銀色の魔物

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32話

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 夜、蜜蝋の火だけの仄かな灯りの中、カジャックは前転したり逆立ちをしたりと静かに体の鍛錬をしていた。
 残念ながら本に載っている大抵の鍛錬は城壁をよじ登るだの石を投げるだのハンマーを振り回すだの横向きで乗馬するだのと、外でしか出来ないようなものだった。逆立ちなどはジンから教えてもらったものだ。

「上半身の筋肉が鍛えられるだけでなく体幹も強化される。精神も安定するしな」

 そう言っていた。ジンからの教えはいつも本に載っていることよりも重要だと思えたし信頼も出来た。
 そのジンが「人と触れあうことでもっとお前は成長出来る」と言っていたのを思い出す。そう言われた時は、何を言っているのだろうとカジャックは思っていた。いくらジンの言うことでも、全然意味がわからなかった。
 自分は人に恐れられる存在で、そして実際危害を加えることが容易く出来る存在だった。そのため、人は自分を捨てたし自分は人を避けている。
 そんな人間と何をどう触れあうのか。どう触れあえば成長するというのか。

「カジャックさんと触れあえてよかった」

 だがサファルが眠ってしまってからリゼに言われた時、カジャックはハッとなった。

「……俺は……お前らと触れあったのか? そしてそうすることでリゼはよかったと思うのか?」
「え? うーんと、私は学がないから難しいことはわからないですけど……こんな感じでお話をすることは触れあうってことなんじゃないかな。それにもちろんです! カジャックさんに会えてお話したりできて私、嬉しいです」

 少し戸惑った後、本当に嬉しそうな様子で笑うリゼに、カジャックはサファルがだぶって見えた。とても温かでじわりとした気持ちが湧く。

「リゼとサファルは……よく似ている」
「えぇ、似てます?」

 複雑そうな顔をするリゼを怪訝に思っているとルーカスが笑ってきた。

「リゼも一応女の子だもんな。兄と似てるのは複雑なんでしょう」
「そんなものなのか」
「一応って何。まごうことなく女の子だよ!」
「よくわからないが、サファルに似て温かくて可愛いと思う」

カジャックが言えばリゼは少し頬を赤らめながら「カジャックさん、サファルのこと可愛いと思ってくれてるんですか」とそわそわ聞いてくる。

「あ、ああ……」

 その勢いに押されているとルーカスが「カジャックさん」と呼びかけてきた。

「何だ」
「俺もリゼも、からかったり何だかんだしてもサファルのこと、すごく大事なんです」
「知っている」

 頷くとルーカスが笑いかけてきた。やはり温かそうな笑みをしている。

「男は対象外だと思われているようですし無理強いするつもりはないです。けど、とりあえずあなたを見ているとサファルをとても大事に思ってくれているように感じます」
「大事だよ」
「っ真っ直ぐに言ってもらえるとは思わなかった。……聞いては失礼だと思いますが、俺はサファルが大切だからこそあなたが何故、人を避けて森の奥に一人でいるのか気になるんです。嫌なら嫌と言ってくれて構いません。でも、もし許して頂けるなら──」

 ルーカスの目は温かいながらも真剣だった。カジャックは小さく微笑む。とはいえ知らない者が見れば恐ろしいことを企んでいるようにしか見えないであろう表情だっただろうと思われる。だがルーカスもリゼももう警戒もしなければ怯えもしなかった。
 カジャックは言いかけているルーカスを遮った。

「構わない。ただし条件がある」
「それは……」
「敬語じゃなく、出来れば親しみを込めて話してくれると嬉しいのだが」

 サファルと二人を見ていたら、思わずその中に入られたらとほんの少し思わせられる。これが触れあいだろうかとカジャックは思った。

「もちろん! そんなでいいならいくらでも」
「むしろそう言ってもらえて嬉しいよ」

 二人は満面の笑みを見せてくれた。
 カジャックは話し始めた。
 自分はあまりに魔力が強く、そして小さかったのもあってそれを上手く制御出来なかったこと。目付きの悪さも相まって、そのせいで村の全員から怯えられ、嫌われていたこと。ある日、実の父親によって森の中に捨てられたこと。そして森の奥に住んでいた人に拾われたこと。今は制御出来るようになったが、暴走して自分を燃やしてしまってからようやく自分の魔力の恐ろしさを自覚したこと。それにより、簡単に誰かを傷つけられるのだと理解したこと。それまではひたすら誰かを恋しがっていたが逆に人が怖くなったこと。
 そういった過去を、カジャックは淡々とかいつまんで話した。リゼが泣くのを堪えているのがわかる。
 ああ、こういうところもサファルに似ていると、カジャックはまたじわりと温かい気持ちになった。

「カジャック……」
「ルーカス、慰めはいらない。過去のことだし、俺はこれでも恵まれている。ただ、こういうことだから未だに人を避けてしまう」
「……わかった。話してくれてありがとう。サファルも知っているのか?」
「だいたいは。あまり聞きたがらないからあまり話していない」
「サファルが遠慮……」
「あのサファルが……」

 二人が声を揃えて呟いてきた。何となく気持ちはわかるのでカジャックは少し笑った。

「でもカジャックさん。少なくとも私たちには遠慮しないで。あなたは制御出来ているし、特にルーカスはそうだけど私もサファルも案外強いよ」
「……ああ。そうだな」

 カジャックは微笑み、頷いた。

「にしてもカジャック。あなたって結構サファルのこと、好きなんじゃないかなと思うんだけどな」

 ルーカスの言葉にカジャックは首を少し傾げた。

「? 好きだが」

 ルーカスの言い方が自然な感じだったのと、あまりに今までサファルが好きだ好きだと言ってくるせいで出会った頃には口にしにくかった言葉がさらりと出た。

「いや、俺らがサファルを好きというのと違う意味で。あなた、サファルが絡む話やリゼからサファルを感じとってる時って、目付きは悪いながらも凄く優しそうっていうか愛しそうな顔、してる」

 なるほど、言われたのはサファルがいつも言ってくる「好き」の方かとカジャックはまず理解した。だが次に怪訝に思う。

「……いとしそう……?」

 それはどういうことだと聞きたかったが、リゼがふと、「太陽がもうあんなとこにいる。そろそろ今日はお開きにしようか」とサファルを起こし始めたので結局流れた。



 仄かな灯りの中、逆立ちを今度は片手で行った後にカジャックは体を解すために前屈をしたりして体を伸ばしたり曲げたりした。
 ジンに言われた時はよくわからなかった「触れあう」ことで成長するということ。まだはっきりわかった訳ではないが、ほんの少し断片が見えたような気がする。
 反面、今度は「いとしい」という気持ちがよく分からなかった。
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