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1話
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そこから見下ろす風景は果てしなかった。
城から伸びている道は下手な進入を防ぐために馬車一台分くらいの細く、曲がりくねった道だ。だが城の周りも、そしてその細い道の先も豊かで広大な平原と森が広がっている。またその先にある広い城下町を見下ろすのも圧巻だ。城が高台にあるため、離れていても街並みはよく見える。石畳の長いメインストリートを中心に、様々な店で賑わっている。広場や、頂きに水晶の光る教会も見えた。
悪くない。
ウィルフレッドはただでさえあまり良くない目付きを細め、ニヤリと笑った。かつて自分のいた場所に比べればショボいものだが、これはこれで悪くない。
「……くくく。あはは……っ! やはりこの国はこの俺が頂く」
高笑いをし、何度もしている決意を新たにしたところでふと我に返った。
主塔もしくは天守であるキープにウィルフレッドはいた。城の上によくある凹凸の部分、鋸壁は戦争になると矢や魔法から身を隠しつつ応戦するためのものだ。だが今はウィルフレッドが安定して座るための場所となっていた。風景を見下ろしながらも身を支えやすい。
しかし我に返ると、よじ登ったはいいが当たり前ながらに降りるための足場がないことに気づく。そして同じく当たり前だが、高い。外側に落ちたら人間の体だ。間違いなく死ぬ。内側に落ちても少なくともとてつもなく痛いだろう。おまけに今の自分は我ながら未だに信じられないくらい身体能力も低い。ジャンプして無事着地出来るとは思えなかった。
思わず涙目になりながら振り返って下を見ると、ウィルフレッドの側近であるレッドがいつものように無言で控えていた。気づけば背後にいるし気配のないそいつが何だか怖くて、レッドだけは昔から苦手だった。だが今はそんなことを言っていられない。
「……レッド」
「そのままお飛びください。俺が受け止めます」
「そ、そんなこと出来るわけないだろう! 小さな子どもではないのだぞ! 受け止められるわけがない……!」
これでも十歳だし中身は大人なのだとムキになって思う。
「俺を信じて」
「く……」
実際、やると言ったらやる男なのはウィルフレッドもよく知っている。そもそも側近というのは他の国は知らないが相当優秀でないとなれないようだ。それにこのままだと兄たちが自分を見つけてやってくるかもしれない。勝手に登って固まっているところをレッドに見られただけでも屈辱だというのに尚更耐え難い屈辱でしかない。
ウィルフレッドはぎゅっと目を瞑ると飛んだ。つもりだったがわりと落下した。
俺は目標物目掛けて飛び込むことすら出来ないのか──
おそらく受け止められないだろうと来る衝撃に構えたが、感じたのはしっかりと抱き抱えられる感触だった。恐る恐る目を開けると、レッドが覗き込んでいた。
「ご無事ですか」
「だ、大丈夫だ。……助かった」
悔しいが事実、助かった。渋々口にするとレッドは「何より」と言葉少なげに頷き、ウィルフレッドを抱えたまま歩きだした。
「……」
「……」
「……おい」
「何か」
「何かじゃない! もう必要ないんだから下ろせ」
「しかし怪我をしている可能性もあります。部屋に戻りちゃんと確認するまでは下ろすわけにいきません」
「俺が大丈夫と言っているんだ! 放せ!」
「……失礼」
レッドはとうとうウィルフレッドを無視して更にしっかり抱えると、そのまま運び始めた。軽々と抱き抱えられた状態のままはウィルフレッドにとってあまりにも屈辱的だった。だがもがこうとしたところでびくともしない。
いつもならひたすら無言で聞き分けがいいはずの側近は、たまにこうして頑なに言うことを聞かない時がある。それに対しウィルフレッドは何度か王である父親や第一継承者である長男などに「不敬だ」と告げたのだが、取り合ってくれなかった。普段はやたらウィルフレッドに対して馬鹿のように甘いくせに「それはレッドがウィルを大事に思っているからこそだ」とか訳の分からないことを言ってくる。
途中、何人かの召使に情けなく抱えられている様子を見られてしまった。おそらく瞬く間に兄や姉の耳にも入るだろうとウィルフレッドはげんなりとしてため息を吐いた。兄や姉が押し掛けてき、すらりとした高い身長を見せつけるかのように見下ろして「怪我はないのか」「無事なのか」とこちらの身体能力のなさを憐れんでくる様子が目に見えるようだ。
日々、屈辱を味わわされている。どうしてこうなったのか。
昔は──いや、昔と言うのだろうか。とはいえどう言えばいいのだろう。
かつてウィルフレッドは魔界の王として君臨していたはずだった。
すらりと高い身長に、見目もこんな平々凡々とした顔ではなく素晴らしくよかった。あらゆる能力に秀でており、魔王の自分に敵うような者など存在しなかったはずだった。たまに訪れてくる勇者とやらも軽々と蹴散らし、殺すなり自分の部下たちの奴隷なり餌なりにしてやった。
だがそんなある日、とある国の王子が直々に仲間と共にやってきた。他の剣士や戦士、神官などは大したことはなかった。ただ、その王子もさることながら一人の術者の魔力が半端なかった。魔王である自分は結局捕らえられた。王子が止めを刺そうとしたところでその術者は「すぐに殺してしまうと力を持ったまま転生してしまうかもしれない」などと言い出し、封じ込めることを提案した。
──そうだ。俺は封じ込められた。長年、どうすることも出来ず、ずっと封じ込められていたはずだった。
だがある日、ふと気づけばとある国のウィルフレッドという第三王子として生きている自分に気づいたのだった。
城から伸びている道は下手な進入を防ぐために馬車一台分くらいの細く、曲がりくねった道だ。だが城の周りも、そしてその細い道の先も豊かで広大な平原と森が広がっている。またその先にある広い城下町を見下ろすのも圧巻だ。城が高台にあるため、離れていても街並みはよく見える。石畳の長いメインストリートを中心に、様々な店で賑わっている。広場や、頂きに水晶の光る教会も見えた。
悪くない。
ウィルフレッドはただでさえあまり良くない目付きを細め、ニヤリと笑った。かつて自分のいた場所に比べればショボいものだが、これはこれで悪くない。
「……くくく。あはは……っ! やはりこの国はこの俺が頂く」
高笑いをし、何度もしている決意を新たにしたところでふと我に返った。
主塔もしくは天守であるキープにウィルフレッドはいた。城の上によくある凹凸の部分、鋸壁は戦争になると矢や魔法から身を隠しつつ応戦するためのものだ。だが今はウィルフレッドが安定して座るための場所となっていた。風景を見下ろしながらも身を支えやすい。
しかし我に返ると、よじ登ったはいいが当たり前ながらに降りるための足場がないことに気づく。そして同じく当たり前だが、高い。外側に落ちたら人間の体だ。間違いなく死ぬ。内側に落ちても少なくともとてつもなく痛いだろう。おまけに今の自分は我ながら未だに信じられないくらい身体能力も低い。ジャンプして無事着地出来るとは思えなかった。
思わず涙目になりながら振り返って下を見ると、ウィルフレッドの側近であるレッドがいつものように無言で控えていた。気づけば背後にいるし気配のないそいつが何だか怖くて、レッドだけは昔から苦手だった。だが今はそんなことを言っていられない。
「……レッド」
「そのままお飛びください。俺が受け止めます」
「そ、そんなこと出来るわけないだろう! 小さな子どもではないのだぞ! 受け止められるわけがない……!」
これでも十歳だし中身は大人なのだとムキになって思う。
「俺を信じて」
「く……」
実際、やると言ったらやる男なのはウィルフレッドもよく知っている。そもそも側近というのは他の国は知らないが相当優秀でないとなれないようだ。それにこのままだと兄たちが自分を見つけてやってくるかもしれない。勝手に登って固まっているところをレッドに見られただけでも屈辱だというのに尚更耐え難い屈辱でしかない。
ウィルフレッドはぎゅっと目を瞑ると飛んだ。つもりだったがわりと落下した。
俺は目標物目掛けて飛び込むことすら出来ないのか──
おそらく受け止められないだろうと来る衝撃に構えたが、感じたのはしっかりと抱き抱えられる感触だった。恐る恐る目を開けると、レッドが覗き込んでいた。
「ご無事ですか」
「だ、大丈夫だ。……助かった」
悔しいが事実、助かった。渋々口にするとレッドは「何より」と言葉少なげに頷き、ウィルフレッドを抱えたまま歩きだした。
「……」
「……」
「……おい」
「何か」
「何かじゃない! もう必要ないんだから下ろせ」
「しかし怪我をしている可能性もあります。部屋に戻りちゃんと確認するまでは下ろすわけにいきません」
「俺が大丈夫と言っているんだ! 放せ!」
「……失礼」
レッドはとうとうウィルフレッドを無視して更にしっかり抱えると、そのまま運び始めた。軽々と抱き抱えられた状態のままはウィルフレッドにとってあまりにも屈辱的だった。だがもがこうとしたところでびくともしない。
いつもならひたすら無言で聞き分けがいいはずの側近は、たまにこうして頑なに言うことを聞かない時がある。それに対しウィルフレッドは何度か王である父親や第一継承者である長男などに「不敬だ」と告げたのだが、取り合ってくれなかった。普段はやたらウィルフレッドに対して馬鹿のように甘いくせに「それはレッドがウィルを大事に思っているからこそだ」とか訳の分からないことを言ってくる。
途中、何人かの召使に情けなく抱えられている様子を見られてしまった。おそらく瞬く間に兄や姉の耳にも入るだろうとウィルフレッドはげんなりとしてため息を吐いた。兄や姉が押し掛けてき、すらりとした高い身長を見せつけるかのように見下ろして「怪我はないのか」「無事なのか」とこちらの身体能力のなさを憐れんでくる様子が目に見えるようだ。
日々、屈辱を味わわされている。どうしてこうなったのか。
昔は──いや、昔と言うのだろうか。とはいえどう言えばいいのだろう。
かつてウィルフレッドは魔界の王として君臨していたはずだった。
すらりと高い身長に、見目もこんな平々凡々とした顔ではなく素晴らしくよかった。あらゆる能力に秀でており、魔王の自分に敵うような者など存在しなかったはずだった。たまに訪れてくる勇者とやらも軽々と蹴散らし、殺すなり自分の部下たちの奴隷なり餌なりにしてやった。
だがそんなある日、とある国の王子が直々に仲間と共にやってきた。他の剣士や戦士、神官などは大したことはなかった。ただ、その王子もさることながら一人の術者の魔力が半端なかった。魔王である自分は結局捕らえられた。王子が止めを刺そうとしたところでその術者は「すぐに殺してしまうと力を持ったまま転生してしまうかもしれない」などと言い出し、封じ込めることを提案した。
──そうだ。俺は封じ込められた。長年、どうすることも出来ず、ずっと封じ込められていたはずだった。
だがある日、ふと気づけばとある国のウィルフレッドという第三王子として生きている自分に気づいたのだった。
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