氷の王子

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16話

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 自分が零二を好きだと理解し、両思いなのだと実感した日は学校帰りということもあってあまり大地はゆっくり零二の家にいなかった。

「にしてもあれだよな、あれ……俺と以外にはって、ことは、ことは」

 零二が言っていたことを思い返すと大地は顔が熱くなった。と、同時に微妙にもなる。
 今まで男を対象にしたことがないのでピンとこないのと、内容に。
 零二にキスをされただけでかなり気持ちよかったので、多分もっと色々なことをしても自分は抵抗自体はないだろうなと思う。そもそも認めたくないが童貞なので、むしろ好奇心も旺盛だ。
 ただそれこそ経験がない上に体格なども考えると、どう考えても自分が零二に対して女性にするようにはなにもできないだろうなと思われた。それとも経験はどうしようもないとして、体格だけならあまり関係はないのだろうか。
 大地自身、好奇心旺盛な青春、いや、性春真っ盛りの男子高校生である。だから例え自分がもし万が一女役になるのだとしても本当の女子のように恥ずかしがったり照れたりといった素振りをしたいとは思わないものの興味はある。両思いともなればなおさら今後の展開に興味津々である。
 だからといって、自ら女役になりたいとも思わない。男である以上、どんなことでもやはり男役がいい気がする。例え自分がどう考えようが調べようが零二に対して色々できそうになくても。

「……なあ、圭悟」
「んー」

 いつも絶対誰かの溜まり場となっている空き教室で今日は昼食をとった後、ぼそりと大地が呼びかけると圭悟はその辺に置いてあった雑誌のページを捲りながら返事してきた。勝一はクラスの友達と食堂で今日は食べている。別に喧嘩している訳でなく、お互いその辺は適当なようだ。

「俺、女みてぇ?」
「……は? ……顔がか」
「ちげぇよ。顔はそりゃ確かにあんま男らしくはねえんかもだけど! その、全体的に」
「性格は少なくともガキだよな」
「それ性別関係ねーだろ!」
「だいたいなんの話だよ」

 圭悟が雑誌から目を離すと怪訝そうな表情で大地を見てきた。

「え? いや、うん……と。俺、でも別になよっちくねーよな?」
「は? まあ、そりゃ思ったことないけど、強そうでもないわな」
「まじかよ」

 大地がありえないといった風に圭悟を見ると、微妙な表情が返ってきた。

「よし、んじゃ腕相撲で勝負しよーぜ」
「嫌。めんどくさい」
「なんでだよ! あ、俺に負けるからだろ」

 ため息をついてきた圭悟に対してニヤリと言うと、今度はムッとしたように大地を見てくる。

「お前に負けるとかなにその屈辱。わかったよ、やればいーんだろ」

 結果は大地の負けだった。多少粘ったつもりだが、途中からは結局あっという間に倒される。
 腕相撲を始めるとわらわらと集まってきた周りも、触発されたようにあちこちで腕相撲を始め出した。

「……なんで。身長お前より低いから?」
「身長お前別にちっちゃくないだろ。デカくもないけど。そりゃ俺よりは低いけど……むしろもっとこう全体的な体格差とかだろ」

 圭悟に言われ、大地は微妙になる。

「……そいやさー、零二の部屋にさ、ダンベル置いてあんだよ」
「へえ、氷王子も体鍛えてんだな」
「え、あんま驚かねえの?」
「別にそんな驚くことでもないだろ……」
「まじでか。でもさ、四十キロあんだぞ? それを軽々やるんだぞアイツ」
「可変式?」
「は? なんだよカヘンシキて」

 大地がポカンとしながら聞くと「あー」と圭悟は生ぬるい顔で見てくる。

「重さ変えられるやつ」
「えー? それはわかんねえけど……。俺できなかった、とりあえず」

 思い出してまた少しがっかりしたように大地は言った。

「いきなりはきついだろ。最初は二十キロとかから慣らしてけばお前でも……まあどうかわからんけど、まあ、うん、まあ」
「なんだよその濁した感じ」
「……お前でもそんな言葉使いできるんだなー。読書のおかげ?」
「どういう意味だよ。……ちなみにさあ、お前と勝一って実際どっちが強いの、腕相撲とか。普段見てたらお前のがなんか色々強そう」

 ムッとした後でなにやら考え、大地が質問した。
 そういえば話題が唐突でも急に変わっても圭悟はわりと普通についてくる。そういうところが凄く楽だと思うのに、それでも零二といるほうがある意味どこか嬉しいのはやはり好きなんだなぁと大地は内心改めて実感する。

「別に腕相撲したことないから知らんけど。それにいざとなったらどっちが強いかなんてわかるかよ、本気の殴り合いはしたことない。でもまあ普段は確かに俺のが強いかもな。アイツはまあ、それに甘んじてくれてる感じもするけどな」
「わざと負けてるってこと?」
「言い方がアレだけど、まあそんな感じ」
「……ふーん? ……ちなみに、その、えっと、お、お体のご関係はありますよね?」

 途中から少し赤くなりつつおずおずと大地が聞くと、とてつもなく微妙な顔をされた。

「……お前何言ってんだ?」
「だって! その、今の俺にとって切実な問題だから」
「は? ……え? ちょ、待て。まさかお前と氷王子って? お前、突撃でもしたのか?」

 圭悟がポカンとしながら聞いてくる。

「何だよそれ」
「だってほら、キスされた理由本人に聞きに行ったんじゃないのか」
「ちょ、ちゅーとか言うな! しーっ」

 キス、と聞いて途端に大地はまた顔を赤くしながら慌てて周りを見つつ、人差し指を口に当てている。それに対し圭悟が呆れたように見返してきた。

「周りは見ての通り腕相撲大会だよ。つかお前の反応のほうが目立ってるぞ」
「まじかよ」
「だからお前、マジマジ煩い。で、それこそマジなのか? 付き合ってんの?」

 圭悟の言葉に、大地は赤い顔のままコクリと頷く。

「あー、なんだろ、かわいい我が子が巣立つ感覚……」
「んだよそれ……! だいたい俺、お前の子じゃねえ」
「そりゃそうだ。で、なるほどな。色々気になるって訳ぇ?」

 圭悟がニヤリと言ってきた。それに対しても大地も素直に頷く。

「うん」
「……あーもう。……俺は受けるほうな。多分お前もじゃないの? だからうん、色々聞いてくれていいよ。負担とか、あるからな。ただしこんなとこで聞くなよ? 学校じゃさすがに俺、何も言わないからな」
「まじで? ありがとう圭悟……! って、待って。何で俺がそうだってわかんの? 俺まだなんも言ってねーし、そもそもまだわかんねえよ?」

 ニッコリ嬉しそうに微笑んだ後で大地は微妙な顔になる。

「むしろお前が氷王子をどうこうできると思える想像力はさすがに俺にはない」
「まじかよ。……でも、普段勝一よりも強そうな圭悟のがそうなのか……。あの、あんま男だからとかなよっちぃとか、関係ねーの?」
「どっちも男だってのにそんなのあんま関係あるかよ。そりゃそのカップルにもよるんじゃないの? それこそ男女でもそうだろ、そういう関係はまあどっちがとか男女はないだろけど精神的な、さ?」
「そっか! なんかそれ聞いたら納得した! ありがとうな、圭悟」

 大地がさらに嬉しそうに笑った。圭悟は微妙な顔をしながら大地の頭を撫でる。そういえばこの行為も、圭悟や他の友達にされるのと零二にされるのでは全然違うなと大地は思った。

「お? んだよ、腕相撲大会やってんの? 俺も混ぜろよー」

 遅れてやって来た総司が教室に入ってきた途端、楽しげに言っている。

「俺! 総司、俺とやろうぜ」

 大地がハイっと手を上げる。

「えー、大地とかよ」
「どういう意味だよ!」
「だって大地、ぜってー俺に勝てねーからな」
「そんなんわかる訳ねーだろ。お前身長あるけどすげー細いくせに」
「は、んじゃやってやる」

 総司がニヤリと笑う。その表情は悪そうなのにどこか色気もある。
 そして結果は総司の圧勝、大地の惨敗だった。圭悟の時は少し頑張れたのだが、総司とは始めた途端、もう倒されていた。

「俺細いかもだけど、すげーつえぇんだぜ。大地じゃ無理無理」

 ニコニコしながら言うと、総司は先輩たちのほうに歩いていった。

「アイツあんな細いのに?」

 大地がポカンとしていると「総司はあれでもけっこう筋肉もあるぞ」と圭悟が苦笑している。ついでに「アイツもそんで、あれだ、受けるほうな」とこっそり教えてくれた。
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