ヒロイン効果は逃れられない

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26話

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 もしこの世界にインターネットがあれば、フィンリーは今すぐ「楽な死に方」や「記憶を完全抹殺する方法」を検索していただろうと思われる。

「おはようございます」

 目の前には朝日よりも眩しい美形の顔があり、太陽よりも眩しい笑顔でフィンリーを見ている。
 何が起こったのかと動揺したのは不運にも一瞬だけだった。どうせならそのまま永遠に混乱していたかった。フィンリーは文字通り飛び起きるとその場で土下座した。

「何です、いきなり」

 そんなフィンリーに対し、カリッドは横になったまま楽しそうに見てくる。

「お、俺は……いえ、私、はとんでもない、ことをしでかし……」
「何を言っているんです。しでかしたというなら私の側近でしょう。そなたは被害者ではないですか。謝るというのならやはり側近の主である私です。頭を上げてください」
「殿下……」

 確かにそれはそうなのだ。何もかもデイリーに薬を盛られたせいだ。とはいえカリッドが伽を申し付けてきたのならまだしも、ひたすらフィンリーが出しただけだ。本当に地獄を見るかというくらいひたすら出た。しかも皇族に対してフィンリーは処理をさせたようなものだ。前世なら間違いなくやらかしたことに対して責任を取らされクビになるような案件だ。現世ならリアルに首をはねられてもおかしくはない。
 だというのに「謝るなら私だ」などと、もしかしてカリッドは「俺様」という設定をどこかに置き忘れてきただけでなく、とてつもなくいい人なのではないだろうかとフィンリーは目を輝かせそうになりながらおずおずと頭を上げた。

「そなたを咎めるつもりなど全くありません。気になさらず」
「気にしない、のはちょっと無理が……」

 もし咎がないと受け入れたとしても、昨日自分がやらかしたことは永遠に頭から消えてくれないだろう。やはりインターネットが欲しい。今すぐ記憶を完全に消す方法が知りたい。

「あ、そうだ。その、もしかして都合よく記憶を失うような魔法は……」
「魔法を何だと思っているんですか、ありませんね」
「ですよね……」
「フィンリーは昨日のことを忘れたいのですか?」

 忘れたいに決まってるだろ……。

 思わず手で顔を覆いながら心で言い返しているとカリッドの手がフィンリーの手を退けて覗いてきた。顔が近い。

「あの……」
「私がずっと覚えていても?」

 そうだった。一人で抜いたのではないのだから、カリッドにもあの、穴を掘って潜るだけでは心の安寧など到底取り戻せるはずのない記憶が残されているのだとフィンリーは今さらながらに気づいた。
「……俺をお許しいただけるというのなら、ついでにどうかあのことはお忘れください……」
「それは無理です」
「殿下……」
「大丈夫、そなたはとても可愛かったですよ」
「何が大丈夫なんですか……」

 カリッドに両腕をつかまれながら、フィンリーは顔を深く下に沈み込ませた。

「フィンリー……」

 何かをカリッドが言いかけたところでドアをノックする音が聞こえてきた。ついでに頭上で舌打ちする音も聞こえてきた気がする。

「何だ」

 一呼吸の後、カリッドがドアに向かって返事をすると「お休みのところ申し訳ございません。フィンリー様の使いの者が迎えに来られています。いかがいたしましょうか」とくぐもった声が聞こえてきた。

「……お待ちいただきなさい」
「かしこまりました」

 やり取りの後、シンとした中でフィンリーはようやく今の状況を鑑みることができた。目を覚ました時点で頭の片隅ではわかっていたことだが、改めて今が朝だと意識できた。カリッドに誘われ植物園を見ていたのは間違いなく昼過ぎのことだ。時間が遡ったのでない限り、一晩ここで過ごしたことになる。

「お、俺、もしかしてその、本当に今さらなんですが、殿下のベッドで一晩厚かましくも眠って……?」
「厚かましくなどと私は思っておりません。気を飛ばされた後ようやく薬の力も薄れたのかぐっすりと気持ちよさそうに寝息を立てて眠っておられましたのでそのまま起こさずにいました。シーツは魔法で綺麗にしましたし、そなたの体は私が拭きました。私は別の部屋で寝るべきでしたでしょうが、警備などの問題もあるので申し訳ありませんが同じベッドで休ませていただきました」
「申し訳ないなどと……というか殿下が体を拭いて……殿下が……」
「それ以上気になさるのなら、私はそなたに『気にするな』と命令せざるを得ないのですが」
「……わ、かりました」

 フィンリーはまた手で顔を覆った。どこまで自分はやらかしているのか。あとついでに自分の使いの者とやらが誰か容易に予想がついて慄いている。帰り道、絶対に馬車の中で延々と文句を言われるし、何をしていたのかとひたすら聞かれる。間違いない。絶対にバレたくないとそして思った。

「あの……昨日のこと、は……」
「ん? ああ、もちろん誰にも言いませんよ。私とそなただけの秘密だ。まあ、デイリーは予想ついているかもしれませんけどね……あの者はしかし口外はしないでしょう」
「ありがとうございます。あと改めて、せめてもう一度だけ言わせてください。本当に申し訳ありませんでした」

また土下座しようとして、フィンリーはカリッドに支えられるようにして止められた。

「おやめなさい。公爵家ご子息ともあろう人が簡単に謝ってはいけません」
「相手によります……!」
「私であってもです。でないと私に脅迫されてしまいますよ」
「え?」
「このことが他所にバレたくなければ私の言う通りにしなさい、とかね」
「え」

 ほんのり血の気が引きつつ、今もまだ少し近いカリッドを見上げると、カリッドはにっこりと優しげな笑みを向けてきた。

「冗談ですよ。本気になさらないように。ですがそなたが遊びに来てくださったのは本当に楽しかったですよ。是非またご一緒いたしましょう」
「は、い」

 頷かざるを得なかったが、今の言葉に含みはないよなとフィンリーは内心ドキドキしつつ思った。

 言葉通りの意味でいいんだよな……?

「では使いの方……は多分そなたの犬でしょうね、がお待ちでしょうし、朝の用意をさせましょう」
「は、はい」

 つかまた犬って言ったよな。

 昨日のことですらまだ受け止め切れていないというのに、フィンリーは妙に落ち着かなくて頭がクラクラとしそうだった。

「大丈夫ですか? ひょっとしてまだ薬が残っているとか? もしくは副作用があるとか……」
「そっ、それはどちらも大丈夫です!」
「そう。それはよかった」

 またにっこりと笑い、カリッドはさらりとフィンリーにキスをしてきた。そしてベッドから出ると「誰か」と呼びつけながら水差しのほうへ歩いていった。
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