ヒロイン効果は逃れられない

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22話

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「キッ……?」

 口に手を当て、フィンリーがまともに話せず動揺していると、カリッドはまた微笑んできた。

「他の植物もご覧になられますか?」
「ごっ、ご覧になられないです……!」

 ポカンとしそうになったが、今絶対にキスをされたのは勘違いではない。妄想でもない。というかカリッドにキスをされる妄想とかなにそれ怖いと、相変わらず口を覆ったままフィンリーはまだ動揺が引かなかった。

「涙目になってるのは可愛いですね」
「は……っ?」

 思わず睨みつけてしまい、相手は王子だったとすぐに我に返った。慌てて目を逸らしながら、いくら王子であってもいきなりキスをするのはどうなのかと憤りが湧く。男がキスごときでうだうだ言うのも残念かもしれないが、相手も男なのだ、言いたくもなる。この世界では別に同性が珍しいわけでなかったとしても、フィンリーにとっては当たり前ではない。

「気分を害されましたか? 申し訳ありません。確かに失礼な振舞いでした。許してもらえませんか」
「で、んかに対して許すも許さないも……」
「私が王子であるということはこの際無視してくださってけっこうです」

 そういう訳にいくか。

 即突っ込みそうになり、フィンリーはグッと喉を詰まらせた。それから深呼吸をする。

「……では許します、ので殿下、できればこれからはこういったお戯れはご遠慮ください」
「ありがとうございます。ですが戯れではありませんよ」
「は?」
「私はそなたが好きだからキスをしたのです。順序を間違えてしまったし、いきなり許可もなくしてしまったことに対しては申し訳なく思っておりますが、決して戯れでしたのではありません」

 待て。

 フィンリーは血の気が引くのを感じた。
 こんなイベント、ゲームにあっただろうか。桃から聞いた覚えがない。カリッド最推しではなかったとはいえ、わりと好きではあったはずの桃がこんな場面を語ってこないはずがない。だが植物園にすら心当たりがない。全部を覚えていないだけだろうか。それともゲームシナリオになく、フィンリーが把握できない新たな展開が勝手に表れているのだろうか。
 今までもゲームにはなかったような状況もあった。だが日常の一コマというのだろうか、単にゲームでは特に表現されていないだけだろうなと思える些細な出来事がほとんどだった。ゲームと状況が違うこともあったが、細かいところが違うだけで大まかな部分は同じ流れだったりした。しかし今のこの状況は日常の一コマと言うにはあまりにも恋愛シュミレーション的展開過ぎるし、大まかな部分どころか覚えがない。

「フィンリー?」
「あ、いや、えっと、その……」

 そもそも俺様の片鱗もないこの男がゲームの展開通りに進めてくるはずがなかったのかもしれない。
 男は駄目だというのにあまりにも美しい顔が「好きだからキスをした」などと言ってくるせいで、ただでさえ動揺し倒しているというのに心臓の主張があまりにも半端ない。多分免疫がなさ過ぎたのかもしれない。

「ご、」
「ご?」
「ごめんなさい俺ちょっと忘れ物を……っ」
「あっ、フィンリー! 待ってください……! あとそれ二度目で──」

 背後で何か言っているカリッドを無視してフィンリーは思わずこの場から文字通り逃げた。混乱がきたすと人は時に馬鹿なことや考えられないことをついしてしまうらしい。しばらく走った後にようやく少し冷静になってきて、フィンリーは自分のしでかした間抜けな行動にドン引きしていた。
 ちなみに体力にはそこそこ自信があるので多分結構離れたところまで来たのだろうが、自分が今どこにいるのかがわからない。何をやっているのだとため息を吐きながら、フィンリーはベンチを見つけて腰掛けた。
 鳥の鳴き声は聞こえてくるものの、とても静かで本来なら落ち着く空間だろう。だがシンとした誰もいない場所に迷い込んだだけでなくフィンリーはつい先ほどされたキスを思い出してしまい、心細い上にかなり落ち着かなくて頭を抱えた。
 多分ほんの一瞬だったと思う。それもキスされていると気づいたのはカリッドが離れてからだ。なのであまり覚えていないはずだというのに妙に唇に感触が残っているような気がした。

「ああーもう……何やってんだ」
「本当に何をやっているんでしょうね、あなたは」

 まさか答えというか会話が返って来ると思っていなかったフィンリーはビクッと体を大きく震わせた後、恐る恐る顔を上げる。目の前にはほんのり微笑んでいるというのにどこか怖い気がするデイリーがフィンリーを見下ろしていた。

「でっ、イリーさん」
「カリッド様に対してといい、あなたは呼び名を変に区切る趣味でもあるんですか」
「そんな趣味あるわけないだろ……! いや、ないでしょう!」
「……言い直されなくても結構です。別に私に対して敬語である必要ございません。あなたの話しやすいようになさってください」
「……はい。……デイリーさんはここで何してんの」
「キスをされ逃げてきたあなたに言うことがあって来たんですが」

 さらりと言われ「へえ」と頷きそうになった後でフィンリーはハッとなる。

「って、何っ? あの、さっきの、見てたのっ?」
「ええ」
「ええ、じゃないよ。何で……いやそりゃ殿下付きの側近だから近くにいてもおかしくないけど……でもせめてそういうことは当人たちに向かって言うことじゃないでしょ、流して!」
「申し訳ございませんがそういう訳にはいきません」

 そういう訳にはいかないって……。

 まさか攻略対象だけに、あのシーンを目の当たりにして逆にやる気を出したとかだったらどうしようとフィンリーは青ざめた。今のところデイリーからは全くそれらしいアプローチなどなかったが、それを言うならカリッドも──

 いや、そうでもないな。カリッドがあんなに俺に会いに来てたの、めちゃくちゃそういうことだったんだろな……。

 今頃になって自分の迂闊さを呪いつつも、いや今はデイリーだとフィンリーは意識を目の前の存在に戻した。
 相変わらずデイリーもとてつもなく顔がいい。だがやはり相変わらず妙に怖いというか落ち着かない気がして、フィンリーは「がんばれ俺」と自分を内心応援しつつ話を続けた。
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