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8話
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あれからもルートの日々は何も変わらない。相変わらず宛度なく旅を続けている。
ハーフエルフといえどもエルフの里で暮らしたことはないしエルフの教えを受けてきていないのもあり、ルートの考え方は人間寄りだ。行動も生活習慣も何もかも基本、普通の人間のそれだろうと思っている。
もちろん普通の人間よりはエルフの肩を持つし、エルフ狩りは許せないしそもそも他人事でもない。それに見た目もどちらかと言えばエルフの特徴を捉えている。鍛えても華奢な体のつくりは変わらないし肌は白い。わからないが、おそらく寿命も少なくとも人間よりも遥かに長いのだろう。今年で二十歳になるが、十六、七の頃と大して変わらない。多少成長してはいるが、そもそも十代の頃も他の同世代の人間に比べるとあまり認めたくはないが未熟さはあった。これから先、もっと成長は遅くなっていきそうな予感しかしなくて、それを喜ぶべきか悲しむべきか計りかねている。
ただ、エルフのように尖ってはいないが人間のように丸くもない耳に触れると、改めて自分は中途半端な生き物だなと思う。考えが人間寄りだろうが体がエルフ寄りだろうが結局は中途半端だ。
それでも自分を嫌悪したことはない。自分の存在は父親と母親が愛し合った証だからだ。その上、ルーフォリアのおかげでますますハーフでもいいのだと思えるようになった。
あの頃髪を染めていたのは自己嫌悪などではなく、ただ平穏に過ごす手段の一つとしてだった。だが最近はずっとベージュ色のまま過ごしている。そのせいか、さすがにもしやエルフではと疑われるほどではないものの、面倒な誘いや絡みは増えている。それでも色を変えていないのは、ハーフと知ってまずルーフォリアが口にしたのが「かみ、きれい」だったからだ。ハーフとわかっても変わらずにいてくれたことがあの時とてつもなく嬉しかった。そしてただ純粋に、髪を褒めてもらったことも嬉しかったみたいだ。
またふっと思い出し、ルートは小さく笑った。三年も前のことなのに今でもあのわずかな期間のことは忘れられない。とても楽しくてあたたかかった。
ふと、外から喧騒が聞こえてくる。久しぶりに留まっている、このとある大きな町では数日前から何やら祭りを開催しているらしい。一昨日この宿にある酒場のマスターに「お客さんももっと楽しまないと」と言われた。なので昨日は祭りの中を散策し、雰囲気を味わってみた。珍しい料理を食べ、珍しく誘われるがまま幾人かの男女と踊り、それなりに堪能した。さすがに踊り以上の誘いは断っていたが、それでも今日はそろそろ日も高くなりつつあるというのにベッドの上でそれなりにぐったりしている。喧騒と人いきれはある意味戦闘よりも体力を持っていかれるようだ。
とはいえ、そろそろ起きて何かをしようと考えていると、ドアからノックが聞こえてきた。ベットメイクか何かだろうかと怪訝に思いながら、ルートは「はい、はい……」と起き上がって軽く髪や服を整えながらドアへ向かった。そしてドア越しに「何か」と確認する。
少しの間の後で「あの……会いに来ました」とドア越しのせいで少しくぐもった声が聞こえてきた。
会いに?
昨日、何か下手な約束でもしてしまったのだろうかとルートは思い巡らすが心当たりがない。
「えーっと、何かの間違いか人違い、部屋違いじゃないかな」
「え。……。……ルート」
名前を口にされた時の響きに、ルートは妙に心の中でさざ波が立った。
「ルートじゃ、ないんでしょうか。違う方でしたか……?」
「いや、……ルートだな。でも……君、どちら様?」
じわりと気になっていたが、さすがに無用心にドアは開けられない。心当たりがないだけになおさらだ。だが「ルート」と呼ぶ音の響きに、既にどこかではわかっていたのかもしれない。ただ、来るはずがないという思いよりも何よりも、ドア越しに聞こえてくるしっかりとした大人びた話し方と声に、理解が追い付いていなかった。
「ルーフォリアです、ルート」
しかしそれも名前を聞いた瞬間どうでもよくなっていた。気づけばドアを開けていて、すぐに浮かんだあの美しく可愛らしい幼子の面影を残した、青年と少年の狭間のような相手を信じられない思いで唖然と立ち尽くしながら眺めていた。
「……誰」
「えぇー……ルーフォリアなのですが……」
その後中に入れて話を聞いていたルートはひたすら開いた口が塞がっていなかった。
「……待って。じゃあ、あの頃既に君は……」
「はい。二十六歳でした」
「ど」
「ど?」
「どう見ても五歳児だったじゃないか……!」
そして今はどう見ても十六、七歳くらいだ。ただしルートよりかなり背の高い十七歳ではある。
「ごめんなさい。騙すつもりはなかったんですが……当時は俺も人間の言葉を習い始めたところで……説明が億劫といいますか。あと幼子だと思って可愛がってくださったあなたが可愛くて」
「は、はぁっ?」
エルフは長命だ。いや、むしろ寿命そのものがないのかもしれない。それもあり、確かに人間と比べて成長も遅いとは何となく把握していたし自分もそのせいで普通の人間に比べゆっくりなのだとわかっていた。だがここまで遅いものなのかとルートは何とも言えない顔で目の前のとてつもない美形エルフを唖然と見る。
「あなたが俺の髪の房、ずっと持っていてくださったからこうして見つけることもできました」
お守りのつもりだったんだけど……!
まさかのそういった媒体だったとはと今も肌身離さず、編み込まれ腕輪のようになっている髪の房にルートは微妙な思いを馳せた。
髪、一房を相手の腕にくくりつける行為には意味があったらしい。
「要はマーキングです」
「は……?」
先ほどから「は」しか発していない気がする。ルートはひたすら戸惑いの顔を、金色の房からルーフォリアらしき人物へ向けていた。
「相手を番として選んだ証です」
ハーフエルフといえどもエルフの里で暮らしたことはないしエルフの教えを受けてきていないのもあり、ルートの考え方は人間寄りだ。行動も生活習慣も何もかも基本、普通の人間のそれだろうと思っている。
もちろん普通の人間よりはエルフの肩を持つし、エルフ狩りは許せないしそもそも他人事でもない。それに見た目もどちらかと言えばエルフの特徴を捉えている。鍛えても華奢な体のつくりは変わらないし肌は白い。わからないが、おそらく寿命も少なくとも人間よりも遥かに長いのだろう。今年で二十歳になるが、十六、七の頃と大して変わらない。多少成長してはいるが、そもそも十代の頃も他の同世代の人間に比べるとあまり認めたくはないが未熟さはあった。これから先、もっと成長は遅くなっていきそうな予感しかしなくて、それを喜ぶべきか悲しむべきか計りかねている。
ただ、エルフのように尖ってはいないが人間のように丸くもない耳に触れると、改めて自分は中途半端な生き物だなと思う。考えが人間寄りだろうが体がエルフ寄りだろうが結局は中途半端だ。
それでも自分を嫌悪したことはない。自分の存在は父親と母親が愛し合った証だからだ。その上、ルーフォリアのおかげでますますハーフでもいいのだと思えるようになった。
あの頃髪を染めていたのは自己嫌悪などではなく、ただ平穏に過ごす手段の一つとしてだった。だが最近はずっとベージュ色のまま過ごしている。そのせいか、さすがにもしやエルフではと疑われるほどではないものの、面倒な誘いや絡みは増えている。それでも色を変えていないのは、ハーフと知ってまずルーフォリアが口にしたのが「かみ、きれい」だったからだ。ハーフとわかっても変わらずにいてくれたことがあの時とてつもなく嬉しかった。そしてただ純粋に、髪を褒めてもらったことも嬉しかったみたいだ。
またふっと思い出し、ルートは小さく笑った。三年も前のことなのに今でもあのわずかな期間のことは忘れられない。とても楽しくてあたたかかった。
ふと、外から喧騒が聞こえてくる。久しぶりに留まっている、このとある大きな町では数日前から何やら祭りを開催しているらしい。一昨日この宿にある酒場のマスターに「お客さんももっと楽しまないと」と言われた。なので昨日は祭りの中を散策し、雰囲気を味わってみた。珍しい料理を食べ、珍しく誘われるがまま幾人かの男女と踊り、それなりに堪能した。さすがに踊り以上の誘いは断っていたが、それでも今日はそろそろ日も高くなりつつあるというのにベッドの上でそれなりにぐったりしている。喧騒と人いきれはある意味戦闘よりも体力を持っていかれるようだ。
とはいえ、そろそろ起きて何かをしようと考えていると、ドアからノックが聞こえてきた。ベットメイクか何かだろうかと怪訝に思いながら、ルートは「はい、はい……」と起き上がって軽く髪や服を整えながらドアへ向かった。そしてドア越しに「何か」と確認する。
少しの間の後で「あの……会いに来ました」とドア越しのせいで少しくぐもった声が聞こえてきた。
会いに?
昨日、何か下手な約束でもしてしまったのだろうかとルートは思い巡らすが心当たりがない。
「えーっと、何かの間違いか人違い、部屋違いじゃないかな」
「え。……。……ルート」
名前を口にされた時の響きに、ルートは妙に心の中でさざ波が立った。
「ルートじゃ、ないんでしょうか。違う方でしたか……?」
「いや、……ルートだな。でも……君、どちら様?」
じわりと気になっていたが、さすがに無用心にドアは開けられない。心当たりがないだけになおさらだ。だが「ルート」と呼ぶ音の響きに、既にどこかではわかっていたのかもしれない。ただ、来るはずがないという思いよりも何よりも、ドア越しに聞こえてくるしっかりとした大人びた話し方と声に、理解が追い付いていなかった。
「ルーフォリアです、ルート」
しかしそれも名前を聞いた瞬間どうでもよくなっていた。気づけばドアを開けていて、すぐに浮かんだあの美しく可愛らしい幼子の面影を残した、青年と少年の狭間のような相手を信じられない思いで唖然と立ち尽くしながら眺めていた。
「……誰」
「えぇー……ルーフォリアなのですが……」
その後中に入れて話を聞いていたルートはひたすら開いた口が塞がっていなかった。
「……待って。じゃあ、あの頃既に君は……」
「はい。二十六歳でした」
「ど」
「ど?」
「どう見ても五歳児だったじゃないか……!」
そして今はどう見ても十六、七歳くらいだ。ただしルートよりかなり背の高い十七歳ではある。
「ごめんなさい。騙すつもりはなかったんですが……当時は俺も人間の言葉を習い始めたところで……説明が億劫といいますか。あと幼子だと思って可愛がってくださったあなたが可愛くて」
「は、はぁっ?」
エルフは長命だ。いや、むしろ寿命そのものがないのかもしれない。それもあり、確かに人間と比べて成長も遅いとは何となく把握していたし自分もそのせいで普通の人間に比べゆっくりなのだとわかっていた。だがここまで遅いものなのかとルートは何とも言えない顔で目の前のとてつもない美形エルフを唖然と見る。
「あなたが俺の髪の房、ずっと持っていてくださったからこうして見つけることもできました」
お守りのつもりだったんだけど……!
まさかのそういった媒体だったとはと今も肌身離さず、編み込まれ腕輪のようになっている髪の房にルートは微妙な思いを馳せた。
髪、一房を相手の腕にくくりつける行為には意味があったらしい。
「要はマーキングです」
「は……?」
先ほどから「は」しか発していない気がする。ルートはひたすら戸惑いの顔を、金色の房からルーフォリアらしき人物へ向けていた。
「相手を番として選んだ証です」
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