3 / 3
3話
しおりを挟む
確かに少々飲み過ぎたかもしれない。
いつも抑えて飲んでいるように見える宵は実際のところ強いのか弱いのか分からなく、今もいつもと変わらない。
暁はほろ酔いよりももう少し酔っていて、個室とはいえ店だというのに宵の話を聞きながら微睡んでいた。
今は最近あった面白かったらしい出来事を話しているようだが、暁の頭の中では先ほど宵が話していた輪廻転生の話がぐるぐるとしていた。
転生……かあ……転生……てん、せい──
ふと気づくと、誰かが暁を思って泣いていた。
夢?
いや、違う……これは夢じゃない。
これは──記憶、なのだろうか。
不思議な感覚だった。
夢ではなく自分の記憶だと分かりつつ、その記憶の中に「今」の感覚がある。それでもこれは夢や想像の産物ではないと何故か断言出来た。
この泣いている相手は自分の遠い過去に恋人だった人だ。その人は、既にもうほぼ灰になりかけた消し炭のような自分にそっと触れ、語りかけていた。
──どんな姿になってもどんなあなたでも、愛している。
何もかも忘れてもずっと見守っている。
むしろこんな辛かったことはもう綺麗に忘れて、どうかおやすみなさい。
次に生まれてくる時は、あなたが幸せでありますよう……どうか──
悲しみを堪えた優しい声だった。
無理に微笑もうと優しく細める瞳は何故か懐かしい。まるで未来にいずれまた見ることが出来るかのよう。
そうして、もう既に人の姿とは言えない自分を優しく撫で、そっと死者へ可愛い花を添えてくれた。
これは、なんという花だっただろうか。
自分はもう、そこに意識がないどころか、魂が残っていないはずだというのに強く願っていた。
早くここから去って。
君が今度は捕まらないよう、どうかもう、ここから今すぐに立ち去って。
君まで魔女だと疑われて欲しくない。
想像を絶するあまりに酷い拷問のあげく、消し炭になるまで火あぶりになんて、されて欲しくない。
大切な人。
愛しい人。
せめて君は幸せになって欲しい。そして君が願ったように、自分は例え生まれ変われたとしても、この恐ろしかった記憶は思い出すことのないよう失ってしまおう。だから安心して、立ち去って。
そしてどうか幸せになって。
でも──
でもこの記憶を失おうとも、絶対に君への想いだけは忘れない。何があっても忘れない。
記憶をなくそうとも、ずっと変わらない愛を、君へ──
不思議な感覚が現実のものへとなる。
ああ……君は……君はそれからもずっと見守っていてくれたのか。
ずっと忘れず、幸せを祈り、辛く悲しい記憶から逃し、見守ってくれていたのか。
君を忘れ、今を生きる存在をただひたすらずっと見守り続け、君はどんなに寂しく辛い悲しい想いを抱えていたのだろうか。
意識が浮上する。
確かに眠っていた。だがやはり夢などではないと暁は確信していた。きっかけは何なのだろう。宵が口にした輪廻転生だろうか。
いい加減自分の中でも埋もれさせていた記憶が表へ出たいと溢れそうになっていたところへ宵の言葉がきっかけになったのだろうか。
そして失っていた前世の記憶を取り戻すことで宵が今まで取ってきた言動を思い起こし、彼が過去の記憶をずっと持ち続けていることをも確信した。
穏やかそうでいてしっかりとしている人。不安があっても優しく目を細めて笑ってくれる人。
ずっと暁の中に存在していた人の雰囲気や性格を知っているなどと言いつつ、ずっとある意味たった一人で生きてきたからこそとても大人びているとはいえ、本人に気づけなかった。
宵……俺の言葉や態度でどんなに傷ついてきた?
俺はどれほど、言い知れぬ悲しみを君に与え続けたのだろう。
テーブルに突っ伏していた暁の目から涙が溢れた。
でも、と暁は思う。
でもこの世界ではもう、自分たちは障害なんてない。男同士など、些細すぎて障害になり得ない。もう、忘れる必要なんて、ない。
だからもう一度、過去のあの頃のように君に愛を囁いてもいいだろうか。
ふと記憶の中の花が浮かんだ。
あれはそう──
「スターチス……」
声に出ていたのだろうか。宵が暁を驚いたように見てきた。
なぜ花の名前を言えたかといえば、以前別の彼女に振られる前に宵と話していたことがあったからだ。
「花プレゼントしたら機嫌直ってくれると思う?」
「さあな。でも悪い気はしないんじゃないか。そうだな、鉄板狙いで薔薇とか」
「薔薇かー」
「……スターチスとかな」
「なにそれ。花?」
「可愛い花だぞ。海外の花言葉だと『記憶』かな。日本の花言葉なら『変わらぬ心』とか『途絶えぬ記憶』、『変わらない誓い』とかあってプロポーズにもぴったりだ」
「プロポーズゥ? さすがにそれは早いだろ……! つかよく知ってんな、花、ことば? ってやつ」
「はは。……幸せになれ、暁」
「お? おぉ……。俺もなりてーよ」
思い出すとまた泣きそうだった。
心が痛くて切なくて、そして宵への気持ちが溢れ出しそうだ。
幾度の生を重ねてようやく会えた。暁が生まれる前から既に心の中を占めていた大切な人。
ねぇ、宵……。
「愛してる」
そばにいた宵が目を見開いた。
こんな時だというのに、酔いはまだ覚めていないのか頭の中ははっきりしているつもりでも眠気はまだ残っていたようだ。
暁は今度こそ本当の夢の中へ落ちていった。
微睡む夢は、過去の続きを綴る愛しい未来の話だと思う。きっとそれは目が覚めた後も続いてくれる。
きっと。
その時はこちらから、スターチスの花をプレゼントしようか。
いつも抑えて飲んでいるように見える宵は実際のところ強いのか弱いのか分からなく、今もいつもと変わらない。
暁はほろ酔いよりももう少し酔っていて、個室とはいえ店だというのに宵の話を聞きながら微睡んでいた。
今は最近あった面白かったらしい出来事を話しているようだが、暁の頭の中では先ほど宵が話していた輪廻転生の話がぐるぐるとしていた。
転生……かあ……転生……てん、せい──
ふと気づくと、誰かが暁を思って泣いていた。
夢?
いや、違う……これは夢じゃない。
これは──記憶、なのだろうか。
不思議な感覚だった。
夢ではなく自分の記憶だと分かりつつ、その記憶の中に「今」の感覚がある。それでもこれは夢や想像の産物ではないと何故か断言出来た。
この泣いている相手は自分の遠い過去に恋人だった人だ。その人は、既にもうほぼ灰になりかけた消し炭のような自分にそっと触れ、語りかけていた。
──どんな姿になってもどんなあなたでも、愛している。
何もかも忘れてもずっと見守っている。
むしろこんな辛かったことはもう綺麗に忘れて、どうかおやすみなさい。
次に生まれてくる時は、あなたが幸せでありますよう……どうか──
悲しみを堪えた優しい声だった。
無理に微笑もうと優しく細める瞳は何故か懐かしい。まるで未来にいずれまた見ることが出来るかのよう。
そうして、もう既に人の姿とは言えない自分を優しく撫で、そっと死者へ可愛い花を添えてくれた。
これは、なんという花だっただろうか。
自分はもう、そこに意識がないどころか、魂が残っていないはずだというのに強く願っていた。
早くここから去って。
君が今度は捕まらないよう、どうかもう、ここから今すぐに立ち去って。
君まで魔女だと疑われて欲しくない。
想像を絶するあまりに酷い拷問のあげく、消し炭になるまで火あぶりになんて、されて欲しくない。
大切な人。
愛しい人。
せめて君は幸せになって欲しい。そして君が願ったように、自分は例え生まれ変われたとしても、この恐ろしかった記憶は思い出すことのないよう失ってしまおう。だから安心して、立ち去って。
そしてどうか幸せになって。
でも──
でもこの記憶を失おうとも、絶対に君への想いだけは忘れない。何があっても忘れない。
記憶をなくそうとも、ずっと変わらない愛を、君へ──
不思議な感覚が現実のものへとなる。
ああ……君は……君はそれからもずっと見守っていてくれたのか。
ずっと忘れず、幸せを祈り、辛く悲しい記憶から逃し、見守ってくれていたのか。
君を忘れ、今を生きる存在をただひたすらずっと見守り続け、君はどんなに寂しく辛い悲しい想いを抱えていたのだろうか。
意識が浮上する。
確かに眠っていた。だがやはり夢などではないと暁は確信していた。きっかけは何なのだろう。宵が口にした輪廻転生だろうか。
いい加減自分の中でも埋もれさせていた記憶が表へ出たいと溢れそうになっていたところへ宵の言葉がきっかけになったのだろうか。
そして失っていた前世の記憶を取り戻すことで宵が今まで取ってきた言動を思い起こし、彼が過去の記憶をずっと持ち続けていることをも確信した。
穏やかそうでいてしっかりとしている人。不安があっても優しく目を細めて笑ってくれる人。
ずっと暁の中に存在していた人の雰囲気や性格を知っているなどと言いつつ、ずっとある意味たった一人で生きてきたからこそとても大人びているとはいえ、本人に気づけなかった。
宵……俺の言葉や態度でどんなに傷ついてきた?
俺はどれほど、言い知れぬ悲しみを君に与え続けたのだろう。
テーブルに突っ伏していた暁の目から涙が溢れた。
でも、と暁は思う。
でもこの世界ではもう、自分たちは障害なんてない。男同士など、些細すぎて障害になり得ない。もう、忘れる必要なんて、ない。
だからもう一度、過去のあの頃のように君に愛を囁いてもいいだろうか。
ふと記憶の中の花が浮かんだ。
あれはそう──
「スターチス……」
声に出ていたのだろうか。宵が暁を驚いたように見てきた。
なぜ花の名前を言えたかといえば、以前別の彼女に振られる前に宵と話していたことがあったからだ。
「花プレゼントしたら機嫌直ってくれると思う?」
「さあな。でも悪い気はしないんじゃないか。そうだな、鉄板狙いで薔薇とか」
「薔薇かー」
「……スターチスとかな」
「なにそれ。花?」
「可愛い花だぞ。海外の花言葉だと『記憶』かな。日本の花言葉なら『変わらぬ心』とか『途絶えぬ記憶』、『変わらない誓い』とかあってプロポーズにもぴったりだ」
「プロポーズゥ? さすがにそれは早いだろ……! つかよく知ってんな、花、ことば? ってやつ」
「はは。……幸せになれ、暁」
「お? おぉ……。俺もなりてーよ」
思い出すとまた泣きそうだった。
心が痛くて切なくて、そして宵への気持ちが溢れ出しそうだ。
幾度の生を重ねてようやく会えた。暁が生まれる前から既に心の中を占めていた大切な人。
ねぇ、宵……。
「愛してる」
そばにいた宵が目を見開いた。
こんな時だというのに、酔いはまだ覚めていないのか頭の中ははっきりしているつもりでも眠気はまだ残っていたようだ。
暁は今度こそ本当の夢の中へ落ちていった。
微睡む夢は、過去の続きを綴る愛しい未来の話だと思う。きっとそれは目が覚めた後も続いてくれる。
きっと。
その時はこちらから、スターチスの花をプレゼントしようか。
0
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
本当に悪役なんですか?
メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。
状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて…
ムーンライトノベルズ にも掲載中です。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
こちらでも失礼します!面白かったです。長編の方はまだ読んでいないので、今から行きます(笑)
こんにちは、愛実さん。読んでくださってありがとうございます。
楽しんでもらえたならよかった。
長編の話もお時間ができれば、はい。そちらも楽しんでもらえるといいなと思います。
感想ありがとうございます!