夜雨に眠る赤い花

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6話 ※

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「や、待って……触れ、るな……」

 そのまま流されそうだったがようやく我に返り、紫陽は何とか口にした。

「今さらですね……こんなに濡らして?」
「は……」
「僕に体を預けなさい。そのほうが楽でしょう」
「や……、め」

 確かに先を情けないほどに濡らしているのだろう。雨月の手がぬるぬると動く。そして雨が石などに当たって聞こえてくる静穏な音とは絶対に似ても似つかない、淫靡な音が時折着物の中から聞こえてくる。そこは最初じわじわと焦らされるように触れられていたが、次第に強く扱かれ脳の奥にまでその刺激が直接届いてきそうだった。

「花が枯れることを桜は花が散ると言いますが、紫陽花はなんて言うか知っていますか?」
「な、に?」

 言われていることは頭に入ってきてはいるもののそれを噛み砕くことができない。やめろと言いつつも、もういっそ下肢にのみ集中したくなっている。ただ雨月の声は心地よくて聞き漏らすこともできない。否応なしに耳に入ってくる。

「しがみつく、と言うそうです。色が褪せ茶色くなっても散ることもなく茎にしがみついて落ちないことからきているんだとか」
「ぁ……あ」
「散るやこぼれるに比べて表現が残念だとも言われていますが、僕は嫌いじゃないです。枯れて消えそうになってもしがみついているなんて、なんて健気でいたいけで愛しいんだろうって思いませんか」
「あ、あ……、っあ、も……っ」
「いきそうですか? ほら、僕に身を委ねて。出してしまいなさい」

 言われるがまま、ぎゅっと雨月にしがみついた。紫陽の体がびくびくと震え、一気に脱力する。

「ん、は……、ぁ……」
「すっきりしました?」
「……、……違う意味でな」
「ふふ。どういう意味だろうがすっきりするのはいいことですよ」
「……」

 紫陽が唇を歪めていると雨月は紫陽の顔を見た後に精液で濡れた指を見ながら「でもまだすっきりし足りないのでは?」と言ってくる。

「は? っん」

 何か言う前に紫陽の唇がまた塞がれた。何度も吸われ唇を交わし合った先ほどと違い、雨月の舌がぬるりと入ってくる。びくりとするものの違和感よりも気持ち良さのほうが強くて、紫陽はついその舌に自分の舌を絡めていた。

「っんぅ?」

 だが尻のほうにそれこそ違和感を覚え、紫陽は雨月を押し退けようとする。案外しっかりとした体つきの雨月はしかしびくともしなかった。
 多分、おそらく、きっと、今紫陽の尻の中に雨月の指が入っている。怖い、と思った。先ほど勝手に想像し訳もなく感じていた恐怖とは違い、明らかに理由のわかる恐怖だ。だが怖さは先ほどのほうが強かった。赤い紫陽花を見てふと思ってしまった考えが拭えずにじわりと感じていた怖さのほうが強い。その怖さは雨月を拒否してもおかしくないというか、むしろ拒否しなければならないようなもののはずが、気づけば仕事を辞めてからずっと抱えていた気持ちを自ら露呈させただけでなく、こんなことまでしている。

 怖い……のに抗えない……気持ちいい……。

 キスは本当に気持ちいいが、尻は正直違和感しかない。痛むほどではないが、異物が入っているという感じが拭えない。だというのにしがみつき抱き寄せられているのが心地よいと思う気持ちのほうが異物感よりも強くて紫陽は抵抗しなかった。だがしばらく続いていたかと思うとふと体を離され、後ろを向かされて不安になる。

「あま、つき……?」
「大丈夫。僕に委ねて」

 背後から耳元で囁いてきたかと思うと、四つん這いの状態で尻を持ち上げられ、着物がめくられて指とは比べものにならない質量が自分の中を割って入ってくるのがわかった。ゆっくりとそこをこじ開けるようにして入ってきたかと思うと、中で一気に貫かれる感じがした。内臓が引き攣れ、圧迫感に中が壊れそうな気がした。生理的な涙が溢れ、零れるのを感じる。

「ん、ぁっ」
「苦しいですか? 唇も目も閉じないで。ほら、開けて……」

 うつ伏せにされていた体を、入っている状態のまま起こされた。着物はめちゃくちゃにはだけていた。後ろから引き寄せられ体がぐっと反る。雨月の大きくしなやかな手の指が、噛みしめていた口をこじあけるようにして入ってきた。堪えていた呻き声が漏れ、涎が雨月の指を伝う。もう片方の、尻に指を入れていたほうの手が紫陽を支えながらも反り返っている胸先に触れてきた。

「は、ぐ……っ」

 滲んだ涙でぼやけている目を薄らと開けると、紫陽の目の前に広がるのは雨の中の庭だった。ほとんど暗くてわからないが奥でほんのり灯っている灯籠だろうか、仄暗い灯のせいで辛うじて一部の紫陽花の色が微かにわかる。
 口の中に入れられていた指が抜けると、その手がゆっくりと滑り落ちるようにして紫陽の首をつたった。首に触れられると体がゾクリとした。怖いのに気持ちがいい。
 静かな部屋と庭で、先ほどから耳に届くのは雨の音と紫陽自身の呻く声、そして淫猥な肉と水が入り交じるような音だった。

「い、やだ……、あ、あっ、こ、わい……っ」
「怖いですか、何が? 庭? 僕?」
「紫陽花も、ぅ、あ……、お前、も……、あっ、怖、い」

 背後からゆっくり何度も突き上げられるそれは痛いはずなのに、目に入ってくる紫陽花や雨月が怖いはずなのに、そもそもこんなことをされているというのに、紫陽はそれらを上回る切ないほどの劣情を煽り立てられていた。なんて仄暗い悦びなんだろうと思う。
 まるで庭に降り注ぐ雨に当たっているかのように、汗と涙と唾液に濡れて髪も体もびしょ濡れになっているような錯覚がした。このまま雨の中溺れてしまいそうな気がする。息の仕方がわからなくなった。

「息をして、紫陽……思い切り吸って、吐いて」
「息、できな……」
「大丈夫。できますよ」

 体を少しひねられ、雨月がキスをしてきた。雨月の息が口を通して肺に入ってくる。苦しくなって唇が離れた途端、思い切り空気を吐き、吸っていた。

「あ、あっ」

 息を吸い込んだ瞬間、紫陽は堪えられなくなって思い切り自分の精を吐き出していた。目に入ってくるのは涙でぼやけた紫陽花だった。
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