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2話
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幼少のウィルフレッドは大人しかった。小さな子どもながらにあまりの平凡具合を我ながらよく理解していたというのだろうか、目立たずいつも地味な様子で佇んでいた。兄や姉がそもそも目立ち過ぎる勢いで目立っていたというのもある。
七歳年上の長男、ルイは次期王に相応しいと周囲に言わしめる才能と容姿の持ち主だった。あまりに整った顔やすらりとした高身長は昔から際立っていた。才気煥発とした様子は子どもの頃から皆に将来を期待されていた。
四歳年上の長女、アレクシアもルイと同じく美しい容姿とすらりと高い身長を小さな頃から持ち得ていた。また、同じく兄同様才気煥発なアレクシアは恐らく将来有望なだけでなく、他国の王子からも引く手あまたであろうと言われていた。
二歳年上の次男、ラルフもまた整った顔をしていたが、こちらは兄に比べると美形というよりは愛嬌のある顔つきをしていて、それが性格にも出ていた。年の近いウィルフレッドと違って誰とでも親しくなれ、気さくだった。だが気を許すとラルフの手法に翻弄させられる羽目になっていた。とはいえ小さな頃から活発でよく城を抜け出そうとしては側近たちに見つかっているようだった。
そんな中、ウィルフレッドは平凡な見た目に運動神経も普通以下、そして魔力もほぼ皆無と言ってよかった。兄たちが頭角を幼少の頃から表している中、いつまでたっても冴えなかなった。魔力にしても、まだ力が現れていないのではない。属性もちゃんと風属性だと判明はしている。ただ、いくら使おうとしてもそよ風にも劣る微量の風が吹く程度であった。
唯一、勉強はそこそこ出来た。本当に唯一だった。
そんなだから下手をすれば周囲に忘れられる勢いでひたすら地味に過ごしていた。ウィルフレッド自身はそれでも特に劣等感を覚えることもなく、周囲からも嫌われている訳ではないのもあり日々平和に過ごしていた。はずだった。
ふと過去の、と言っていいのだろうか、その記憶が戻りさえしなければ。
最初はただの夢かと思っていた。基本ぼんやりと過ごしていたので、起きているつもりがうたた寝してしまっていたのかもしれない、そんな風に思った。だが次第に思い出す記憶にそうとも言っていられなくなった。
そして間違いなく生前の記憶が戻ったウィルフレッドがまず行ったことは、とてつもなく腹を立てて暴れまわることだった。腹を立てたのは主に自分にだ。
この顔は何だと持っていた鏡を壁にぶちまけた。いや、正確に言うとぶちまける力すらなく鏡は割れもせずに落ちただけだったが。とにかく今の自分のあまりに平凡極まりない顔が今さらながらに納得いかなかった。あれほど男らしく美しいと言われた自分はどこへ行ったのか。しかも他の兄姉も平凡ならまだしも皆美形である。
そして何よりも自分の中で許せないのが性格だった。平凡で地味な状況に甘受し大人しく過ごしていた自分を殺してやりたい勢いだった。
おまけに周囲の自分に対してのどうでもよさげな態度も腹が立った。
ウィルフレッドの、舐めやがってと言わんばかりの大暴れっぷりに周囲は最初戸惑った様子だったが、何故だろうか、いつしか気づけば家族は皆親バカとブラコンしかいなくなっていた。
普通叱るか勘当だろうと、ウィルフレッドが思わず第一王子のルイに言えば「こんなにウィルが感情表現豊かだったなんて、最初は驚いたけど俺は嬉しいよ。それにウィルが愛しくてならないね」とにっこりされた。
馬鹿なのかと思ったが、考えるまでもなく今の、自分以外の家族は皆優秀で秀でた才能溢れる人ばかりだったと思い出す。そしてまた屈辱感を覚え、ウィルフレッドは暴れまくった。
ちなみにいくら今の十歳でしかないウィルフレッドが暴れようが、魔力も腕力もついでに体力も身長もないので周りも全く深刻に捉えていない様子で、それがまたウィルフレッドの苛立ちを増長してきた。
おまけに、とウィルフレッドは自室で大きな鏡の前に立って怒りに小さな体を震わせた。
容姿は平凡極まりないが、髪と目の色だけは兄姉と全く同じ色をしている。限りなく美しい青の瞳に、触れると溶けてしまいそうなほど繊細なプラチナブロンドの髪だ。どうやらこの国の王族の血筋の者は皆この色になるようだ。そしてその色は忘れもしない、かつて魔王だった自分を葬ったとある国の王子、ルイスと全く同じ色だった。
こんな偶然ってあるか?
あまりにも忌々しい色に憤慨しつつウィルフレッドは広い図書室へ向かい、家系図やこの国、この王族の歴史についての書簡を漁った。記憶を取り戻す前だったらいくらそこそこ勉強が出来ても読めなかったであろう分厚い本であっても、今のウィルフレッドには余裕だった。
そして把握した。
かつて自分が魔王をしていたのは今からおよそ三百年前であるということ。
その後魔王は殺されるのでなく封じ込められた状態のせいで力を使って生まれ変わることも出来ず、魔王のいない魔界はどんどん衰退していったこと。
今では魔界すら滅び、辛うじて存在する魔物も力は弱く、とはいえさすがに一般人では倒せないが討伐隊などの兵にかかれば全く脅威ではないこと。
そして何より最悪なのが、自分を倒した王子ルイスがウィルフレッドの生まれ育ったこの国の第二王子であったことだ。
目や髪の色が同じ色であるのは当然だった。誰よりも何よりも憎い敵の子孫に、自分は生まれ変わっている。
こんな! 偶然って! あるか……っ!
七歳年上の長男、ルイは次期王に相応しいと周囲に言わしめる才能と容姿の持ち主だった。あまりに整った顔やすらりとした高身長は昔から際立っていた。才気煥発とした様子は子どもの頃から皆に将来を期待されていた。
四歳年上の長女、アレクシアもルイと同じく美しい容姿とすらりと高い身長を小さな頃から持ち得ていた。また、同じく兄同様才気煥発なアレクシアは恐らく将来有望なだけでなく、他国の王子からも引く手あまたであろうと言われていた。
二歳年上の次男、ラルフもまた整った顔をしていたが、こちらは兄に比べると美形というよりは愛嬌のある顔つきをしていて、それが性格にも出ていた。年の近いウィルフレッドと違って誰とでも親しくなれ、気さくだった。だが気を許すとラルフの手法に翻弄させられる羽目になっていた。とはいえ小さな頃から活発でよく城を抜け出そうとしては側近たちに見つかっているようだった。
そんな中、ウィルフレッドは平凡な見た目に運動神経も普通以下、そして魔力もほぼ皆無と言ってよかった。兄たちが頭角を幼少の頃から表している中、いつまでたっても冴えなかなった。魔力にしても、まだ力が現れていないのではない。属性もちゃんと風属性だと判明はしている。ただ、いくら使おうとしてもそよ風にも劣る微量の風が吹く程度であった。
唯一、勉強はそこそこ出来た。本当に唯一だった。
そんなだから下手をすれば周囲に忘れられる勢いでひたすら地味に過ごしていた。ウィルフレッド自身はそれでも特に劣等感を覚えることもなく、周囲からも嫌われている訳ではないのもあり日々平和に過ごしていた。はずだった。
ふと過去の、と言っていいのだろうか、その記憶が戻りさえしなければ。
最初はただの夢かと思っていた。基本ぼんやりと過ごしていたので、起きているつもりがうたた寝してしまっていたのかもしれない、そんな風に思った。だが次第に思い出す記憶にそうとも言っていられなくなった。
そして間違いなく生前の記憶が戻ったウィルフレッドがまず行ったことは、とてつもなく腹を立てて暴れまわることだった。腹を立てたのは主に自分にだ。
この顔は何だと持っていた鏡を壁にぶちまけた。いや、正確に言うとぶちまける力すらなく鏡は割れもせずに落ちただけだったが。とにかく今の自分のあまりに平凡極まりない顔が今さらながらに納得いかなかった。あれほど男らしく美しいと言われた自分はどこへ行ったのか。しかも他の兄姉も平凡ならまだしも皆美形である。
そして何よりも自分の中で許せないのが性格だった。平凡で地味な状況に甘受し大人しく過ごしていた自分を殺してやりたい勢いだった。
おまけに周囲の自分に対してのどうでもよさげな態度も腹が立った。
ウィルフレッドの、舐めやがってと言わんばかりの大暴れっぷりに周囲は最初戸惑った様子だったが、何故だろうか、いつしか気づけば家族は皆親バカとブラコンしかいなくなっていた。
普通叱るか勘当だろうと、ウィルフレッドが思わず第一王子のルイに言えば「こんなにウィルが感情表現豊かだったなんて、最初は驚いたけど俺は嬉しいよ。それにウィルが愛しくてならないね」とにっこりされた。
馬鹿なのかと思ったが、考えるまでもなく今の、自分以外の家族は皆優秀で秀でた才能溢れる人ばかりだったと思い出す。そしてまた屈辱感を覚え、ウィルフレッドは暴れまくった。
ちなみにいくら今の十歳でしかないウィルフレッドが暴れようが、魔力も腕力もついでに体力も身長もないので周りも全く深刻に捉えていない様子で、それがまたウィルフレッドの苛立ちを増長してきた。
おまけに、とウィルフレッドは自室で大きな鏡の前に立って怒りに小さな体を震わせた。
容姿は平凡極まりないが、髪と目の色だけは兄姉と全く同じ色をしている。限りなく美しい青の瞳に、触れると溶けてしまいそうなほど繊細なプラチナブロンドの髪だ。どうやらこの国の王族の血筋の者は皆この色になるようだ。そしてその色は忘れもしない、かつて魔王だった自分を葬ったとある国の王子、ルイスと全く同じ色だった。
こんな偶然ってあるか?
あまりにも忌々しい色に憤慨しつつウィルフレッドは広い図書室へ向かい、家系図やこの国、この王族の歴史についての書簡を漁った。記憶を取り戻す前だったらいくらそこそこ勉強が出来ても読めなかったであろう分厚い本であっても、今のウィルフレッドには余裕だった。
そして把握した。
かつて自分が魔王をしていたのは今からおよそ三百年前であるということ。
その後魔王は殺されるのでなく封じ込められた状態のせいで力を使って生まれ変わることも出来ず、魔王のいない魔界はどんどん衰退していったこと。
今では魔界すら滅び、辛うじて存在する魔物も力は弱く、とはいえさすがに一般人では倒せないが討伐隊などの兵にかかれば全く脅威ではないこと。
そして何より最悪なのが、自分を倒した王子ルイスがウィルフレッドの生まれ育ったこの国の第二王子であったことだ。
目や髪の色が同じ色であるのは当然だった。誰よりも何よりも憎い敵の子孫に、自分は生まれ変わっている。
こんな! 偶然って! あるか……っ!
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