氷の王子

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15話

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「だって、どう思ってるのかって聞かれたらまず思いついたのが幼馴染だったから!」
「要は俺のことは幼馴染と思っているってことだな」

 零二の言葉に大地は少し俯いた。

「だけどその幼馴染ってのがよくわかんねぇって思ったんだよ……」

 普段いちいち大地は言葉の持つ意味など改めて考えない。ただ零二に聞かれてすぐ思いついたのが「幼馴染」だった。その幼馴染とはなにかと自分で考えるとよくわからなくなった。
 友だちとも違う。でもただの知り合いでもない。ずっと培ってきた年月の重みがあるからだろうか。
かといって一時期はほぼやりとりをしていなかった。だけれども久しぶりに喋っても普通の友だちに感じるような遠慮というか寄る辺なさというか疎遠というかそういったものもない。まるで空いた時間などなかったかのように話せる。とはいえ兄弟といった身内とも違う。
 そして何よりも次に零二に聞かれたことで、なおさら自分が零二に対して思っている幼馴染と、世間一般での幼馴染が同じかどうかもよくわからない気がした。

「俺にキスされたのは嫌じゃないのか?」

 確かに幼馴染はキスするような間柄ではないとは大地も思う。それも同性だ。でも、驚きはしても嫌だとは思わなかった。変質者に抱きつかれた時はとてつもなく嫌だったのに零二だとキスされても嫌ではない。
 もちろん知っている相手と知らない相手では全然違うくらいは大地も把握している。だが多分圭悟や勝一、総司などに抱きつかれるのは平気でもさすがにキスされると引く気がする。

「お前にされんのは、嫌じゃない」
「そうか」

 零二を見上げて伝えると、また少し口元を綻ばせてきた。そして頭を撫でられる。
 好きだと言われてもなお口調はいつもと変わらないし淡々としているしひたすら呆れられているが、言ってくれる前よりは対応が甘くなった気がした。
 ただでさえ前から冷たいくせにたまに感じる優しさが嬉しかったのに、それがさらに少しだけ甘さも加わるなんて大地からしたら飛びついて抱きつきたいくらいだと思った。
 ふと、読み直してもやはりあまりわからない図書館から借りた本を思い出す。その本ではきつねが王子様に「肝心なことは目に見えないから心で見ないとよく見えない」と言っていた。

 心で見るって、何だ。

 そんな風に思っていたが、もしかしたら今大地がわからないと思っていることもそうなのかもしれないと思った。それも結局言葉にできるような理解ではないけれども。
 ただ、幼馴染って何だろうなんて考える必要なんてないんじゃないかなと今さらながらに思えた。そう思うとそれは凄く当たり前のことに思えてくる。他の誰がどういう幼馴染であれ自分と零二とは、皆当然それぞれ違う。
 大地にとって幼馴染と思える存在は零二だけだ。だから聞かれた時、まず「幼馴染」だと思っただけで、その「幼馴染」がどういう意味をなすかなんて、考える必要なんてなかった。いつものように自分が捉えている気持ち、感覚だけでよかった。
 そのことに今さらながらに気づく。

「俺、言葉にしよーって変に考えると駄目みたい」
「ああ、そうなんだろうな」

 呟くように言うと、零二はまるで大地が何を考えていたかわかっているかのように応えつつ、奪い取った後手に持っていたマグカップを差し出してきた。

「とりあえずコーヒー飲め。多分もう完全に冷めてる」
「あ、ああ、うん」

 大地はマグカップを受け取り、コクリと飲んだ。確かに好みよりもう少し冷めていた。だが飲みやすいので一気にゴクゴクと飲みながらよく考える。飲み終えるとじっと零二を見た。

「俺、お前とちゅーすんの、嫌じゃないし、お前のこと幼馴染って思ってるし、一緒にいんの楽しいし、側にいてぇって思う。それ全部ひっくるめたら、そーゆー好きってことになる? だって俺、お前のことは昔から好きだと思ってる。だから多分余計わかんねえ」
「俺はお前の気持ちまではちゃんとわからん。でもまあ、なるんじゃないか」
「ほんと?」
「俺とキスするの嫌じゃないんだろ?」
「うん」

 大地が頷くとまた頭を撫でられた。普段があまりに素っ気ないだけに、この頭を撫でられる行為がまるでご褒美のような気分にさえなる。テンションが上がったがふと改めて今の状況に気づいた。

「え、ってことはやっぱ俺もお前好きなのっ?」
「さすがに俺にそれを聞くな」
「ぅあ。え、何かすげぇ……!」

 感嘆したように言うと、また呆れたように見られた。

「何だよ! だってすげぇだろ? だってお前と俺男同士なんだぞ。なのにお互い好きって、男女で思うよりすげくねぇ? いや周りには割といるけどさー、何だろ、やっぱ零二だけに余計そー思うんかも」
「何で」
「だってお前、どんだけ女子にモテてると思ってんのっ? 俺が俺じゃなかったらお前に言い聞かせてんよ? 勿体無いことすんなって! でも俺は俺だからな。お前にそんなこと言ったら俺が勿体無いから言わねーけど」
「……お前」

 また呆れたように零二は大地を見てくる。ため息をつきながら立ち上がった零二は大地の手から空になったマグカップを受け取るとそれを机の上に置きに行った。そして戻ってくるとまた隣に座る。

「俺はお前が何しようが誰と付き合おうが構わなかったが?」
「え、っと、それは俺のことが好きって思う前? っていうかお前、俺のこといつから好きなの?」
「……お前は答える時も支離滅裂になるが、聞く側でもそうだよな」
「どういう意味だよ」
「色々一度に考えたり聞こうとするから話が行方不明になるんだ」
「あ。だって、思いついたこと言わねーと忘れそうだし」
「……。お前のことは昔から好きだが」
「まじか……! え、じゃあなんで今まで何も言わんかったの?」
「別に見てるだけでよかったしな」

 零二が言う言葉を聞いて大地は微妙な顔で零二を見た。

「……え、乙女……?」
「……そうじゃないやめろ。別にどうこうしようと思わなかっただけだ。だから言っただろ、お前がなにしようが誰と付き合おうが構わなかったと」

 確かにさっきも言った、と大地は零二を怪訝そうに見た。

「何で? だって好きだったら他のヤツと付き合うとか、嫌じゃねーの? 俺は嫌だけど。お前のことそういう好きってついさっきに自覚したてだけど、それでも零二が他の女とか、お、男でも付き合ったらって思うとなんか嫌だけど!」
「ただ単にお前に色々経験したりして楽しんで欲しいと思ってただけだが」
「保護者かよ……!」

 大地が微妙な顔で零二を見ると「何を言ってるんだ」と言いながら零二が少し笑う。
 だが今度の笑みはどうにも嬉しさを感じられないうすら寒さを何となく大地は感じた。

「な、なんだよ……」
「俺と付き合ったらもう、お前誰とも付き合えないんだぞ。ってことはもう他に誰とも性的な経験をすることもないってことだよ、童貞」
「ど、どーてーじゃ……」

 ムッとしつつも少し赤くなりながら言い返そうとしたが、零二の顔が「違うとでも?」と言っているように見える。

「ぅ……、ん? え、あ! そ、そうか……エロいこと、じゃあ俺できなくなんのっ?」

 それは何というか切ない。思わず大地が叫ぶと零二は生ぬるい表情を浮かべた後で少し楽しそうに大地を見てきた。

「まあ、そういうことだな。……俺と以外には」

 俺と……。
 俺と……っ?

 零二が言った言葉が少しだけ脳内で反芻してきた後に大地は零二が言っている意味に気づき、赤くなった。
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