不機嫌な子猫

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6話

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 クライドを目の当たりにしたことで、また一つ思い出したことがある。
 自分なりの自主トレを終え、ふらふらと魔王の頃と違ってすぐに疲れる体を石造りのベンチで休めているところに向こうから声が聞こえてきた。ウィルフレッドはただでさえ小さな虹彩、瞳孔をすぼめるように目を細め、複雑な顔を少し離れたところで部下だろうか、何人かの者と話している相手へ向ける。この間からどうにも昔見たことのある顔だと、違和感を覚えていたが分かった。
 ルイ・スヴィルク。
 このケルエイダ王国の第一王子にしてウィルフレッドの一番上の兄だ。いずれ父親である現王の跡を継ぎ、ルイ・スヴィルク・ケルエイダと名乗ることになる。ルイ以外はウィルフレッドもだがケルエイダは名乗れない。ウィルフレッドは永遠にウィルフレッド・スヴィルクのままだ。
 元魔王であるウィルフレッドを差し置いてこの国を支配するのかと考えると羨まし、いや、苛立たしいし許しがたいが、思い出したことを思うとなおさら複雑だった。
 ルイは父親似だ。ちなみに姉であるアレクシアも父親似ではあるが、ルイはしかし他にもっと似ている者がいた。
 最後に見たのが自分を封じ込めた術者、クライドだったからだろうか。あれほど忘れもしないやつの一人だと思っていたがむしろクライドを見るまで顔つきを忘れていたらしい。特徴的な髪と目の色だけは覚えていたのだが。
 ルイス。
 魔王だった自分を倒しに来た勇者であり、当時この国の第二王子だった男。
 そしてルイはこのルイスにとてつもなくよく似ていることに気づいた。当時ルイスが何歳だったのかは知る由もないが、おそらく成人はしていただろう。十歳のウィルフレッドと違って十七歳であり成人しているルイはまるでルイスそのものといった顔をしている。
 こんなことがあっていいのか。
 生まれ変わったら目も当てられないほど見た目も中身も平凡というだけでなく、自分を封じ込めた術者そのものがいる。その上、一緒にやって来た勇者のそれこそ生まれ変わりかというくらい顔がそっくりの、子孫。
 俺が何をしたとウィルフレッドは思った後で「そりゃ悪徳の限りを尽くしてやったがな」と口元を歪ませる。とはいえ、生まれ変わったこのウィルフレッドとしては何もしていない。というかしたくとも出来ない。

 これが人間でいう因果応報というやつなのか。
 冗談ではない。

 そう思って、ルイが油断している隙に何度か剣を向けたり、地味さ極まりないが紐を使って絞め殺そうと企んだり、挙げ句せめて足を引っかけて転ばそうとしたが、どれ一つとして成功しなかった。すぐに気づいてきたルイはむしろ毎回キラキラとした笑顔で嬉しそうに対応してきた上にいつもウィルフレッドを抱き上げてくる。そして「何て可愛いんだ」「いつだって遊んであげるからね」などと検討違いのことを言い、ウィルフレッドを抱いたままくるくる回ったりしてくる。ある意味半端ない反撃だ。
 複雑な顔で見てしまうのも無理はないとウィルフレッドはぼんやり思った。

「ウィル! そんなところで何をしているんだい」

 何人かと話していたルイがたまたまこちらに目を向けたとたんにウィルフレッドの存在に気づいたようだ。何かをまた周りに告げた後、またもやキラキラとした笑顔になって近づいてきた。

 来んなよ……呼んでねーよ……!

「ウィル」
「……別に何もしていません。兄上はどうぞお仕事の続きをなさってください」
「何ていい子なんだ。可愛い」

 いい子でも何でもねーよ、放っておいて欲しいから言ってんだよ。

「いい子ではありませんし、放っておいてください」
「どうしたんだい、具合がよくないのかい?」
「何でもないです」
「でもぐったりしてそうだよ」
「先ほどまで体を動かしていたからです」
「そうか。偉いねウィル」

 ルイは優しげな笑みを向けてきながらまた抱き上げてきた。

「おろしてください!」
「でもほら、こんなに手足もぶらんとしてるよ。あまり無理はしたら駄目だよウィル」

 これでも魔王の頃を思えばお遊戯程度にもならないんだよ!

「無茶をしても身につかないからね」
「……そ、そうなんですか?」

 無理は駄目なのかと、記憶が甦るまでは全く運動をしてこなかったウィルフレッドは改めて人間の体を忌々しく思った。

「うん。とりあえずちゃんと体は休めようね」

 ニコニコとしながらルイが歩き出す。

「どこ行くんです」
「お兄ちゃんと一緒にお昼寝しよう」
「しません! おろしてください!」

 手足をばたつかせようにも、言われた通りぐったりとして動かない。

 くそ……加減が必要だったか。

 忌々しいことにルイの言う通りらしい。次からはこのなまくらな体に合わせてもっとペースダウンするしかないようだとウィルフレッドも思い知る。
実際疲れている上に、ルイがウィルフレッドを抱き上げたまま歩くため、いい具合に体が揺れる。
 いつの間にか抱かれたまま眠ってしまっていたらしい。気づけばルイの部屋の広いベッドだった。本当に一緒に眠ったのか口だけだったのか、ウィルフレッドが起きた時にはルイはいなかった。ルイの召使の一人に聞けば仕事をしに出ていったとのこと。

「ウィルフレッド様はゆっくり過ごされるようにとのことです」
「こんなとこで過ごすかよ」
「え?」
「何でもない。俺は戻る」
「かしこまりました」
「……」
「……」
「……おい」
「いかがなされましたか?」
「別に俺は知ってはいる。知ってはいるけどな、俺の部屋まで案内をするのだ」
「……も、もちろんでございます」

 ルイの部屋などウィルフレッドは初めて来たのだ。ただでさえ広い城である。正直なところ迷わず戻れる気がしない。だがそう口にするのは忌々しいので偉そうに言ったのだが、ルイの召使はぽかんとした後に何故か表情を崩してきた。

「しかしご安心ください。ちゃんと部屋の外にはウィルフレッド様の側近であるレッドが控えておられます」

 やっぱりいるのかよ……!

「べ、別に安心などしない。だが分かった。その、世話をかけたな」
「とんでもございません」

 相手はにっこりと笑みを浮かべてきた。
 ところで、ルイに顔を埋めて眠る様を「見て見て、可愛い過ぎない?」などと言いながら誰かに出会うたびに見せびらかされていたことをウィルフレッドは知らない。
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