緋の花

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104話

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 外は頭を冷やすどころか体の芯まで冷えそうだった。日中にずいぶん寒くなったと思ったが、寒いどころではない。まだ冬というほどでもないとは思うが、夜はやはり冷える。もう少し厚手の上着を羽織ってくればよかったと思いながらも頭はどんどんすっきりしていく。
 そして反省する。

 ……秋星は俺を心配してくれてるだけなのに、俺、大人げなさ過ぎる……。

 悔しい気持ちはあるが、ヴァンパイアである秋星からしたら人間の邦一を心配するのは仕方ないだろう。やはり考え過ぎではと思うものの、実際ヴァンパイアだろうが他の魔物だろうが人間の邦一がどれ程体を鍛えようと格闘するとなると勝てる気はしない。とはいえ格闘する事態になる気がしなさ過ぎるせいでどうにも納得いかないというか、何故そこまで、と思ってしまう。
 確かに大っぴらにできない物事は橘家の裏でもたまに発生するし邦一も手伝うことはある。だが今までに魔物が絡んだためしはない。むしろ人間の問題ばかりだった。

「はー……」

 少し歩いた先にある小さな児童向けの公園まで来ると、邦一は着物の裾を帯に入れる尻端折りのスタイルにしてスプリング遊具にぼんやり乗りながらため息を吐いた。
 ちなみにアニマルライドとも呼ばれているこれらの遊具は邦一からしたらとてもシュールに見える。いや、端から見ればそんな乗り物に乗っている邦一がシュールなのだろうが。これらを今まで可愛いと思えたことが邦一にはないのだが、子どもからすれば可愛いのだろうか。

 ……俺も小さな頃や関西へ行っていた頃に秋星と来たこと、あるような気がするんだけど……。

 何故か公園の記憶がほぼ、ない。さほど来る機会がなかったのかもしれない。
 普段ならさすがに乗ることはないが、今は誰もいないのもあって邦一はゆっくり揺らしながら堪能した。そうすると少し気が晴れたような気がする。とはいえ秋星と仲直りをした訳ではない。自分が謝るべきなのだろうとは思うが、釈然としない気持ちはまだ少し残っているため、あまり気が進まない。だが喧嘩をしたままは嫌だ。

「はぁ……」

 ついまたため息を吐くと足元から「ニャー」という声が聞こえた。一瞬、猫になった秋星かと思ったが、あのプライドの塊である秋星が気軽に猫に化けるはずがない。それも喧嘩をしている時に。
 下を見るといつの間にか猫が寄ってきていた。毛の色はよく分からないが、トラ猫のようだ。

「夜は分かりにくいな」

 少し笑いながらそう話しかける。体は暗くて見えにくくてもオレンジ色の目が目立って見える。ただ暗闇の中なので瞳孔が開いて黒目がちになっており、あまり不気味には見えない。
 その瞳がじっと邦一を見上げていた。

「腹減ってるなら生憎だけど、俺何も持ってないよ」

 そう話しかけるが当然邦一の言葉がわかるはずもないだろう。猫は邦一の足に頭を擦り寄せてきた。少しゴロゴロと言っているのが聞こえる。

「それとも慰めてくれてるの?」
「ニャー」

 猫はまるで返事をするかのようにまた鳴いた。ふと、既視感を覚える。何だろうと考えたところで彼岸花の猫を思い出す。
 あの時の猫は黒猫だった。

「お前にしてもあの彼岸花の黒猫にしても、何考えてんのかよくわからないな」

 やはり秋星みたいだ、と苦笑しながら言えば猫が「ニャー」と鳴く。

「まるで返事してくれてるみたいだな」

 笑いながら猫を見ると猫がじっと邦一を見上げていた。目が合うと逸らされまた体を擦り寄せてくる。

「餌、ほんとに何も持ってないよ」

 何となく落ち着かない気持ちになり、またそう告げる。だが猫はまた見てくる。

「ほら、何も持ってない」

 仕方なく手のひらを差し出すようにして下ろすと猫が匂いを嗅いできた。動物の習性って面白いなと考えていると手のひらをざりざりとした舌で舐められる。

「何か味、すんのか?」

 笑いかけ、触らないようにしていたがもういいやと頭を撫でようとしたらさっと避けられ、代わりに爪で引っかかれた。

「っい、」

 慌てて手を引っ込めようとするとまた手を舐められる。

「お前、秋星みたいだな」
「ニャー」

 苦笑して話しかけるとまた鳴いてきた。

「……うち、来るか?」

 あの家で猫を飼うのはどうだろうかと思いつつも、もし捨て猫なのだとしたらここまで懐かれると放っておけない。それに引っかかれたけれども気は紛れた。そのお礼に煮干しくらいはあげてもいいんじゃないかなどと思う。
 邦一が立ち上がり歩き出すと猫もついてきた。立ち止まると猫も止まる。

 ……猫って自分からは懐いてくる癖に警戒心は強いままだよなぁ。

 また少し苦笑しながら邦一は歩き始める。家へ戻ってくると振り返った。

「ほら、ここ、が……って、あれ……?」

 確かについさっきまではついて来ていた。だが今振り返ると猫はもうどこにもいなかった。首を傾げつつもまぁいいか、と邦一は中へ入った。気持ちはかなり入れ替わったが、とりあえずそのままさらにすっきりしようと風呂に入る。
 風呂でまた秋星のことを考えた。自分が悪い部分は間違いなくある。それにそもそも自分はパートナーとはいえ秋星に従事している。

「……やっぱり謝りに行こう」

 風呂を出ると気が変わらないうちにと秋星の部屋へ向かった。

「……顔、見たないって言うたで……」

 言ってくることは憎たらしいが、どう見ても元気がない。

「秋星、……その、悪かった。心配して言ってくれているお前に対して考えが無さすぎた」

 頭を下げて言うと、反応がない。怪訝に思って頭を上げると、思い切りポカンとした秋星が邦一を見ていた。

「秋星?」
「……わ、かったんやったら……えぇ」

 秋星はそう口にするとフイと顔を逸らしてきた。
 その後、秋星が布団の中で邦一の手を見て怪訝そうに聞いてきた。

「これ、どないしてん」

 辺りが暗くてもやはり秋星にとっては関係ないようだ。

「お前と喧嘩して落ち着かなかったから散歩してきたんだけど、その時猫に引っかかれた」
「クニが無理やり何かしたんやろ」

 笑ってくる秋星に邦一も少し笑った。

「こっちの猫みたいな人からはむしろ無理やり、やらしいことされたけどな」
「無理やりちゃうわ。規格外におっきぃしときながら何言うてんねん」
「……いや、別に俺、そんなデカくは……」
「で、痛ないん?」

 そう言われて気づいた。咄嗟のことだったので声に出たが、実際は猫に思い切り引っかかれたというのに痛くなかった。
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