金のシルシ

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9話(終)

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 ルーフォリアは嬉しそうににっこりと笑いかけてきた。その表情は確かにあの幼子だったルーフォリアと同じものに見える。だが、とルートはひたすら戸惑いしかない。

「は……、えっ、つ、番?」

 思わず癖でペンダントを握りしめていると「……その金色のペンダント」と呟かれる。

「な、何」
「お母様の形見でしょうか」
「な、んで知って」
「……あの里の長が知っていました。あなたが持っているという時点でもう二度とわが娘に会えないのだろうと知り、胸を痛めていました……」
「っ?」

 五歳ほどの幼子の中身は既に成人しており、たった三年で見た目も少年か青年のようになり、同じく三年で舌ったらずの片言がさらさらと綴る敬語になり、その上番、ペンダントなどと言ってくる。しかもさらりと衝撃の事実を知らされた。どこから突っ込み問い質せばいいのかさえ思い浮かばない。

「どうしたんですか。お母様のこと、ですか……?」

 ニコニコとしていたがルートの様子に気づき、心配そうに見てきた。

「き、君はほ、本当に……ルーフォリアなの、か」
「はい」

 ルートの問いに、気を悪くした様子もなくルーフォリアはまた嬉しそうに頷く。

「でも……あの頃あんなに小さくて……片言で……なのに大人で……?」
「……二十六と聞くと大人だと思われてそうですが、エルフとしてなら幼子ではないもののやはりまだ子ども同然に未熟です。……特に俺は成長が遅く、て。あの姿は化けていたのでもなんでもありません。そして生が長い分、知識も確実にゆっくりと身につけていきます。あの頃もエルフ語でしたら普通に話せてましたが、人間の言葉はまだ本当に全然で……あの後、こうして自由に外へ出入りできるようになるまでに、とにかく人間の言葉を優先に覚えました」

 一旦口を開いた後に閉じ、そしてルートはまた口を開いた。

「……えっ、と……何かまだ俺の頭の中では受け止めきれてないけど……とりあえず俺、完全に五歳児に接する態度だったろ。……その、ごめんね……あ、いや、ごめんなさい……」

 そういえばそこそこ年上だったと気づき、言葉を改める。

 ……いや、でもエルフとしては今はさておき当時は子どもみたいなものだったんだっけ? じゃあ結局年上なの、年下なの。……いや、そんなことはどうでもいい、か……。というか、ではあの頃キスをしてきたルーフォリアは幼い故の行為ではなく……?

 あそこが母親の里だったという事実が既に薄まるくらい動揺と混乱が入り交じる。

「ごめんね、がいいです」
「……、え?」
「前のように話してください」
「五歳児に向かうよう、に……?」
「そこは臨機応変で」

 おかしそうに言われ、ルートはどこか馬鹿にされたような、というか「君そういえばたまに不満そうな顔をしてたよな」と呆れるような微妙な気持ちになった。

「……って、そ、それに番って、何……」
「? ああ、人間ではそう言わないのでしたか。完全に言葉、マスターしたつもりだったのに。えっと、結婚しましょ、う? ですかね」

 うっかりしましたとばかりに照れながら言い直してくるルーフォリアだが、そこじゃないとルートは脱力する。

「……なんで番に?」
「?」
「きょとんとしないで。俺とルーフォリア、どこにもそんな要素なかっただろ」
「でも大好きと伝えたら俺もだと。両思いなのですから番になりたいと思うものでは」
「りょっ」

 いつ両思いになった。

 そもそも五歳児だと思っている相手に大好きだと言われ、そちらの意味だと誰が思うのか。

「って、そうだよ」
「?」
「君、俺が君のこと幼子だと思ってるとわかってたんだよな」
「? はい」
「そ、それなのに両思いって思えるってどういうこと? 俺のこと幼子をそういう対象にする性癖か何かだと思ってんの……?」
「? そういう性癖というのが、よくわかりません」

 ああもうエルフの感覚はもう……! 

 思い切りため息を吐いているとルーフォリアが俯いて肩を震わせている。

「ルー、フォリア?」

 もしかして傷つけてしまったのかと当時の感覚もあり心配になって近づけば、ルートの服の裾をきゅっと握られた。そして顔を上げてくる。

「……駄目?」
「っえ?」

 悲しげな様子でじっと見つめながら言われ、ルートは激しく動揺した。

「俺は、駄目?」
「いや、駄目とかそういう……」
「エルフ、嫌い?」
「そ、そういうのじゃなくて!」
「……俺が……嫌い?」
「き、嫌いな訳ないだろ!」

 無事送り届けた後、どれほど寂しかったか。どれほどぽっかりと穴が開いたような気持ちになったか。

「じゃあ、好き?」
「そりゃ……、……ってそういうのずるいでしょ!」

 好きだよと言いかけ、ルートはハッとなってルーフォリアを軽く睨む。人間の年齢だけで考えると二十九であろう男の癖にと思いながらも、顔が思わず熱くなった。ルーフォリアといえば、また嬉しそうに笑ってくる。あの頃の面影があるのにあの頃とは違っていて、とても調子が狂う。

「狡くても、それだけあなたが欲しいんです」

 顔を近づけ、囁くように言ってくる。あまりに美しい顔で、あまりに艶のある声でそういうことを囁くのも狡いとルートが思っていると、そのまま唇が合わさってきた。

「っんんっ」

 と思いきやすぐに離れる。

「ルーフォリア……君っ」
「好き」

 また唇を啄んできた。そして離れる。

「っ」
「大好き」

 何度も好きだと囁いてはキスを繰り返してきた。

「お願い」
「ちょ、待っ、んぅ」
「……、大好きです、ルート」
「ん、ん」
「そばにいて。そしてそばにいたい」
「そ、れは! 俺、ん、俺、だって!」

 寂しかった。ずっと一人で平気だったのに、火が消えたようなあの気持ちは多分もう忘れることはできないだろう。

「ほんと?」
「でも、それ、は……っん」

 キスを繰り返しながら、ルーフォリアが嬉しそうに笑う。

 君の好きと俺の好きはだって違っていただろう。

 そう言いたかったが、その言葉が口から出ることはなかった。こんなに嬉しそうで、こんなに愛しそうにキスをしてくる相手に、ルートは「もう、何かどんな好きでもいい、か……?」などと思っている自分に気づく。多分、流されたほうの負けだ。
 それに、こんなに何度も何度もキスをされているというのにちっとも不快でない。

「わかった……わかったから……!」

 とはいえ、ちょっとされすぎだ。

「わかった……、というのは」
「つ、番でも何でも、いい、からちょっと一旦離れて」
「ルート!」

 ルーフォリアがここ一番といった笑顔を見せてきた。そしてぎゅっと抱きしめられる。

「嬉しいです……ずっと一緒にいてください」
「……っ俺だって、それは……嬉しい、と思う……」
「あぁ、ルート」

 嬉しそうなルーフォリアがまた抱きしめてくる。

「ぅ、ん」
「好き」
「わ、わかったから……」
「大好き」
「う、うん、わかった」
「愛してます」
「……っ」

 慣れなさ過ぎてもう何も言えない。

「俺と番になって」

 頷くくらいしかできない。

「そして俺の子を孕んでくださいね」

 頷くくらいしか──

「……、……って待て、さすがにそれはおかしいだろ……!」
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