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授業が終わり、克海は大学内にある中庭へ向かいながら智空のことを考えていた。
三つ下の智空は、小学生の頃くらいまでは克海によく懐いていた。どこへ行くにも必死になってついて来ようとしていて、そんなところもかわいくて仕方なかった。二人で神社の高台から落ちるという事故があったあの日も、克海と一緒に祭りへ行きたがった智空に折れ、陸史は友人だか彼女だか知らないが約束があるというので、二人で出かけていた。親も中学生になった克海が一緒なら大丈夫だろうと安心してくれていた。だというのに克海は智空に怪我させてしまった。ほんの一瞬、目を離した隙だった。
必死になって手をつかんだが、克海は非力だった。そのまま二人で落ちるしかなく、せめて智空を守らなくてはと思ったのに、怪我を負わせた。おまけに助けを待っている間、自分も怖くて仕方なかった。落ちたということがまず怖くて、そして今は大丈夫だが智空も自分も打ちどころが悪かったらどうしようなどと思ってしまい泣きそうだった。ただ、お兄ちゃんがついているから大丈夫、なんて親にも智空にも安心してもらっていたというのにと怪我よりも心が痛かったのを覚えている。
その上、多分それ以来ではなかっただろうか。智空が変わってしまったのは。
もしかしたら克海がいたにも関わらず、痛い思いや怖い思いして嫌われてしまったのかもしれない。兄として守るどころか情けないところがバレバレだったのかもしれない。そんな風に考えて克海は落ち込んだ。そんな克海に気づいて陸史は「大丈夫、ただの反抗期だからその内おさまるよ」などと言ってくれていたが、当時中学生だった克海は悲しい気持ちを向上させることができなかった。
そんな智空も高校生となり、最近は克海の言葉にもちゃんと答えてくれるようになった。それが嬉しくて堪らない。陸史曰く「反抗期」にはずっと触れられなかった智空の猫っ毛の髪に久しぶりに触れられて、今日もかなり嬉しかった。
ちなみに克海には野良猫のように威嚇していた智空だが、陸史には触れられても全然怒ることはなかった。歓迎してはいなく、どちらかといえば「鬱陶しい」と嫌がってはいたが、威嚇されないだけ百倍マシだと思う。それが多分仕方ないことなのだろうとはいえ、克海にとって昔からどうにも腹立たしかった。八つ当たりで「兄さんなんて大嫌いだ」などと言ったり冷たくあしらったりすることもあった。本当に理不尽だと自分でもわかっているが、どうしようもない。その度に「ええ、何でいきなりっ?」「つれないなあ」などと陸史は言っていたが、今思えば克海の八つ当たりだとバレバレだったような気がする。
「お、来た来た」
中庭では陸史は先についていたようで、通りかかったのだろうか、誰か知らない女と話していた。だが克海にすぐ気づくとその女に何やら言った後、相手は手を振りながら離れて行った。
「今の人、いいの?」
「ああ、通りかかっただけだし」
「っていうか弁当だけじゃ足りないって言ってたろ。なら学食で食べればいいのに、何で俺とわざわざこんなとこで?」
「いーの。俺が克海と食べたかったの」
笑いながら答えると、陸史はあっという間に弁当を平らげ、構内のコンビニエンスストアで買ったパンを頬張っている。
「食うの早いな……。まあ、俺も兄さんと食べられるのは嬉しいけど」
言っている内に克海も弁当を食べ終わり、そう言いながら鞄へしまった。そして返事がないというか無言のままの陸史を怪訝に思って見れば、なぜか顔を手で覆っている。
「……何やってんの」
「だって! もう! 何で俺の弟はこう、無自覚に煽ってくるかなっ?」
「は?」
「他のやつにもそんな態度取ってない? 大丈夫?」
「……は?」
たまに陸史が何言っているのかわからなくなるが、今もそうだ。あと煩い。とりあえず今何か言っていることに関しては無視しよう、と克海は話題を変えた。
「そういえば今日、智空が弁当忘れただろ」
「ん? うん」
「ついでだから、昨日余ったコロッケも入れておいたんだ。そんで持ってったんだけど、喜んでくれたかな」
「お前が持って行った時点で喜んでるよ」
陸史がニコニコ笑う。
「いや、多分兄さんが持っていったほうがそこはよかった気がするんだけど」
ありがとう、と言いにくそうに言ってくれた智空は大変かわいかったが、多分陸史相手だともっと自然な態度だったのだろうなと今でもつい思ってしまう。
「お前でいいんだよ」
「……そうかなあ」
「っていうかさ」
「何」
「コロッケどういうこと? 俺のには入ってなかったんだけど」
「は? いや今日の弁当は母さんが作ったろ」
「でもあきのにはお前、入れたんだろ」
「まあ、ついでだし」
「俺のにもついでに入れてあげてよ!」
「あ、コーヒー買いに行く?」
「また流す!」
だってよくわからないこと言いだしたし面倒だから、と克海は内心答えた後、立ち上がる。
「コーヒー。飲みたくない?」
「飲みたいよ! もう俺の弟つれない」
そんなことを言いながら陸史も立ち上がった。二人で歩きながら自販機ではなく結局学食へ向かう。
「そういえばさ、兄さん」
「何?」
「昨日、俺酔ってその後どうしてた? すぐ寝た?」
「ああうん。寝た寝た」
陸史はまたニッコリ笑いかけてきた。
三つ下の智空は、小学生の頃くらいまでは克海によく懐いていた。どこへ行くにも必死になってついて来ようとしていて、そんなところもかわいくて仕方なかった。二人で神社の高台から落ちるという事故があったあの日も、克海と一緒に祭りへ行きたがった智空に折れ、陸史は友人だか彼女だか知らないが約束があるというので、二人で出かけていた。親も中学生になった克海が一緒なら大丈夫だろうと安心してくれていた。だというのに克海は智空に怪我させてしまった。ほんの一瞬、目を離した隙だった。
必死になって手をつかんだが、克海は非力だった。そのまま二人で落ちるしかなく、せめて智空を守らなくてはと思ったのに、怪我を負わせた。おまけに助けを待っている間、自分も怖くて仕方なかった。落ちたということがまず怖くて、そして今は大丈夫だが智空も自分も打ちどころが悪かったらどうしようなどと思ってしまい泣きそうだった。ただ、お兄ちゃんがついているから大丈夫、なんて親にも智空にも安心してもらっていたというのにと怪我よりも心が痛かったのを覚えている。
その上、多分それ以来ではなかっただろうか。智空が変わってしまったのは。
もしかしたら克海がいたにも関わらず、痛い思いや怖い思いして嫌われてしまったのかもしれない。兄として守るどころか情けないところがバレバレだったのかもしれない。そんな風に考えて克海は落ち込んだ。そんな克海に気づいて陸史は「大丈夫、ただの反抗期だからその内おさまるよ」などと言ってくれていたが、当時中学生だった克海は悲しい気持ちを向上させることができなかった。
そんな智空も高校生となり、最近は克海の言葉にもちゃんと答えてくれるようになった。それが嬉しくて堪らない。陸史曰く「反抗期」にはずっと触れられなかった智空の猫っ毛の髪に久しぶりに触れられて、今日もかなり嬉しかった。
ちなみに克海には野良猫のように威嚇していた智空だが、陸史には触れられても全然怒ることはなかった。歓迎してはいなく、どちらかといえば「鬱陶しい」と嫌がってはいたが、威嚇されないだけ百倍マシだと思う。それが多分仕方ないことなのだろうとはいえ、克海にとって昔からどうにも腹立たしかった。八つ当たりで「兄さんなんて大嫌いだ」などと言ったり冷たくあしらったりすることもあった。本当に理不尽だと自分でもわかっているが、どうしようもない。その度に「ええ、何でいきなりっ?」「つれないなあ」などと陸史は言っていたが、今思えば克海の八つ当たりだとバレバレだったような気がする。
「お、来た来た」
中庭では陸史は先についていたようで、通りかかったのだろうか、誰か知らない女と話していた。だが克海にすぐ気づくとその女に何やら言った後、相手は手を振りながら離れて行った。
「今の人、いいの?」
「ああ、通りかかっただけだし」
「っていうか弁当だけじゃ足りないって言ってたろ。なら学食で食べればいいのに、何で俺とわざわざこんなとこで?」
「いーの。俺が克海と食べたかったの」
笑いながら答えると、陸史はあっという間に弁当を平らげ、構内のコンビニエンスストアで買ったパンを頬張っている。
「食うの早いな……。まあ、俺も兄さんと食べられるのは嬉しいけど」
言っている内に克海も弁当を食べ終わり、そう言いながら鞄へしまった。そして返事がないというか無言のままの陸史を怪訝に思って見れば、なぜか顔を手で覆っている。
「……何やってんの」
「だって! もう! 何で俺の弟はこう、無自覚に煽ってくるかなっ?」
「は?」
「他のやつにもそんな態度取ってない? 大丈夫?」
「……は?」
たまに陸史が何言っているのかわからなくなるが、今もそうだ。あと煩い。とりあえず今何か言っていることに関しては無視しよう、と克海は話題を変えた。
「そういえば今日、智空が弁当忘れただろ」
「ん? うん」
「ついでだから、昨日余ったコロッケも入れておいたんだ。そんで持ってったんだけど、喜んでくれたかな」
「お前が持って行った時点で喜んでるよ」
陸史がニコニコ笑う。
「いや、多分兄さんが持っていったほうがそこはよかった気がするんだけど」
ありがとう、と言いにくそうに言ってくれた智空は大変かわいかったが、多分陸史相手だともっと自然な態度だったのだろうなと今でもつい思ってしまう。
「お前でいいんだよ」
「……そうかなあ」
「っていうかさ」
「何」
「コロッケどういうこと? 俺のには入ってなかったんだけど」
「は? いや今日の弁当は母さんが作ったろ」
「でもあきのにはお前、入れたんだろ」
「まあ、ついでだし」
「俺のにもついでに入れてあげてよ!」
「あ、コーヒー買いに行く?」
「また流す!」
だってよくわからないこと言いだしたし面倒だから、と克海は内心答えた後、立ち上がる。
「コーヒー。飲みたくない?」
「飲みたいよ! もう俺の弟つれない」
そんなことを言いながら陸史も立ち上がった。二人で歩きながら自販機ではなく結局学食へ向かう。
「そういえばさ、兄さん」
「何?」
「昨日、俺酔ってその後どうしてた? すぐ寝た?」
「ああうん。寝た寝た」
陸史はまたニッコリ笑いかけてきた。
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