ヒロイン効果は逃れられない

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21話

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 リースにはその後問い詰めようとしたのだが、あちらはフィンリーよりかなり上手なのか、ニコニコとかわされ倒された挙句「お前がどんな身分であれアートを愛しているというならまだしも、ただ単に友だちだと言うのならもう少し自分の立場を理解して行動するように」とむしろ優しくではあるが説教されてしまった。納得がいかない。
 いや、確かに貴族としての立場はある。領地の住民の上に立ち、支える立場でなくてはならない。軽率な行動は控えるべきだ。それはわかる。しかし友人に会いに行くくらい構わないではないかと思うし、正論をかましてこようがリースのやったことはわりとろくでもない。前世でも例えば親が子どもの携帯電話にGPS機能をつけることはあった。リースは従兄だしもしかしたらそういった親の気持ちだったのかもしれないが、それならそれでせめて渡す時点で正直に言ってもらいたい。

 まあ言われたら付けてなかっただろうけどさ……。

 ちなみにアイリスに会いに来たジェラルド卿は通り一遍な対応をされただけですごすごと帰って行ったようだ。アイリスに「とてもいい人じゃないか」と言えば「お兄さまより素敵だと思える人以外は興味ありません」などと返ってきた。確かに我ながら顔はいいとは思うが、その他に特別優れているところに覚えがないフィンリーとしては明らかに断る口実にされたようだとしか思えなかった。何故ゲームと違って現実ではそんなに結婚や恋人に興味を持たないのかわからないが、アイリスのことは本当に可愛く思っているため、できれば無理強いはしたくない。

「はー」

 翌日、書類仕事を終えて屋敷のテラスに置いてある椅子に腰かけ、フィンリーがため息を吐いていると「ため息を吐くと恋愛運が逃げますよ」というカリッドの声がした。

「殿下……またいらしてたんですか」
「ええ、いらしてましたよ。何か悩み事でも?」

 相変わらず無駄なくらい美しい笑みをまき散らかしながらカリッドが近づいてきた。

「……まぁ……。というかため息を吐くと逃げるのは幸せではなかったですか?」
「初めて聞きましたね」

 この世界では違う使い方をするのか、とフィンリーは内心納得すると同時に、さすが乙女ゲームの世界だとも納得する。こんなところまで恋愛主体かよと誰に向かってでもないが突っ込みたい。

「恋愛運……なんならむしろ逃げてくれてもいいですし」

 自分にあるのかさえ謎な、最悪ゲーム通りになるかもしれない恋愛運なら一度なくしてもいいかもしれない。むしろ過呼吸になるくらい息を吐こうかとフィンリーは思った。

「……フィンリーはどうやら本当にお疲れのようですね。疲れてるならため息だろうが深呼吸をするのはいいことですが、いかがですか? 少し私と出かけませんか? 遠出はあらかじめ予定していないと難しいですが、私の宮殿なら問題ないでしょう。とても心が安らぐ植物園もありますし」

 行きませんと即答しようかと思ったが、気分転換に植物園も悪くないような気がした。目の前にいるのは仮にもというか事実王子なのでさすがに無茶なことはしないだろう。度々やっては来るものの今のところゲームのように口説いてくるわけでもないしで、ジェイクやリースよりも安全だと今では思っている。社交界で出会う前はカリッドに出会うことで何もかもが始まってしまうのではと戦々恐々としていたが、いざ出会ってしまえばアートを除いて一番安全に思えている。デイリーも安全な気はするし物静かで落ち着いた人といった感じなのだが、何故か雰囲気が未だにフィンリーにとって怖いのでまた別枠だ。

「行きます」

 頷くとカリッドは一瞬驚いたような顔をしてきた。驚くくらいなら誘うなと多少思いつつ、思い返すまでもないことだが今までカリッドに対して「NO」しか返していなかったからかもしれない。とはいえすぐにいつものように胡散臭そうな笑みに戻り「そうと決まれば」とカリッドはフィンリーをいそいそと自分が乗ってきた馬車へ向かわせた。

「ちょ、待ってください。どこへ行くか誰かに言わないと。あとジェイクを連れて……」
「そなたの家には私の使いに伝えさせましょう。ジェイクというのはあのいつもそなたの後ろにいる犬でしょうか。遠出するのでも危険な場所へ行くのでもなく、第二王子である私の家へお呼びしているだけですので連れなくとも問題ありませんよ」

 気づけば既に馬車は出ていて、カリッドがにこにこと言ってくる。

 って犬っつった? 犬っつったよな? 俺様を脱ぎ捨て胡散臭いながらも笑顔の絶えない穏やかな人種になったんじゃねーのこいつ。

 穏やかな人物は少なくとも人間を犬呼ばわりしないはずだとフィンリーは微妙な顔をカリッドへ向けた。早くもついて行くことにじわじわと後悔を覚える。今の物言いに関してさらに思うのは、丁寧な言葉ではあるが考えようによればとても俺様的な発言ではないだろうか。丁寧な言葉だけに隠れて見えにくいが「この俺の家に呼んでやってるんだ、お付きなどいらないだろうが」という意味と同義語な気がする。

「俺、忘れ物をしたような気が……」
「何でもウチにありますので大丈夫ですよ」

 引き返す気はとりあえず全くないようだ。フィンリーはますます微妙な顔になった。
 ただ、カリッドの宮殿に到着すると本当に植物園へ案内してくれた。自分の考えすぎだったのだろうかとフィンリーは少し肩の力が抜ける。

「落ち着くでしょう」
「はい」

 その場所によってテーマを決めて植えてあるのか、あまり植物に詳しくないフィンリーでもたくさんの木や草や花を見ていてわりと楽しめた。
 この世界には前世と比べると驚くほど娯楽が少ない。ゲームはせいぜいボードゲームくらいだし演劇はあるもののテレビや映画などはもちろんない。気軽に歌ったり飲んだりする場もあまりないし遊ぶ施設というものがそもそもない。そのせいもあって前世者とはいえフィンリーにとっても植物園ですら目を楽しませる娯楽の一つとなり得た。貴族も庶民も夫婦に子どもが多い理由がなんとなくわかる。他にすることが多分あまりないのだ。

 まぁ俺にはその娯楽を味わえる日が来るとは少なくとも今のところ思えないけどな……!

 少し歩いてから休憩と言われ、植物園内にあるゆったりと座れる椅子に腰かけてそんなことを考えていると、目の前に影を感じた。見上げるとカリッドが思ったより近くにいて見下ろすようにフィンリーに対して微笑んでいる。

「殿下?」
「疲れましたか?」
「えっと、まあ……でも心地いい疲れです」
「それはよかった」

 顔が近いせいで、あまりに整った顔を初めてまじまじと見た。他の攻略対象もそうだが、何故男なのにこんなに肌が綺麗なのだろうと思う。

 ほら、こんなに近いのに毛穴すらなく──

 唇が合わさっているのだと気づいたのはカリッドが離れてからだった。
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