緋の花

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124話

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 あの時、邦一の意識は狭間にあって混沌としていた。それでも間違いなく自分の意思で臨太郎に反応した。邦一に何度か呼びかけてくれていた臨太郎が「人間やめて魔物になるか?」と聞いてきた時に、自我をかき集めて臨太郎の手に触れた。

「あんたはもう時間がない」
「俺があんたと契約してもいいか?」

 臨太郎の言葉を正しく理解した上で、邦一は「生きたい」と告げた。さすがに難しい言葉は浮かばなかったし、まともな声はもう出なかったが、臨太郎は汲んでくれた。

「今からあんたに噛みつくからな。そんで俺が作った傷口から力、流すから」

 邦一の血塗れでボロボロになった体を何とか抱き留めるようにすると、臨太郎は何やら唱えつつ邦一の首に顔を近づけた。そして付け根辺りに噛みついてくる。痛みはなかった。もしかしたら瀕死の体に噛みつかれたくらいではもう痛みを感じることもなかっただけだろうか。
 噛みつかれた後に確か、自分の下から何やら淡い光を感じた。邦一に見る余裕などなかったが、魔法円が浮かび上がっていたのかもしれない。
 臨太郎が顔を離してくる頃には、既に痛みさえわからなくなっていた筈の邦一は体内が異常な程に熱くなっているのを感じていた。このままでは魔物として生きる前に自分の体は溶けてなくなってしまうかもしれないと思った。痛みは感じていなかったし、既にまともに声も出せなかった筈の邦一から叫び声が漏れた。それほどに熱かった。もしかしたらあの時に体が作り替えられていたのだろうか。とにかくあまりの熱さに、ただでさえ弱りきっていた邦一は意識が保てなくなり、今度こそ意識を手放したようだ。その後のことは夢で見た出来事以外、柳の病院で目覚めてからしかわからない。

「なるほどな」

 思い出したと、その時のことを説明した邦一に、秋星が頷いてきた。

「秋星が助けに来てくれたのと、臨太郎のおかげで今も生きてる」

 臨太郎が機転をきかせて邦一を魔物にしてくれたから死なずにすんだ。あのまま秋星に確認するのを待ったり邦一の様子をもう少し窺うという選択肢を臨太郎が選んでいたら多分邦一は今、ここにいない。本人はあまり深く考えていないだけかもしれないが、人間を魔物にするという行為は力的にも倫理的にも恐らく簡単なものではないように思う。だからこそなおさら、素早い判断はありがたかった。
 そして秋星が来てくれなかったらそもそも邦一はあのまま殺されていた。万が一臨太郎だけが来ていたとしても、二人ともあの世行きだったように思える。臨太郎は魔物だしそう簡単に死なないかもしれないが、少なくとも邦一は間違いなく殺されていただろう。
 あの男に拐われる前に話していた時、臨太郎は自分で力が強くないことを口にしていた。あの男は秋星とは比べものにならないにしても、かなり力は持っていたのではないかと思われる。臨太郎では敵わなかっただろう。

「ありがとう、二人とも」
「ち、チャラ猫と一緒にすんなや」
「やっぱりお兄さんいい人……!」

 何故照れているのかわからないが秋星がムッとした顔をしている後ろで、臨太郎が半分包帯の顔でキラキラしている。そして振り向いた秋星に「調子に乗んなや」と胸ぐらをつかみ上げられて人の姿のまま「ニャーニャー」と鳴いている。

「秋星」

 呆れながら名前を呼ぶと、秋星は舌打ちをしながら臨太郎を離した。どうにも気に食わないようだ。
 わからないが、もしかしたら臨太郎が邦一を魔物にしたからではないかと邦一は思っている。
 やきもちとかではない。そうではなく、秋星は邦一の死を恐れていただろうに魔物に出来ることを隠していた。恐らく人間のままでいて欲しかったのではないだろうか。

 ……多分それも俺を思ってのことだろうなぁ。

 そう思うと、命を救ってくれた臨太郎には申し訳ないが、あまり秋星を強く叱れない。

「おいチャラ猫」
「だから名前で呼んでよ」
「クソ猫」
「……チャラいほうでいいです」
「えぇから、あれや。お前をこの場にいさせたんは邦一の状態とかを邦一に説明してもらうためや」
「あ、それは俺もうん、知りたい。だいたい俺、本当に魔物になってるのかさえピンときてない」

 包帯まみれというのもあるし、まだ今のところほとんどの時間を眠って過ごしているからというのもあるが「俺、魔物だ!」と思うようなことは起きていなかった。
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