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見られていると気づいたのは途中からだ。というか、多分そもそも智空がやって来たのがキスの途中だったのだろう。
その時も陸史は事前まで克海と飲んでいた。酒に強くないがとても弱いというわけでもない克海は、すぐに酔った挙げ句眠ってしまっても翌日に酒を残さない。それもあり、平日であっても陸史が誘ったらわりと高確率でつき合ってくれる。以前「また飲むのとか言いつつ何でつき合ってくれるの」と陸史が聞けば「飲むのはわりと好きなんだよ。……いつも寝ちゃうけどさ」と言っていて、陸史としては複雑だった。自分につき合ってくれるのは嬉しいが、他の誰かとほいほい飲んで欲しくない。
「それは……お兄ちゃん複雑だなあ」
「お兄ちゃんとか呼ばれてもないのに自分で言うなよ。何が複雑?」
「克海がもし外で飲んだらって心配で」
「あー、俺、外ではあんま飲まないよ。寝ちゃったら皆に迷惑かけるし。家なら寝ても問題ないだろ。だいたい兄さんも弱いくせに」
俺は弱い振りをしてるだけだしとりあえず、あまり飲まない、じゃなく全く、にして欲しい。
そうなんだねと思うよりそんなわがままを陸史は思いつつ、さすがに口にはしなかった。だが改めて、克海の外飲みは阻止できる限り阻止しようと心に誓った。
そしてつい先ほども克海はいつものように喋りながら次第に五割り増し以上に柔らかい雰囲気になった後、また軽率に眠ろうとしていた。
「また寝ちゃうの? 俺ほんとに変なことしちゃうよ?」
「んー……」
いつも朝起きた時、克海はベッドに入っている自分をどう思っているのだろうか。ちゃんと自ら入っていると当たり前のように思っているのだろうか。
陸史が抱きしめたり触れたりしてから抱き上げ、ベッドへ寝かせているとは少なくとも思っていないのだろう。
「もう抱きしめるだけじゃ我慢できないんだけど。聞いてる?」
苦笑しながら言うも、克海はすでにまた深い眠りの底へ沈もうとしている。
「ねえ、その底は気持ちいい? 俺も一緒に沈みたいんだけどな」
耳元で囁きながら、陸史は克海を抱き寄せそのまま押し倒す。
「……重い。陸史酔い過ぎだろ……」
半分以上寝ているような状態で、克海はそんなことを言ってくる。変なことするぞ、我慢できないぞと言っているというのに、ほぼ寝たような頭で克海はまだ陸史が酔ってふざけているのだと思っているのだろう。
俺は悪くない、と陸史は思う。そもそも智空ばかり優先する克海が悪い。少しくらいこちらも見て欲しいとやきもきしているというのに、こうやって無防備な様子を晒してくる。
だから俺は悪くない、と陸史はキスした。本当に限界だった。
キスくらい他の誰かとなら何度もしたことある。だがそれのどれとも違った。深くもない、ただ唇を合わせるだけのキスだというのに、全ての神経が唇とそして心臓にいったかのような気がする。堪らなくて嬉しくて愛しくて気持ちよくて切なくて、ごめんという思いより、さらにもっと繋がりたいと思った。
だがその時小さくだがドアの軋むような音がした。キスを止めないままドアの方を窺うと、顔は見えないが智空がそこにいるのがわかる。見られたことに焦りはなかった。智空はどうするのだろうと思っていると、そのまま音も立てずに去って行った。
「うーん……。逃げちゃだめだろ、あき」
克海の唇から少し離し、陸史はぼそりと呟いた。そして興が削がれたかのようにため息つくと、克海を抱き上げてベッドへ寝かせた。
「おやすみ、克海」
布団に埋もれる克海の髪をそっと撫でると、陸史も一旦洗面所へ向かい、顔を洗ってから自分の部屋へ行く。
とうとうキスしてしまった。だが後悔はないし、思っていた以上に兄弟であるという違和感もなかった。
人間の細胞にはそれぞれ二十三組、要は四十六本の染色体がある。だが生殖細胞には精子、卵子ともに染色体は半分の二十三本しかない。それらが結合し、初めて四十六本になるのだ。それにより、染色体に含まれる遺伝子情報も父母からそれぞれ半分ずつ均等に受け継ぐこととなる。ただ、精子と卵子の遺伝子組合せなど無限にあるため、同じ両親から生まれた血の繋がった兄弟であっても、全く同じ遺伝子になる確率はほぼゼロと言える。おまけに子どもが親からもらう遺伝子は半分だけだ。同じ兄弟であっても共有する親の情報は五割。しかも、もらう情報はランダム。何を引き継ぐのかは個体によって異なる。その上残りの半分は両親とすら異なる組合せが生まれる。そして同じ環境で育っているとはいえ決して何もかもすべて同じ状況や状態ではない。兄弟であっても全く違う人間になるのは当たり前だと陸史は思う。血をわけた兄弟であっても、遺伝子レベルで全然違ってくるのだ。
完全に別人じゃないかと思う。もちろん当たり前のように誰もが兄弟だろうが親子だろうが突き詰めれば別人だとは認識しているだろう。だが好きになるのは間違っているとも皆、認識している。確かに親から生まれてくるのだから親とは遺伝子の繋がりも感じられるし、陸史もわかる。だが兄弟なんて遺伝子すら全く別じゃないかとこじつけのように思う。
そんなことを考えながらも、智空に対しては絶対にそんな目で見られない。兄弟としか見られない。明らかに陸史の屁理屈だ。
でもそれでも。
好きになって何が悪い? 男同士なら子孫すら残せない。なら何が悪い? 倫理? それだけか? 誰か教えて欲しい。
翌朝にはにこやかに智空に対して宣戦布告した陸史だが、ベッドに横たわり顔を両手で覆いながらそんなことを考えていた。
その時も陸史は事前まで克海と飲んでいた。酒に強くないがとても弱いというわけでもない克海は、すぐに酔った挙げ句眠ってしまっても翌日に酒を残さない。それもあり、平日であっても陸史が誘ったらわりと高確率でつき合ってくれる。以前「また飲むのとか言いつつ何でつき合ってくれるの」と陸史が聞けば「飲むのはわりと好きなんだよ。……いつも寝ちゃうけどさ」と言っていて、陸史としては複雑だった。自分につき合ってくれるのは嬉しいが、他の誰かとほいほい飲んで欲しくない。
「それは……お兄ちゃん複雑だなあ」
「お兄ちゃんとか呼ばれてもないのに自分で言うなよ。何が複雑?」
「克海がもし外で飲んだらって心配で」
「あー、俺、外ではあんま飲まないよ。寝ちゃったら皆に迷惑かけるし。家なら寝ても問題ないだろ。だいたい兄さんも弱いくせに」
俺は弱い振りをしてるだけだしとりあえず、あまり飲まない、じゃなく全く、にして欲しい。
そうなんだねと思うよりそんなわがままを陸史は思いつつ、さすがに口にはしなかった。だが改めて、克海の外飲みは阻止できる限り阻止しようと心に誓った。
そしてつい先ほども克海はいつものように喋りながら次第に五割り増し以上に柔らかい雰囲気になった後、また軽率に眠ろうとしていた。
「また寝ちゃうの? 俺ほんとに変なことしちゃうよ?」
「んー……」
いつも朝起きた時、克海はベッドに入っている自分をどう思っているのだろうか。ちゃんと自ら入っていると当たり前のように思っているのだろうか。
陸史が抱きしめたり触れたりしてから抱き上げ、ベッドへ寝かせているとは少なくとも思っていないのだろう。
「もう抱きしめるだけじゃ我慢できないんだけど。聞いてる?」
苦笑しながら言うも、克海はすでにまた深い眠りの底へ沈もうとしている。
「ねえ、その底は気持ちいい? 俺も一緒に沈みたいんだけどな」
耳元で囁きながら、陸史は克海を抱き寄せそのまま押し倒す。
「……重い。陸史酔い過ぎだろ……」
半分以上寝ているような状態で、克海はそんなことを言ってくる。変なことするぞ、我慢できないぞと言っているというのに、ほぼ寝たような頭で克海はまだ陸史が酔ってふざけているのだと思っているのだろう。
俺は悪くない、と陸史は思う。そもそも智空ばかり優先する克海が悪い。少しくらいこちらも見て欲しいとやきもきしているというのに、こうやって無防備な様子を晒してくる。
だから俺は悪くない、と陸史はキスした。本当に限界だった。
キスくらい他の誰かとなら何度もしたことある。だがそれのどれとも違った。深くもない、ただ唇を合わせるだけのキスだというのに、全ての神経が唇とそして心臓にいったかのような気がする。堪らなくて嬉しくて愛しくて気持ちよくて切なくて、ごめんという思いより、さらにもっと繋がりたいと思った。
だがその時小さくだがドアの軋むような音がした。キスを止めないままドアの方を窺うと、顔は見えないが智空がそこにいるのがわかる。見られたことに焦りはなかった。智空はどうするのだろうと思っていると、そのまま音も立てずに去って行った。
「うーん……。逃げちゃだめだろ、あき」
克海の唇から少し離し、陸史はぼそりと呟いた。そして興が削がれたかのようにため息つくと、克海を抱き上げてベッドへ寝かせた。
「おやすみ、克海」
布団に埋もれる克海の髪をそっと撫でると、陸史も一旦洗面所へ向かい、顔を洗ってから自分の部屋へ行く。
とうとうキスしてしまった。だが後悔はないし、思っていた以上に兄弟であるという違和感もなかった。
人間の細胞にはそれぞれ二十三組、要は四十六本の染色体がある。だが生殖細胞には精子、卵子ともに染色体は半分の二十三本しかない。それらが結合し、初めて四十六本になるのだ。それにより、染色体に含まれる遺伝子情報も父母からそれぞれ半分ずつ均等に受け継ぐこととなる。ただ、精子と卵子の遺伝子組合せなど無限にあるため、同じ両親から生まれた血の繋がった兄弟であっても、全く同じ遺伝子になる確率はほぼゼロと言える。おまけに子どもが親からもらう遺伝子は半分だけだ。同じ兄弟であっても共有する親の情報は五割。しかも、もらう情報はランダム。何を引き継ぐのかは個体によって異なる。その上残りの半分は両親とすら異なる組合せが生まれる。そして同じ環境で育っているとはいえ決して何もかもすべて同じ状況や状態ではない。兄弟であっても全く違う人間になるのは当たり前だと陸史は思う。血をわけた兄弟であっても、遺伝子レベルで全然違ってくるのだ。
完全に別人じゃないかと思う。もちろん当たり前のように誰もが兄弟だろうが親子だろうが突き詰めれば別人だとは認識しているだろう。だが好きになるのは間違っているとも皆、認識している。確かに親から生まれてくるのだから親とは遺伝子の繋がりも感じられるし、陸史もわかる。だが兄弟なんて遺伝子すら全く別じゃないかとこじつけのように思う。
そんなことを考えながらも、智空に対しては絶対にそんな目で見られない。兄弟としか見られない。明らかに陸史の屁理屈だ。
でもそれでも。
好きになって何が悪い? 男同士なら子孫すら残せない。なら何が悪い? 倫理? それだけか? 誰か教えて欲しい。
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