は差し出されたお盆を両手でそっと受け取り、そのまま机の上に洗練された所作でゆっくり置く。置いたのを見計らって彼女は話し足りないとばかりに澄絃に話しかける。
「その言葉からすると、さてはあんた、都らへんの偉いとこの出なんだろう?そんな綺麗に話したり動いたりするやつはここらで見たことない。なんで一人でこんな辺鄙なところに来たんだい?」
 澄絃は親切にしてもらったため、正直に答えようか嘘をつこうか迷った。
「ええと、そうですね…。簡単にいうならば、この世の人を助けたいと思ったからです。」
それを聞いて女は閃いたかのような顔をして言った。
「ああ分かった!もしかしてあんた、法師様だね?」
「さあ、どうでしょう。」
 澄絃の試すような答えに満足したのかカラカラと大口を開けて女は笑う。
「あたしの勘はよく当たるんだよ。確かに、この近くの村では最近よくないことがたくさん起こっているって聞いたよ。」
「その噂を聞いて私はここに来たのです。」
「やっぱりそうかい。若そうなのに立派だねぇ、あの人見習ってほしいもんだよ。」
「その村では一体どんなことがあったかお聞きしても?」
「すまんね。そこまでは聞いたことがないから分からないんだ。だけどもしその村に行くっていうなら十分気をつけるんだよ。」
 女のこちらを本気で心配するような言葉に澄絃は少し戸惑いながらもおずおずとうなずいた。
「楽しくてすっかり話し込んじゃったね。ごめんよ。夕餉冷めないうちにお食べ。あたしが丹精込めて作ったからね。」
「…はい。ありがとうございます。」
「食べ終わったら、戸の前に置いといてくれたら大丈夫だよ。」
「分かりました。」
 その言葉に満足したようにうなずくと、女はまたギシギシと階段を踏みながら降りて行った。
 澄絃はその様子を最後まで見送ると、体の向きを変え、戸を静かに閉めた。机に近づき、その上に湯気を出している食事をぼうっと見る。なかなか動かない様子に、錫はまた慣れたように言葉をかける。
「澄絃さま、珍しいのは分かりますが、観察してばかりいるとまた冷めてしまいますよ。せっかく持ってきてくださったのですから。」
 澄絃ははっとして元々乱れていなかった姿勢を正した。
「うん。そうだね。いただきます。」
 そういうと澄絃は座布団の上に綺麗に座って箸を持ち、ゆっくり一口ずつ確かめるように食べ始めた。観察癖は抜けないようだ。その様子を見ながら錫は過去のことを思い出す。
 まだ錫が澄絃に式神として呼び出されてまだ間もない頃、珍しい菓子をもらったという主人に、甘いものが大好きな兎は、じっとその手に乗せられた鮮やかな菓子を見つめる。涎が垂れているのを見て澄絃は口角を上げると、半分に菓子を分け、大きい方を兎に分け与えた。その優しさに一生ついていくことを誓った単純な彼は一口で感じたとてつもない美味しさに、あっという間に菓子を楽しんだ。満足感と共に食べ終わったあと、主人はまだ食べているかと彼を見ると、手のひらの菓子をずっと眺めたままでいた。菓子には齧り付いた跡などは少しも見当たらない。
(どうしたんだろう、あまり甘いのが好みではないのかな)
 そう思い、錫も澄絃をじっと見つめ、小さな菓子を見つめる男と、その男を見つめる小さな兎という変な夢のような構図が出来上がった。あまりにも長く見つめているため、耐えきれず兎は声をかけた。
「澄絃さま、どうされましたか?」
「ああ、錫。悪いね。はぁ、私はどうやら初めて見るものを観察してしまう癖があるらしい。直そうにも頑固な癖でね。」
「そうだったのですね。確かに錫と澄絃さまが初めてお会いした時も、ずっと見られていた気がします。」
 そう言って兎は両手で体を隠し、横目に彼を見た。
「はは…申し訳ない。」
「錫のことならいくらでも眺めていただいて結構ですよ!きちんと日々毛並みをお手入れをしていますから。」
 胸を張り、いかにも自信満々といったその様子に、幼子の姿が重なり、澄絃はふっと息を漏らした。
「確かに錫の毛並みは美しい。綺麗な錫色だ。ずっと眺めていたいくらい。」
「そうでしょう!えへへ。」
 兎がもじもじと可愛らしく照れているのを見ながら、彼の主人はやっと菓子に噛り付いた。
「うん。美味しい。」
 彼の目がいつもよりも少し開き、輝いているのを見ると、甘いものが好きなのがすぐに伝わってきた。それを見ると何故か自分も嬉しくなってくる。
「餡子が甘くて最高です!」
「君ももう少し食べるかい?」
「良いんですか⁉︎」
「うん。甘いのが好きなんだろう?美味しいが、私には少し甘すぎる。あ、でも全部は駄目だよ。」
「もう!分かってますよ‼︎」
 二人同時に食べたお菓子は、最初に一人で食べた時よりもより美味しく感じた。
 あの癖は、本人が努力する甲斐も虚しく、おそらく一生抜けないのではと見つめながら考えていると、澄絃は勘違いしたのか兎をちょいちょいと近くに来るように手招きした。何か用があるのか、どうしたのかと首を傾げながら近づくと、彼は胸元から小さな包みを取り出した。
「甘栗だよ。持ってきたんだ。私だけが食べているのも申し訳ないからね。甘いものなら食べるだろう?」
 錫は式神であるため、食事は不要であるが、甘いものだけは別だった。その気遣いに兎は心の底から感動しつつ、この優しい人の式神になることができて本当に良かったと思った。そして彼の隣にちょこんと座り、丸い尻尾を揺らしながら甘味を楽しんだ。
「澄絃さまの胸元には妖力があるのですか?なんでも出てきますよね。」
「ああ、胸元には私が考えた札を仕込んでいるからね。小さいものならたくさん入るよ。」
「そうだったんですね!錫も入れますかね?中を見てみたいです!」
「うーん。いくら式神とはいえ、生物(なまもの)を入れたことがないからやめた方がいい。何が起こるか分からないからね。」
「なまもの…。」 (錫はなまもの…。)
「錫?どうした?」
「いえ…なまものはなんでもないです…。」
「?でもいくら甘いものが好きだといっても、野菜も食べないといけないよ。」
「え。や、野菜は嫌いって言ったじゃないですかぁ!特に人参。」
「野菜が嫌いな兎は初めてだよ。」
 
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