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82話
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エルヴィンが来ているとは聞かされていなかった。だからニルスはいつものように軽くノックしただけで執務室へ入ったのだが、まさか目の前でリックとエルヴィンが仲睦まじい様子で抱き合っているとは思わなかった。
「……失礼した」
何とか呟くと、ニルスは部屋の外へ出る。動揺が出ないよう、むしろあえてドアも静かに閉めた。
やはりエルヴィンはリックが好きなのだろうかとニルスは悶々と考える。リックも普段はそうでもないが時折エルヴィンのことを特別に思っているような言動を見せる。その上で二人はとうとう両思いになったのだろうか。
だとしたら邪魔をせず、俺は今すぐこの場を立ち去らなければならない。
そう思うのに足に根が生えたように動けない。そして心臓が痛い。
それでも落ち込むより何より、今すぐ自分はここから立ち去らなければと思っていると、こもってはいるものの二人の声が聞こえてきた。
「──絶対──してますよ」
エルヴィンの声に、ニルスはハッとなった。マナー違反でしかないというのに、気になってますます足が動かない。
「……誤解されても困らないけど」
そしてリックのその言葉に、ニルスは「ああ、やはりリックもエルヴィンを……」と考えていると少しして「わかりました! ニルスに誤解されると俺が困るんです。こう言えばいいんですか!」と少々苛立ったようなエルヴィンの大きめの声が聞こえてきた。
俺が……何を誤解するとエルヴィンが困るんだろう。俺が何かエルヴィンを困らせてしまっているのか……?
本当ならば今でも遅くない、立ち去るべきだ。だがやはりどうしてもできそうになかった。
「まだ言い足りないなあ。何で困るの?」
「……あんたほんっと性格、悪くないですか? もう……ほんともう……。……っ俺がニルスを好きだからですよ……! こう言えばいいんですか!」
何て?
エルヴィンを困らせてしまうような何かを無意識の内にしているのならばどうすれば、とニルスがますます落ち込んでいると、あり得ない言葉が耳を通り抜けていった。
俺が……ニルスを……好きだから……?
いや、まさか。ああ、友人として、という……?
頭の中が大混乱している。ひたすら「好き」という言葉がぐるぐると回っている。
「らしいよ、ニルス。どうする?」
混乱中に、どうやらニルスの立ち聞きがお見通しだったらしいリックの声が聞こえてきた。今さら立ち去っても意味がない。まだ混乱の激しい状態のまま、ニルスはドアをそっと開けた。そして静かに中へ入る。
「ニルス、驚いてかショックでか立ち去れなかったにしても、立ち聞きはよくないよねえ。仮にもお前の主人だよ、俺は」
普通ならばここで「申し訳ない」と言うべきだろう。明らかにわかってやっていたであろうリックに謝るのは何だか癪ではあるが、それでも王子に仕える身としてだけでなく、立ち聞きをするという卑怯な行為は当然頭を下げるべき行為だ。
しかしニルスは何も言えなかった。というか身動きすらままならない。
好き?
まさか。
そっとエルヴィンを窺うと、両手で顔を覆っている。そんな反応を、友人として好きだと言い放つ際にしたくなるものだろうか。
エルヴィンから目を離し、ニルスは何とか考えをまとめるというか、混乱中の頭の中をすっきりさせようとした。
「エルヴィンの顔、真っ赤だねえ」
そしてふと聞こえてきたリックの声に、ますます混乱してしまう。
顔を手で覆ったり真っ赤になったりする状態というのは、人間としてどういう状態なんだっけ?
いや、とりあえず考えるのをやめて、赤くなっているエルヴィンを見ればいいのではないだろうか。絶対にかわいいはずだとニルスは思う。
絶対、かわいい。見なければ……。……いや、待て。そうじゃない。今するべきはかわいいエルヴィンを堪能することではないだろ。……いや、エルヴィンを眺める以上に重要なこと、あるだろうか?
……ある。あるだろうが。
何より非礼を詫びて立ち去るべきではないだろうか。
それともエルヴィンに何か声をかける?
ひたすら頭の中をぐるぐるとさせていたようで、気づけばリックがニルスのそばまでやって来ていた。
「ここまでの状況で何もないとかあり得ないでしょ。男、見せてね」
言いたいことを言うと、そして出ていってしまった。
「も、もう、ほんともうリックには困らせられるよな。あの、えっと、とりあえずその、あの、気、気にしない、で。あれだ、その、言葉のあやっていうか、えっと、ほ、ほら! だって俺ら友人だし好きに決まってるだろ」
少しして今度はエルヴィンが近づいてきながらそんなことを言っている。動揺しているニルスでも不審に思うくらい、あからさまにそれこそかなり動揺している。
「そう、だからえっと、そう、何でもないというか。……、……と、とりあえず出よう。仕事、しなきゃな、お互い! じゃ、じゃあまた……」
まだ混乱が収まらないが、少なくともエルヴィンが出て行こうとしていることだけはわかった。ニルスは慌ててエルヴィンの腕をつかむ。
「ニ、ニルス?」
「……待って」
「は、はい」
エルヴィンは止まってくれた。だがまだ混乱しているニルスが、ただでさえ普段からあまり上手い言葉がでないというのに何を言えばいいのか困惑していると「……あの、ニルス……?」と様子を窺うようにニルスを見てきた。
「……失礼した」
何とか呟くと、ニルスは部屋の外へ出る。動揺が出ないよう、むしろあえてドアも静かに閉めた。
やはりエルヴィンはリックが好きなのだろうかとニルスは悶々と考える。リックも普段はそうでもないが時折エルヴィンのことを特別に思っているような言動を見せる。その上で二人はとうとう両思いになったのだろうか。
だとしたら邪魔をせず、俺は今すぐこの場を立ち去らなければならない。
そう思うのに足に根が生えたように動けない。そして心臓が痛い。
それでも落ち込むより何より、今すぐ自分はここから立ち去らなければと思っていると、こもってはいるものの二人の声が聞こえてきた。
「──絶対──してますよ」
エルヴィンの声に、ニルスはハッとなった。マナー違反でしかないというのに、気になってますます足が動かない。
「……誤解されても困らないけど」
そしてリックのその言葉に、ニルスは「ああ、やはりリックもエルヴィンを……」と考えていると少しして「わかりました! ニルスに誤解されると俺が困るんです。こう言えばいいんですか!」と少々苛立ったようなエルヴィンの大きめの声が聞こえてきた。
俺が……何を誤解するとエルヴィンが困るんだろう。俺が何かエルヴィンを困らせてしまっているのか……?
本当ならば今でも遅くない、立ち去るべきだ。だがやはりどうしてもできそうになかった。
「まだ言い足りないなあ。何で困るの?」
「……あんたほんっと性格、悪くないですか? もう……ほんともう……。……っ俺がニルスを好きだからですよ……! こう言えばいいんですか!」
何て?
エルヴィンを困らせてしまうような何かを無意識の内にしているのならばどうすれば、とニルスがますます落ち込んでいると、あり得ない言葉が耳を通り抜けていった。
俺が……ニルスを……好きだから……?
いや、まさか。ああ、友人として、という……?
頭の中が大混乱している。ひたすら「好き」という言葉がぐるぐると回っている。
「らしいよ、ニルス。どうする?」
混乱中に、どうやらニルスの立ち聞きがお見通しだったらしいリックの声が聞こえてきた。今さら立ち去っても意味がない。まだ混乱の激しい状態のまま、ニルスはドアをそっと開けた。そして静かに中へ入る。
「ニルス、驚いてかショックでか立ち去れなかったにしても、立ち聞きはよくないよねえ。仮にもお前の主人だよ、俺は」
普通ならばここで「申し訳ない」と言うべきだろう。明らかにわかってやっていたであろうリックに謝るのは何だか癪ではあるが、それでも王子に仕える身としてだけでなく、立ち聞きをするという卑怯な行為は当然頭を下げるべき行為だ。
しかしニルスは何も言えなかった。というか身動きすらままならない。
好き?
まさか。
そっとエルヴィンを窺うと、両手で顔を覆っている。そんな反応を、友人として好きだと言い放つ際にしたくなるものだろうか。
エルヴィンから目を離し、ニルスは何とか考えをまとめるというか、混乱中の頭の中をすっきりさせようとした。
「エルヴィンの顔、真っ赤だねえ」
そしてふと聞こえてきたリックの声に、ますます混乱してしまう。
顔を手で覆ったり真っ赤になったりする状態というのは、人間としてどういう状態なんだっけ?
いや、とりあえず考えるのをやめて、赤くなっているエルヴィンを見ればいいのではないだろうか。絶対にかわいいはずだとニルスは思う。
絶対、かわいい。見なければ……。……いや、待て。そうじゃない。今するべきはかわいいエルヴィンを堪能することではないだろ。……いや、エルヴィンを眺める以上に重要なこと、あるだろうか?
……ある。あるだろうが。
何より非礼を詫びて立ち去るべきではないだろうか。
それともエルヴィンに何か声をかける?
ひたすら頭の中をぐるぐるとさせていたようで、気づけばリックがニルスのそばまでやって来ていた。
「ここまでの状況で何もないとかあり得ないでしょ。男、見せてね」
言いたいことを言うと、そして出ていってしまった。
「も、もう、ほんともうリックには困らせられるよな。あの、えっと、とりあえずその、あの、気、気にしない、で。あれだ、その、言葉のあやっていうか、えっと、ほ、ほら! だって俺ら友人だし好きに決まってるだろ」
少しして今度はエルヴィンが近づいてきながらそんなことを言っている。動揺しているニルスでも不審に思うくらい、あからさまにそれこそかなり動揺している。
「そう、だからえっと、そう、何でもないというか。……、……と、とりあえず出よう。仕事、しなきゃな、お互い! じゃ、じゃあまた……」
まだ混乱が収まらないが、少なくともエルヴィンが出て行こうとしていることだけはわかった。ニルスは慌ててエルヴィンの腕をつかむ。
「ニ、ニルス?」
「……待って」
「は、はい」
エルヴィンは止まってくれた。だがまだ混乱しているニルスが、ただでさえ普段からあまり上手い言葉がでないというのに何を言えばいいのか困惑していると「……あの、ニルス……?」と様子を窺うようにニルスを見てきた。
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