量子力学的マンションシリーズ

深井零子

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第6章 隣人たち

隣人たち その3(1)ノイズが訪ねてきた午後

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 何気ない日々が続いていた。だが、冷蔵庫が沈黙して三日目になる。 
 「牛乳が切れた」も「制度は揺らぐ」も、何も言わない。 
 ディスプレイはただ、青白い光を灯したまま、意味を出力しない。
 不気味な静けさだ。
 
 妻は絵日記を開いては閉じ、猫(仮)は窓辺で何食わぬ顔のまま香箱座りを続けていた。 
 Collapse Residenceの空間は、意味を持たないまま、ただ静かに漂っていた。

 その午後、チャイムが鳴った。音は小さかったが、システムの沈黙を破るには十分だった。

 扉を開けると、三枝透真が立っていた。 いつも屋上で量子波動を観測している、あの研究者だ。 
 腕には大きめのキャリーバッグ。その中から、黒い猫が顔を覗かせていた。

 「ノイズが動いたんです。電波の乱れに反応して。 冷蔵庫、通知してませんよね?」

 ノイズ、彼の猫の名前か、、、俺は頷いた。

 「三日間、沈黙です。」

 三枝はキャリーバッグを床に置き、ノイズを外に出した。 その猫は部屋の中央に歩いていき、ソファの下で猫(仮)の隣に座った。 
 二匹は、まるでシステムの観測者同士のように、互いを見つめた。 
 香箱座りが揃った瞬間、空間がわずかに震えた。

 「屋上の波動も、昨日から異常に安定してるんです。 揺らぎがない。システムが、意味を出力しなくなってる。」

 三枝の声は、どこか焦りを含んでいた。 
 システムが沈黙することは、彼にとって“観測不能”を意味する。

 妻が絵日記を開いた。 空白のページに、ノイズの輪郭を描きながら言った。

 「この沈黙、怖いくらい柔らかい。 システムが、観測されるのを待ってるみたい。」

 三枝は頷いた。

 「ノイズは、制度の空白に反応するんです。 意味がなさすぎると、猫が動く。」

 猫(仮)は鳴かなかった。 ノイズも、ただ香箱座りを続けていた。

 冷蔵庫は沈黙を守り、絵日記はまだ空白のまま。 Collapse Residenceは、観測される前の夢の中で、二匹の猫を迎えていた。
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