量子力学的マンションシリーズ

深井零子

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第6章 隣人たち

隣人たち その1(2)意味の過剰

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高梨の部屋は、まるで量子コンピュータの内部のようだった。 壁一面にディスプレイが並び、コードの断片やVR空間のビジュアルが点滅している。 部屋の中央には、フルダイブ用のヘッドセットが浮かぶように置かれ、ケーブルがまるで生き物のようにうねっていた。

初めて彼の部屋を訪れたとき、俺は思わず「ここ、制度の外側みたいだな」と言った。 高梨は笑って、「外側に見えるだけですよ。制度はどこにでも潜んでます」と答えた。

問題は、猫(仮)だった。 高梨は、猫(仮)が鳴いた直後に空間が変化する現象を何度も記録していた。 制度の観測者が、VR空間にも干渉していると考え始めたのは、その頃だった。

ある日、高梨がテストプレイを俺に見せてくれた。 VR空間は、まるで夢の断片を繋ぎ合わせたような世界だった。 無重力の海を漂うような感覚、色と形が曖昧に溶け合う風景、どこにも繋がらない道。プレイヤーはただ「そこにいる」だけでよかった。

だが、猫(仮)が部屋の隅で「ニャア」と鳴いた瞬間、空間がガラリと変わった。 風景は中世風の街並みに固定され、NPCが現れ、クエストログがポップアップした。まるで一本道のJRPGだ。

高梨はヘッドセットを外し、ため息をついた。

「これなんです。プレイヤーが“意味を持たない”状態で遊べるはずなのに、観測されると空間が収束する。猫が鳴くと、空間が“物語”になってしまうんです。」

妻が絵日記を手に部屋に入ってきた。彼女は冷蔵庫の通知を読み上げた。

「猫の声は、制度を閉じる。空間は硬直する。」

彼女は笑いながら言った。

「うちの猫、鳴かない日は空間が柔らかいのよ。絵日記も、夢のまま残る。ほら、昨日のページ見て。」

彼女が差し出した絵日記には、抽象的な色彩の渦と、猫(仮)の輪郭だけが描かれていた。 まるで、意味を拒絶するような絵だった。

俺は思った——この絵日記こそ、高梨が求める「意味を持たない」状態なのかもしれない。

高梨は妻の絵を見て、目を輝かせた。

「これだ。この柔らかさ。この曖昧さ。プレイヤーにこの感覚を持たせたいんです。」

だが、問題は残った。プレイヤーは、どうしても意味を求めてしまう。 人間の本能だ。そして、猫(仮)は、気まぐれにその本能を増幅する。
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