シロツメクサと兄弟

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21.前向き

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 自分の兄が好きなのだと理解した利央だが、それを否定する気持ちは湧かなかった。普通に考えるまでもなく、男のそれも実の兄相手に持っていい感情ではないくらいは一応わかっている。
 だけれども好きなのだ。どうしようもない。好きになってはいけないから、じゃあやめよう、なんて思えるほど器用ではない。
 それに、多分きっと昔から律しか見ていなかったのだろうなと何となく思う。
 律に対しては申し訳なさも、もちろんある。本当なら綺麗な女性と一緒になってかわいい子どもをもうけて幸せに暮らしていい人だ。

「……俺、とことん兄貴の幸せ、邪魔し続けてんだろうな」

 学校での休み時間、机に突っ伏しつつぼんやり窓を見ながらそう思った。
 進学を邪魔して、普通に友だちと遊べたであろう時間を邪魔して、そして同じように好きな人とつき合う可能性も邪魔することになる。いい所に勤められたであろう可能性すら奪った上に、今新たに律の今後の将来すら奪いたいと思っているようなものだ。
 申し訳なさと情けなさが押し寄せるが、それでも今回ばかりは「俺が悪い」からと引き下がる気持ちは毛頭なかった。
 小さな頃から大好きだった兄がそういう意味で好きなのだと気づいたのは予想外過ぎたが、ある意味もやもやとした思いは晴れた。幸せを願いながらも、律に結婚して欲しくない、ずっと側にいたいしいて欲しいと思う気持ちはこういうことだったのかとわかったし、見慣れているはずの律の体を垣間見してたまに変な風にドキドキしていたのも納得した。
 そうと気づけばそのまま前に進むだけだと利央は思う。確かに律には申し訳ないのだが、律も利央がそういう意味で好きになってくれれば全くもって問題ないはずだ。
 好きなら相手の幸せを願い、普通そこは引き下がるべきだと、利央の考えをもし知った人がいてそう言ってくるのならば、多分その人は好きな人がいないからだと利央は思う。
 もちろん無理強いしたくはない。弟である利央をやはり肉親としか見られないと何がなんでも言うのならば、いずれ利央は諦めるしその時は律が別の人生を歩むことを祝えるのかもしれない。
 だが自分すら自分の気持ちを理解して間もない今は、そんなこと到底思えない。律といたいし律が欲しいし律と笑い合いたいし、辛いことも律とわかち合いたい。
 将来性なんて知らない。自分「が」律を幸せにする。それだけでいいし、それが利央を幸せにしてくれる。
 利己的かもしれない。でも人を好きになるというのはどうしてもそういうものではないだろうかとも利央は思う。
 自己犠牲は律のためならいくらだってしたい。でもそれが律と別の相手のためというなら絶対に嫌だ。

「……どうしようもない、こればっかは」

 ため息をつきながらそっと呟くと「何がどーしよーもねえんだ」と翼の声が聞こえた。

「……いや。そういやもうすぐ文化祭だよな。ウチって部外者オッケーだっけ」

 いくら前に進むだけだと思っていても、そしてブラコンだと周りが思っていて自分もそれを否定していなくても、さすがに「兄を愛している」と宣言する気は利央にもない。
 男女だとか同性同士の恋愛だとか、そもそも気にもしなかったが、確か翼はそういうのは無理だと、バイである仲のいい友だちの一人である誠也にすらハッキリ言っていたはずだったし、と利央は頭を起こしながら思った。

「いいはずだけど。誰か呼びたい相手でもいんのか」
「兄貴」
「あー……」

 聞いた自分が馬鹿だったといった顔をしながら翼は頷いた。

「焼そば食べてもらいたいし」

 利央たちのクラスでは焼きそばを販売する模擬店をする。たこ焼きではなく焼きそばにしたのは、ただ単に美味そうな上に作りやすそうという皆の一致した思いだ。

「ブラコンまじやべぇなスゲェわ」
「……何だろうな、前は別にそうでもなかったけど、最近のお前に言われるのは何故か微妙なんだけど」
「は? どういう意味だよ」
「まんま。深い意味も裏もない。そのままだ」
「……俺、ブラコンじゃねぇんだけど」

 からかうでもなく淡々と言う利央に、翼はムキになりはしなかったが微妙な顔になる。

「最近やたら涼のクラス行ってんの、誰だよ」
「俺じゃねえよ!」

 ……いやそれ何ていうか「俺だ」と言ってるようなものだろ。

 今度は利央が微妙な顔になる。

「まあ、いいけどさ。そいや涼んとこって何するんだ?」
「劇」

 簡素に言い切る翼の表情はどこか面白くなさげである。

「へえ。凄いな。演劇とか、俺できる気がしない」
「利央の演技とか俺も想像つかねぇよ」

 まだ何となく仏頂面の翼に、涼は何をするんだと聞こうとしたところでクラス委員長が「次のホームルームで役割とか時間割決めるからな! 模擬店の」と言い出した。
 途端、クラスがざわざわと騒がしくなる。中学の時にはなかった文化祭にテンションが上がっている生徒が大半なのだろう。皆何やら楽しげに話しだした。

「うるせぇ、話すのはホームルームん時にしやがれ!」

 委員長は真面目で勉強ができてどこか大人しい、そんなイメージを翼は持っていたらしいし、利央も持っていた。だが自分たちのクラス委員長はとてもそのイメージからかけ離れている。今も近くにいた男子に一蹴り入れつつ怒っている。

「男前だよな、委員長……」
「ほんっとな。まあ頼もしいからいいんだけどな」

 利央が呟くと翼も苦笑しながら同意してきた。
 皆のテンションがやたら高いのは文化祭が楽しみな他に、つい数日前に体育祭があったばかりだからだ。学校によっては春に体育祭があるところもあるし、文化祭と連続で行うところもある。
 この高校は少し日を開けてくれていた。その分楽しみが延びてテンションも高いままだし体育祭に気合いを入れやすいのと文化祭の準備もしやすい。
 体育祭では翼も利央も活躍した。翼はそれでも告白されることはなかったようで、本人は「解せない」と真剣な表情で言っていた。利央は二人ほど実は告白してくれる子がいたのを翼にはあえて話していない。どのみち付き合う気は毛頭なかった。
 元々気軽に付き合いたいと思うタイプではなかったし、今はさらに利央にはちゃんと好きな人がいる。
 その後利央はホームルームの時に「ちょっと兄貴に都合聞いてから作る担当時間決めていいか?」と言って委員長に「帰れ」と言われた。

「そういえば焼きそばするって言ってたね。俺、行っていいの?」

 その夜利央が誘うと、嬉しそうに律は顔を綻ばせた。

「兄貴やっぱカッコいいけどあれだな、綺麗っつーか、かわいい」
「…………りお? 何か具合でも悪いの?」
「大丈夫だよ。兄貴、当日何時頃来られそう?」
「休みだしね、何時でも大丈夫。あ、誰か誘おうか。翔とか。それともりおが好きな藤堂さんにでも声、かけようか?」
「……どこをどう判断して俺が海さん好きだなんて思う訳。俺は兄貴が好きだよ」
「ありがとう、りお」

 どさくさに紛れて言ってみるが、さすがに律が気付くはずもなく、むしろ嬉しそうに礼を利央に言ってきた。

「……。とりあえず別に誘わなくても俺が案内するし」
「でもりおはりおの仕事あるだろ? 店番とかさ。あと友だちと回ったらいいよ、気を使わなくて大丈夫」

 そうじゃない。

 速攻で思いつつも、あまり否定しても律が何となく喜ばないのはわかっていた。利央が友だちと遊んだりして学生を満喫しているのが律は嬉しいらしいくらい、利央もわかっている。

「まあ、うん。それは適当に……」
「じゃあ翔誘ってみるし、あれだったら少しだけ案内してくれたらありがたいな」

 高校生になったことのない律はどこか楽しそうにしている。そんな様子が利央も嬉しくて、翔は別に要らないし二人で回りたいんだという言葉をとりあえず飲み込み「了解」とだけ呟いた。
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