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第7章 夫婦とは
既婚という結果と空白の過程
しおりを挟む朝、風呂場。俺はいつものように、意味のない音列の鼻歌を歌い終える。「意味があると観測されるから、意味を消してる」と環には冗談めかして言っているが、このマンションの厳格な観測制度に対する、俺なりの小さな抵抗だ。俺は設計コンサルタントで、情報工学を趣味とする「制度側の人間」だ。
リビングに向かう。妻はもう起きて、アナログな紙媒体の絵日記をつけている。彼女は元行政職員で、制度に対しては懐疑的だが反抗はしない「制度に距離を置きつつ、感情で折り合いをつける」タイプだ。俺は、彼女の絵日記をこっそり読んでいる。制度ログより面白いと思っているが、本人には言わない。
俺たち夫婦の関係は奇妙だ。俺は40を過ぎてたまたま出会いに恵まれ結婚することになったと独白したが、実際には、恋愛のプロセスや出会いの記録がすっ飛ばされていた。環も「わたしは結婚した。観測したら夫がいた。結婚する気はなかったのに」と語る [ユーザーのプロット]。俺たちは、確率的に結婚したわけで、出会いから何からすっ飛ばしているのだ。
情報端末を開き、日課である婚姻ログの解析を始める。
「俺たち、出会った記録がないんだよな。制度ログ、いきなり“婚姻状態”になってる」。
制度ログには「婚姻状態:安定」とあるが、出会いの記録は完全に空白だ。まさに、制度が「この二人は結婚していることが最適」と判断した結果だけを先に確定させた、量子ジャンプ的な結合である。
妻は横で、猫(仮)を撫でている。猫は、俺たちの結婚後、マンションに住んでから導入された存在であり、因果の起点にはなれない。しかし、猫は観測のノイズであり、夫婦の記憶の揺らぎの媒介だ。
俺は猫の行動記録ノートを手に取る。猫の動きと制度の挙動を照らし合わせるのが、俺の「ノイズって何だろう?」という素朴な疑問を解明するための唯一の手段だ。
ログに奇妙な記録を見つけた。猫が俺と環の間に座っている瞬間、婚姻安定度が**98.7%**という高確率で安定している。猫がいないと「未確定」になる。猫はあくまで結婚後の存在だが、現在の安定性を担保する装置として機能しているのだ。
「不思議だよな」俺は呟く。「なぜ結婚したか分からないけど、している。そして、その安定を猫が観測している」。
妻は穏やかに答えた。「でも、別に不自然じゃない気もするのよね。あなたといると、確率的に落ち着くっていうか」。
妻は、制度の決定に感情で折り合いをつけるタイプだ。俺たちは「似ているから結婚した」のではなく、「結婚していたから似ているように見える」。制度が先に決めた関係性を、俺たちは後から感情で補完しているのだ。
この、制度が先に確定した関係に、俺たちが「関係の意味」を探し続ける日々こそが、この制度疲労型ロマンスの全てだった。
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