不機嫌な子猫

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3話

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 それにしても、自分一人だけがなぜこんな容貌なのかとウィルフレッドは忌々しく思う。
 殺したいほど憎い敵の子孫として生まれた自分という事実を、いくら生前の記憶が完全にあっても齢十にして受け止めきれるはずもなく、ある意味現実放棄というのだろうか。改めて鏡を覗き込んでいたウィルフレッドはそちらについて考えることにした。
 父親である王も母親である后も気高く美しい顔立ちをしている。その二人から生まれた兄姉も皆当たり前のように美形だ。自分だけがひたすら平凡である。よくもまあ、こんな自分に今まで甘んじていたものだと改めて微妙に思う。
 忌々しいながらに王家の血筋である青があまりにも美しい虹彩と瞳孔は残念過ぎることにとても小さい。このせいでただでさえ平凡な顔立ちが余計にパッとしない。記憶が戻ってからは目付きも悪くなったせいで尚更虹彩部分が小さく見える。ここがもっと大きければ、男らしさはなくともせめてもう少し可愛らしい顔立ちになったのではないだろうか。
 
 もしや生前魔王だっただけに、こんな太陽の光が弱そうな北の国であっても眩し過ぎて赤ん坊の頃絶えず瞳孔が縮んでいたことで徐々に虹彩も小さくなったのでは? なら鍛えたら元に戻ることも万が一あるのでは?

 そう思い付いておずおずと母親に聞いてみたが「あなたは生まれた時からそのようなおめめでしたよ」とニコニコ言われてしまった。生まれつきかよと思いつつ、自分への、あまり関心がなさそうだった様子から一転して最近皆が取ってくる舐めた態度がまた忌々しい。

「母上、俺はこれでも子どもじゃない。おめめなんて言わないでください」

 つい魔王だった感覚で子どもじゃないと言ってしまったが、十歳はまだ子どもだったと思い出す。それにしたって「おめめ」はないだろう。だが王妃は「まぁ。うふふふ」と優しげな笑みを見せてきただけだった。
 目や顔立ちはよくはない、よくはないがもういい、とばかりにウィルフレッドは次に体つきについて考えることにした。
 いくら十歳でもあまりに小さく貧相過ぎる。一番年の近い第二王子ラルフは二つ上の十二歳だ。子どもの二歳差はかなり大きいかもしれないが、既に170近くあるラルフに対し、いくらこれから成長期が来るとはいえウィルフレッドは130くらいしかない。これがまた屈辱的だった。十三歳のアレクシアは女だから成長が早いにしても、やはりラルフと同じくらいはある。十七歳のルイに至っては成人しているのもあり、正確には知らないが180くらいはあるのではないだろうか。結果、これまた最近の舐めた態度の一つであるが皆がことあるごとにウィルフレッドを赤ん坊か猫のようにひょいひょいと抱き上げてくる。忌々しくてならない。
 もしや今まで自分はこの平凡っぷりに甘んじていたせいで、こんな貧相な体なのではとウィルフレッドは思った。鍛えたらすぐに発達し、ラルフなど一気に越えてしまうのではないだろうか。

 そうだ、そうに違いない。

 まさに一筋の光明とばかりにウィルフレッドは早速鍛えることにした。まずは剣だとばかりに五歳から自分についている四歳上の側近、レッドに「剣の相手をしろ」と言い放つ。

「……危ないです」
「うるさい。気づけば俺の後ろにいるお前のほうがよほど危ないわ! いいから相手をしろ。嫌だというならもういい。誰か別の者に言う」
「……」
「何か言ったか」
「お相手します」
「よし」

 結果は散々だった。稽古をして鍛えていく以前の問題だった。魔王だった頃は剣などむしろ指で捻り潰してやれたくらいだというのに、今の体では持つこともままならない。十歳には早かったのかと思おうとしたが、目の前で涼しげな顔をしているレッドが十歳の頃には既にウィルフレッドの側近だった。ということはそれよりも幼い頃から剣術も出来ていたということだ。

「大丈夫ですか?」

 涼しげなレッドに聞かれ、息をめちゃくちゃ乱して体をむしろ剣で支えていたウィルフレッドは「うるさい」「お前では相手にならん」「役立たず」などと理不尽に当たり散らした。それでもレッドは苛立つことなく淡々とした様子で「ゆっくりやっていきましょう。とりあえず疲れを癒すために風呂に入られては」などと十四歳とは思えない落ち着き具合でウィルフレッドに近づき、体を支えてきた。
 ウィルフレッドはレッドが苦手だ。気配もなく気づけば自分の背後にいる。無表情で何を考えているか分からない。それに今では青とも黒ともつかない目や黒髪も落ち着かなかった。

 それは俺がかつて持っていたものだ。

 そう思ってしまう。
 かつて艶々とした黒髪と闇のような黒い目は魔王だった自分の自慢でもあった。それが今では敵の色が自分の持ち物だ。なので余計にレッドが苦手なのかもしれない。
 とりあえず、体力もちょっとやそっとでどうにかならないと実感した。ちなみに自分の中にあるものだけに魔力に関しては鍛えたらどうにかなるものではとさえ思うことが出来なかった。外の風のほうがまだ強い。
 それでも一応今後も努力はしていくつもりではあるが、もしやここまで他の兄姉と違う自分は拾われた子なのではとウィルフレッドは思った。だがすぐに「それはない」と自分で否定する。残念ながら目と髪の色がこの国の王族で間違いないと主張している。
 そんなある日、知った。先王である祖父の口から聞いたから間違いない。ウィルフレッドは祖父の妻、要は祖母の若い頃にとても似ているのだという。
 まさかの祖母かよと密かに驚きつつ、だからかと納得もした。他と違って記憶が戻る前から祖父はウィルフレッドを溺愛していた。ほぼ毎日のようにフィーカの時間を一緒に取ろうと誘ってくる。いつもたくさんの菓子を用意されていてお茶の時間というよりもはやお菓子の時間だ。
 わざわざ菓子をたくさん用意してくれているだけでなく、祖父とはいえ先王の誘いだけに記憶が甦ってからもウィルフレッドは誘いを断れないでいた。
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