不機嫌な子猫

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5話

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「なぁ、あいつ何歳なんだ」

 今日も今日とてレッドに剣で挑み、さらりと全てをかわされるどころか早々にチェックメイトを食らった後に、ウィルフレッドは何とか乱れた息が整ってきたところで呟いた。

「?」

 相変わらず涼しげなレッドは無言のまま首を傾げてくる。

「あいつだ、術者クライド。知ってるか?」

 今のウィルフレッドとして十年間生きてきた訳だが、クライドを見たのはあれが初めてだった。ちなみにあれ以来、どこを探しても見つからない。普段から滅多に見かけることのない存在なのだろうか。

「……ぁあ」

 どうやらレッドは前から存在を知っているようだと今の反応で一応分かる。

「何歳なんだ」

 ウィルフレッドはまた繰り返した。レッドは困ったようにウィルフレッドを見ていたが、ハッとしたように一歩下がり頭を下げる。何だとウィルフレッドが振り返れば兄姉たちがいた。

「今日も剣術の稽古? 精が出るね」

 ルイがにっこりと微笑んでくる。その辺の者が一斉に魅了されるらしい第一王子の笑みも、ウィルフレッドにとっては忌々しさしかない。できないものに対して努力せざるを得ないところを見られ、屈辱感さえあった。それ故「非力なため、積み重ねていくしかありません」などと謙遜する気もない。

「……何用ですか」

 淡々と言えば何故かむしろ余計にニコニコと抱きつかれた。

「っ離してください兄上」

 すると一応抱擁は解いてきたものの近いまま、あろうことか大いに屈んで真剣そうな顔をルイは向けてきた。その顔を、ウィルフレッドはどこかで見たことがあるようにふと思う。

「兄上などと呼ばずに、お兄ちゃんと呼んで欲しい」

 真顔で何言ってんだこいつ。

 あまりにドン引きしたウィルフレッドはつい剣を抜いていた。するとルイもニコニコとしたまま離れ、剣を抜く。てっきり慌てるか、舐めきって近いままかと思っていたウィルフレッドはニヤリと笑った。
 
丁度いい。この流れでルイを殺し、王位継承順位を一つ上げさせてもらおう。

 そう思ったまではよかった。まるでかつての自分だと小気味良ささえ感じた。
 だがあっという間にウィルフレッドの持つ剣は空中に飛んだ。そもそもレッドの足元にも及ばないウィルフレッドが、騎士としても優秀でそろそろ若いながらに隊長になるのではと言われているルイに適うはずなどなかった。

「はぁ、楽しいねウィル! これからもたまにレッドではなくこうして俺に甘えてね」

 息一つ乱すことなくルイは楽しげに自分の剣を鞘に戻す。適う敵わないの問題ではない。歯牙にもかけないとはまさにことことだとウィルフレッドは気づいた。

 魔王だった俺が。
 俺の仇である男の子孫に──というか、待て。
 甘える?
 甘えるって何だよ……っ?

 殺してやるという殺意をむき出しにしたはずだったウィルフレッドは唖然とした顔をした。しかもレッドに対しても甘えていると思われているのかと、ますます唖然となる。

「兄さんずるいよ! そんなの俺だってウィルと遊びたい」
「そうよ。自分だけがウィルと一緒にいるとお思いなの」

 その上、今のやり取りを見ていたはずのラルフとアレクシアもがそんなことを言ってくる。そういえば気づかずとも絶えずウィルフレッドの背後にいるようなレッドは今の戦いを間近で見ていたはずだというのに剣を抜くどころか傍観していた。
 こぞって舐められている。
 ウィルフレッドはカッと顔が熱くなった。ついでに目頭まで熱くなる。その表情を見たルイとアレクシアこそ、頬を染めて競い合うようにぎゅっとウィルフレッドを抱きしめてきた。

「何て可愛いんだ」
「何て可愛いの」
「わあ、弟の泣きそうな顔見て悶えてるとか趣味悪い」

 二人を見たアルフがおかしげに笑ってきた。ウィルフレッドからすれば上二人も大概だがそれに対して笑ってくるラルフも大概許し難い。ジロリとラルフを睨むも、ニコニコとした笑みを返されつつ近づいてきて耳打ちされた。

「兄さんも姉さんも怖いよね! 後でこっそり俺が楽しいところ連れてってあげる」

 楽しいところがどこなのかはウィルフレッドにもすぐに分かった。何度か連れて行かれそうになっては足の速くないウィルフレッドがまず見つかってしまい失敗ばかりしている、城の外だ。ラルフも見つかってばかりだった筈だが、最近は上手く抜け出せる確率のほうが高くなっているらしい。
 ウィルフレッドとしてはラルフのように城下町が楽しいと考えたことはないながらも、もしこの国を乗っ取るのだとしたら街の様子も把握しておいたほうがいいだろうと何度か連れられるがままだったのだが、今のところウィルフレッドが一緒だと抜け出しは成功していない。
 その後ようやく兄姉から距離を取ることには成功したウィルフレッドは、またもや息を乱しながらも遠い昔とさえ思えそうな勢いだがつい先ほどレッドにしていた質問を兄姉へ向けてみた。

「術者クライドは何歳なんですか」
「あー。そういえば俺、おじい様が子どもの頃もあの外見だったって聞いたことある」

 ラルフの言葉にウィルフレッドは内心「それはそうだろう。むしろ三百年前もあの外見だった」とこっそり答えた。

「クライドは相当強い魔力を持ってるし、そういった術者は外見も変えることが出来るらしいよ。だから見た目で年齢は分からないだろうね。俺は少なくとも三百歳はいってると耳にしたことがあるな」

 ルイがニコニコと言ってきた。兄姉の中で一番何でも知っていそうなルイですらそれくらいしか分からないかとウィルフレッドはこっそり落胆する。三百年前にもあの姿だったのだ。本当に本人なら少なくとも三百歳どころの話ではない気がする。

「羨ましいわよね。私もその力が使えるならずっと若くしていられるのに」

 実際羨ましげにため息を吐きながらアレクシアは頷いた。
 人間ごときがそんなまやかしで外見を見繕っても仕方がないだろうと思った後で、自分も今やその人間だったとウィルフレッドは思い出す。それとともに、少ししか言葉を交わしていないながらにクライドは外見だけ若作りしているようには思えなかった。確かに若さ溢れるという言葉は間違いなく似合わないが、中身が衰えているようにも思えない。

 ……あいつほんと人間なのか?

 というか、自分以外はクライドを今までに少なくとも見たことがあるのだと気づく。改めて自分はどれだけぼんやり生きてきたのだろうか。
 黙って考えていると「そろそろお戻りになって汗を流さないと風邪をひいてしまいます」とレッドに言われた。
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