守りたいもの

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 陸史が明日退院するとのことで、智空は台所で包丁を握っていた。
 もちろん陸史を刺す──のではなく調理するためだ。退院して陸史が帰ってくる時、智空は学校でいない。なのでせめて昼ご飯を準備しておいてやろうと思ったのだ。明日帰ってくるのだからせめて朝作るべきなのだろうが、朝早起きして学校行く前に飯を作るという技は高校生には厳しい。しかも手慣れていない。

 まあ正直ちょっと刺したいけど。

 本気で思っているわけではないが、そういう気持ちはある。ここ数日の克海を見る度に軽く思っている。
 克海はどこか上の空という感じで、リビングに二人きりでいる時も、智空が清水の舞台からダイブする気持ちでエイッとばかりにわざと抱きついてもほぼ反応はなかった。いや、一応あるのだが、智空の気持ちを知ってからの克海なら焦ったりと多少なりとも動揺を見せてきそうなものだろうに、まるで猫が膝の上に乗ったから無意識に撫でた、くらいの感じでぼんやり背中をぽんぽんされた。

 あれめちゃくちゃ嬉しか……じゃなくて。いつものかつ兄じゃないからムカついた。

 思い出して一瞬顔が崩れそうだったがぶんぶん頭を振り、あえて唇を尖らせた。そしてピーマンを切る。
 陸史や克海なら特に智空のためにだろう、苦味を抑えるためもあって繊維にそった切り方をしていると思われる。ピーマンは、例えば輪切りなど繊維を断つ切り方すると、縦に入っているピーマンの細胞が傷つくことにより苦味がより増すという特徴がある。また繊維を断って細胞が傷ついていることにより火が通りやすくなっているため、炒めた食感は柔らかくなる。逆に繊維に沿って切ると苦味を最低限に抑え、繊維も残りやすいため加熱してもシャキシャキしている。
 細切りなどはあえて繊維を断つやり方と、繊維を残すやり方があるのだが、そんなこと料理したことない智空にわかるはずもない。なので構わず適当に切っていく。
 絶対、克海は陸史を意識している。無意識だとこの間は思っていたが、今ではきっと本人も気づいているのではないだろうか。

 兄弟に対しそんな気持ちになれないと宣言したくせに、あつ兄にならなれちゃうのかよ。

 そんな風にも多少は思ったが、それでも克海に対してはどうしても悪く思えない。好きなのだ。応援したいし笑っていて欲しい。そして陸史はちょっと刺したい。
 恋愛知識の乏しい智空のことだ、勘違いということもある。だが克海のことなら自分のこと以上にわかる気がする智空としては、多分間違いないのではと思っていた。
 もし。
 もしあの二人がちゃんと両おもいになってしまったら。自分はどうなるのだろう。どうしたらいいのだろう。どう思うのだろう。どう扱われるのだろう。
 想像がつかなくて少し怖い。邪魔者になってしまうのだろうか。

 そう、だよ、な……だって俺、兄さんとしてもかつ兄大好きだけど……でも恋愛としてもやっぱり好きだもんな。だってぎゅってされてやっぱり嬉しかったし……あ、でもそれは弟としても嬉しいものなのかな。区別わかんないや……いやでも、もし、もしだよ、もし、かつ兄とチューしちゃったら俺、俺、やっぱ嬉しい、し……うわ、無理。顔、あっつ……! 考えただけで顔、あっつ……! 無理。いやでもうん、やっぱ普通の弟じゃ、ない、よな。そんなのがそばにいたら、もしあいつらくっついたとしたら邪魔、だよ、な。え、でもそんなのヤだよ……俺、かつ兄とつき合えなくても、っつーか、つき合うとかすらそんなの無理過ぎるけど、つき合えなくても平気だけど、でも邪魔って思われんのだけはヤだ。めちゃくちゃウザいあつ兄にだって、ヤだよ……邪魔って思われんの……。そんなの、どうしていいかわかんないよ……。

 少し泣きそうになりながら、智空は他にもニンジンやナスなどを切っていく。
 料理はしたことないし、包丁も握った記憶すらない気がするが、智空も高校二年だ。小さな子どもではないので、切り方は適当とはいえ一応危なげなくは切れる。だがきっとここに克海がいれば、ハラハラしていたかもしれない。

 いや、かつ兄、上の空だからな……気づいてもくんないかな。

 フライパンに油をひいて、切った野菜とコマ切れの肉を炒めた。コマ切れにしたのは火の通りが全くわからないため、厚めだと火が通らない可能性があるかもしれないと思ってのことだ。野菜炒めにしたのは料理したことないからだ。これくらいならそんな智空にでもできる気がする。味つけは携帯電話で検索したからわかる。便利な世の中だと思う。

「よし、完成」

 火加減は全くわからなかったので、弱火で炒めた。検索してもこういうことはいまいちわからない。時々中火くらいにはしたが、強火は一瞬で焦げそうで怖く、弱火ならとりあえずはじっくり材料に火が通るだろうから、少なくとも腹を壊すことはないだろうと踏んでのことだ。退院したてで腹を壊してまた入院とか目も当てられない。
 見た目は悪くない。見た目は。そこそこ色とりどりな気がするし、いい匂いもする。

「あれ?」

 泣きそうになっていた気分もマシになり、少し満足げに完成して皿に乗せた野菜炒めを見ていると、背後から克海の声がした。ぎょっとして智空は振り返る。

「智空、もしかして料理してたの?」
「う、うん……。あの、明日あつ兄退院するだろ。かつ兄、迎えに行くんだよ、ね?」
「え、ああ、うん」
「お昼に、その、これ……食べてもらって……。俺、学校だし……」
「えっ、兄さんのために作ったの? 智空が?」

 克海がとてつもなく驚いている。ちょっと失礼じゃないかというくらい驚いている克海に、だがムッとすることはない。むしろ「上の空じゃなくて何か嬉しい」などと智空は思った。

「できたては無理だけど……」
「ああもう!」

 克海がそう言いながら近づいてきて、智空をぎゅっと抱きしめてきた。それに対しポカンとしながら固まっていると「あ、えっとごめん。でも何かかわい……えっと嬉しくて」と苦笑しながら克海が抱擁をすぐに解いてきた。少し残念に思いながら「嬉しい?」と智空は聞き返す。

「あの智空がと思うとさ」

 どの智空と思って言っているのだろうと思いつつ、でも実際嬉しそうにしている克海に智空も凄く嬉しくなった。
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