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9話

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「まひろ? どうかしたのか?」

 自分の部屋でテレビを観ていると、またやって来て隣に座っていた真尋がひたすら佐紅をジッと見てきていた。最初は気が済んだら止めるだろうと放置していたがどうにも見るのを止めてくれそうにない。好きな人に見られて恥ずかしい、といった乙女的感情は今さら真尋に対してほぼないが、何かあったのだろうかと気になる。
 佐紅も真尋を見返して聞けば、真尋が口を開いた。

「俺はさくが好きなのか、考えたことなかったから」

 言われた内容がよくわからなさ過ぎて佐紅は戸惑う。

「なんでそんなことを?」
「俺はさくが好きらしいから」

 返ってきた言葉に佐紅はますます戸惑う。全く話が見えてこない。とりあえず真尋は自分が好きだ、と言っているということしかわからない。

 ……好きだ、と。

「そんなこと、考えなくていい」

 盛大にため息を吐くと、佐紅は立ち上がり「飲み物持ってくる」と誤魔化して部屋を出た。
 好きというのはどういうことだろうか。今までも真尋は少なくとも佐紅をずっと一緒にいた幼馴染として好いてくれていたとは佐紅もわかっている。だが真尋は無口な分、余計なことは言わない。真尋の中で大事なことや新たなことといった内容だからこそ、先ほどもジッと見て考えたり口にしたりしたのだろうと思われる。
 ただ佐紅のことを好きらしいと突然言われても、佐紅としてはどうすればいいのかわからなかった。もちろん、佐紅は真尋のことが好きだ。

 でも俺もまひろも男だから。

 動揺していたのか、手元が滑ってグラスを落としてしまった。派手な音にハッとなると足元にはガラスが散らばっている。

 なにやってんだ俺。

 慌てて拾おうとすると頭上から「さく」と呼ばれた。

「危ない。俺が拾う」

 どうやら派手な音に気づいて部屋から出てきたようだ。

「危ないってんならお前もだろ」

 そんなことを言いながら結局二人で掃除した。片付くと礼を述べて先に真尋を部屋へ向かわせ、佐紅は飲み物を改めてグラスに入れる。
 だいたい考えすぎだ、と佐紅は自分に言い聞かせた。じっと見てきたり「好きらしいから」と言いつつも真尋は他に変わった様子はなかった。動揺したり照れたり悩んだりといった風ではなかった。

 っていうか好き「らしい」ってなんだ。

 誰かから言われたという風にも聞こえる。その場合真尋が誰かに、真尋は佐紅が好きなのだとなんらかの流れで言われたということになる。

「……まさかな」

  そっと首を振り、佐紅は飲み物を持って部屋へ戻った。すると真尋が指を舐めている。

「お前、もしかしてさっきガラスで切った? っちょ、待ってろ」
「こんなの舐めてればすぐ治る」

 飲み物を置き、慌てて救急箱を取りに行こうとすると真尋がそう言って止めてきた。

「でも血、出てるじゃねーか」

 佐紅が指摘すると首を振った後、少し考えるような仕草をする。そして真尋は手を伸ばしてきた。そっと真尋の怪我をした指が佐紅の耳朶に触れる。なんだろうと思っていたら「お揃い」と真尋が言ってきた。

 お揃い?

 小さい玩具みたいな鏡に手を伸ばし、覗き込むと触れられた耳朶にちょん、と小さな赤があった。真尋の血だ。それはまるで赤いピアスをしているようにも見える。
 鏡の中に映っている真尋を窺うと、いつも表情が読み取り難い顔をしているというのに、珍しく微笑んで見えた。小さな鏡なのでよく見えない為、少し動かしたりしていると不意に鏡の向こうの真尋と目が合ってしまった。咄嗟に逸らしてしまいむしろ妙に気まずい。
 すると背後で真尋が動く気配がした。なんとなく鏡をまた見ると、鏡の向こうの真尋が佐紅の耳元に顔を近づけている。何をしようと……と思っていると佐紅の耳朶に舌を這わせてきた。思わず佐紅は固まる。
 だが動けるようになると、まるで油の必要なブリキのようにギギギと音が聞こえそうな勢いでぎこちなく佐紅は振り返った。真尋はまだ、近い。

「俺、本当にさくが好きなのかもしれない。このピアス付けてると、さくを感じるし」

 そう言うと、真尋は自分の赤いピアスを既に血が固まりつつある指で弾いた。唖然としているとまた顔を近づけてきた。ふわりと真尋の香りがし、唇に柔らかい感触が伝わる。キスをされたのだと気づくと佐紅はドン、と真尋を押した。
 先ほどから全く喋っていない自分に気づくが、なんと言っていいのか分からない上、そもそも声が出ない。押された真尋は少し怪訝そうにしながらも、いつものように佐紅を押し倒してきた。
 そう、いつもしている行為だ。お互いのものに触れたりして、ただ抜くだけの行為。真尋が恐らく好奇心や遊び半分でしている筈の行為だ。
 なのに何か違う気がする。佐紅はゾクリと震えた。駄目だと思いつつ抗えない。自分が情けないし、真尋に対しても「なんでそんなこと言うんだ」と、勝手な話だが憤りさえ感じてしまう。なのに抗えない。

 そんな風に触れるな。

 せめてそう言いたいのにそれすら声に出なかった。

「……ぁ」

 ただ情けない声だけが口から洩れた。
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