変わらぬ愛を

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1話

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 あなたが楽しい時には話を聞かせて欲しいと思う。
 一緒に共有したいから。

 あなたが怒っている時にはその怒りをぶつけて欲しいと思う。
 その怒りを鎮めてあげたいから。

 あなたが泣いている時にはかまわず涙を流して欲しいと思う。
 そっとその涙を拭ってあげる。

 あなたが悲しい時にはだけれども共有したいとは思わない。
 悲しみに打ちひしがれているあなたのその記憶そのものをなくしてあげる。

 だから笑顔でいて欲しい。
 愛しているから。

 ただあなただけを 永遠に──



 大切な人がいた。
 いつまでもそばにいて欲しいと心から求める人が、いた。
 まだ出会っていないのだけれども。
 これではなんだか自分が厨二病真っ盛りのようだなと暁(あかつき)は微妙な顔をする。
 だが夢見る少年でも何でもなく、酒も飲める大人である自分が未だに本当に感じることなので仕方がない。
 その顔も、声も、匂いも知らない。
 けれども、どんな雰囲気なのか、どんな性格なのかは知っている。
 その人を偶像化している訳ではない。抱きしめたいとかキスをしてその胸に顔を埋め、愛したいとすら思ったりもした。
 実在するかすら分からない人を。
 その人は暁の生まれる前から既にもう心の中には存在していたのじゃないかと思う。そのため幼い頃からずっと暁の心を占めている。だからどんなに恋をしようとしても恋人が出来ても、暁は心から誰かを求め、愛することが出来なかった。
 暁としては誰かと付き合うなら、心の中だけに存在するかのような不明瞭な相手よりも今現在気になる実在する相手と恋愛を楽しみたいに決まっている。そのため心から愛せないことが酷く憂鬱で、未だ見ぬ大切だと思ったはずのその存在に対して憎しみすら湧いたりした。

 お前は誰なんだよ?

 いい加減にしてくれと叫びたかった。だが、それでも忘れたいとは何故だか思わなかった。
 忌々しいはずだというのに、忘れてはいけない、それは望んでは駄目だとさえ不思議なことに思っていた。
 今、暁の目の前で、たった数週間付き合っただけの彼女が暁を振る。

「他に好きな人がいるよね」
「……いないよ」

 いるはずない、お前だけだ!

 そんな風に強く否定出来なかった。他に好きな人なんているはずがないというのに否定出来ない自分が忌々しい。
 まるで口先だけといったようにしか見えなかったのだろう。彼女は「もういい」と去っていった。
 ああ……今回もか、と暁はため息を吐く。
 ちゃんと彼女のことは好きだったし浮気なんて考えたこともない。もちろん他に好きな人なんていない。心にある存在はそれに含まれるはずがない。

「……くそ、何でだよ……」

 ちゃんと好きだったっての!

 それでも結局、彼女にすがらなかったのも、彼女のあとを追わなかったのも暁だ。

「今回はもった方だよな」
「今回は、なんて言うな」

 おかしげに言ってくる親友に、暁は思いきり仏頂面をしてみせる。

「あは。だってお前、最長でも二週間だろ」

 親友である宵(しょう)は笑いながら暁の頭をはたいてきた。それに対して苛立ちはするのだが、暁の気は楽にもなった。
 もう何度目か分からない暁の慰め会と称し、宵は気を利かせて個室のある居酒屋へ誘ってくれていた。
 本当にいい友人を持ったと暁は思う。

「ま、大丈夫だよお前は。きっと直ぐに良い人に出会えるよ」

 宵は目を細めて笑った。

「出会えると良いけどな。本当に」

 どうせならもういっそ、心の中の存在が目の前に現れてくれたらいいのにと暁は小さな声で呟いた。その存在のせいで暁はいつまでも恋人と長続きしない。
 まるで呪いのようだと思う。

「なあ、輪廻転生って知ってるか?」

 ビールを何杯か飲んだ後に焼酎へ移行していた。暁はそんなにアルコールに強いほうではなかったが、失恋を癒す百薬の長だとばかりにおかわりしていた。いつもは「もう止めとけよ」と言う宵も、この時ばかりは止めてこない。その代わりにあれ食えこれ食えとつまみを押し付けてくる。
 二杯目のお湯割りがテーブルに来たところで宵がふいに聞いてきた。そろそろふんわりとしてきた脳内に、宵の言葉を繰り返すことで把握する。

「……、ああ。輪廻転生ってあれだろ? 生まれ変わり」

 そうそう、と宵が頷いた。

「もしかしたら、お前のそれって、前世で大恋愛でもして今も残ってるのかもな」
「えぇ……。だったら、いい迷惑だよ。だって俺はもうその前世とやらの俺じゃないんだから。新しい彼女でも作って今の恋愛をしたいんだよ。じゃないといつまでも過去にしがみつく未練タラタラのヘタレ野郎ってことだろ……?」
「ヘタレかどうかは知らないけど、でもそれって一途で凄い事だと俺は思うけどな」

 素敵だと思うよ。

 隣に座っている宵が目を細めて見てきた。その瞳がとても優しげで、暁はなんとなく落ち着かないというか照れ臭くなり、目を逸らす。

「……だったらさ、もしその大恋愛とやらの相手に現世で出会えたらさ、もうそれ奇跡っつーか映画かドラマだな。夢物語だけど」
「かもな……まあ、現世は現世でお前は新しい恋人と出会って、今を頑張れ。それが一番だ」
「そういうお前もだろ?」
「俺はいつか出会うべく恋人を探してるんだよ。理想が高いんだ」
「はいはい」

 自分のことを棚にあげて偉そうにと暁は宵を軽く睨む。
 宵とは中学の頃からの付き合いだ。穏やかそうでいてしっかりとしている大人びた宵は整った顔のおかげもあり、昔から女子にもてていたと思う。だというのに恋人がいたところを見たことがない。作るつもりがないのか、もしくは思い人でもいるというのだろうか?

 こんなに長い間、ずっと思い続ける相手──

 何故だか、心の深いところで傷ついた自分がいた。その痛みがあまりにジクジクとして、誤魔化すように消毒するかのように暁は酒を煽った。
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