不機嫌な子猫

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27話

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 今は時期ではないが、この国では年末にあるモーティナ復活祭や聖モナの日にルイが避けたくてたまらない存在が登場してくる。
 そいつは森や古い農家に住んでおり、姿を現す時はヤギに乗ってやってくるのだ。もうそれだけで嫌だとルイは思う。
 妖精などという名称はその存在に相応しくない。意地悪で悪戯好きの妖怪と言ったほうが似つかわしい。白く長い顎髭を蓄えており、暗闇で光る眼、尖った耳を持ち、赤い帽子に灰色や紺色のボロボロの服を見につけている。おまけに人間のような形態をしておきながら手の指は四本しかない。そして長い顎鬚の持ち主のくせに背丈は小さな子どもくらいしかない。
 もちろん悪いことばかりではない。その存在は基本的には働き者である。人間が寝静まっている夜、彼らは農家で馬の世話をしたり家を守ったりしてくれている。火事になってもその存在が火を消してくれるのだという。ここだけを聞けば容姿が酷かろうが別にルイも幼少の頃に聞いたその存在をただ「凄く偉いなあ」くらいしか思わなかっただろう。
 だが彼らの機嫌を少しでも損ねてしまったら終わりだ。納屋にあるものすべてを盗んでその農家を出ていってしまう。守られていた存在がいなくなり、その農家は不幸に見舞われる。また、家畜や子どもを大事にしない農夫や親を棒や何やらで滅多打ちに殴る。
 大人になってから聞けばそれはそれで「自業自得だろう」くらいしか思わなかったかもしれないが、とても小さな子どもの頃にそれも威厳ある老王、要は祖父からそれはそれは気持ちを込めて語って聞かせられたのだ。おまけにその妖精の小さな人形をプレゼントされた。ただでさえ妖精は実在する存在の可能性が高いというのに、もはやトラウマでしかない。
 それ以来、その人形に関わらず小さな人形を見ればつい子どもの頃の気持ちを思い出し顔を背けたくなる。同じく別の妖精を象ったものでもトロルの人形は小さくなければだが、むしろあの気持ちの悪い容姿が可愛く見えてくるくらいだというのにと微妙な気持ちになる。同じように手の指は四本らしいトロルは年寄りのようなしわくちゃの顔にかなり伸びた鼻が特徴だ。日光を浴びれば岩になってしまうとも聞く。他国によれば邪悪な存在として語られたりもしているらしいが、子ども時代が脅かされなければ結果オーライだとルイは思っている。またルイが苦手としている妖精と仲間であるとの見解もあるが、認めない。
 年末のモーティナ復活祭そして聖モナの日は神の子とされていたモナが死した後復活したことを祝う日々だ。その際に、昔の国民は家や自分たちを守ってくれる存在の機嫌を損ねないよう、特に感謝の気持ちを示す日としても祝った。その妖精へ可能な限りのご馳走を並べておくのだ。中でもミルク粥はそれが好きな妖精に必ず作られていたようで、この国では聖モナの日には王の食卓にすらミルク粥が並んだ。甘くて優しい味は他の子どもたちはどうやら大好きらしいが、ルイは今も昔もミルク粥が好きでない。ウィルフレッドはブルーベリースープが好きではないようで、理由は違えども何となく気持ちが分かるルイとしてはいくら早く風邪を治して欲しくてもブルーベリースープを用意させるに忍びなかったくらいだ。
 もちろん、ルイも聖モナの日が含まれるモーティナ復活祭は好きだ。好きだけに余計疎ましいというのだろうか。否応なしにその存在を何度も目の当たりにするこの国がいつか変わりますようにと、次期王としての立場は抜きにして個人的には願っている。だというのに他国では最近、解釈が歪んで伝わっているのかその妖精は聖モナの日にご馳走をプレゼントされる身ではなくむしろ子どもたちにプレゼントを配り歩く老人だと認識されているらしい。しかもヤギに乗るのではなくトナカイに乗っていると聞く。信じられないことだ。それならそれでいつか不法侵入の罪で捕まってしまえと願わずにはいられない。
 何故時期でもないのにそんなことを走馬灯のように頭の中で巡らせているかというと、どうやらルイがウィルフレッドを涙目にさせてしまったというのが発端だ。
 もちろん泣かせてなどいない。正直な話涙を浮かべるウィルフレッドはとても可愛らしいと思うし好きだが、だからといって大切で大事な弟をルイが泣かせるはずもない。
 ただ、ブルーベリースープの話にたまたまなった際についルイも「ミルク粥は俺もあまり好きではなくてね」という話になり、そこから流れでその恐るべき妖精の話へとなっただけだ。ただどうやら個人的感情のせいか、ルイが小さな人形が苦手だとは言っていないものの子どもの頃に祖父から聞かされた以上におどろおどろしい言い方になってしまったのかもしれない。気づけばウィルフレッドが顔色を青くして涙目になっていた。
 ウィルフレッド自身は可愛いことに絶対認めないが、本人がお化けの類を怖がっていることは兄弟の間では常識だ。子どもの頃だけでなく今も苦手らしく、本人はさりげなく避けているつもりらしいが、申し訳ないことにルイたちにはバレバレだった。
 しまった、こういった類も得意ではなかったかと内心焦っていると背後から「……泣かせたわね」という今一番聞きたくなかった声が聞こえてきた。日頃から怒らせないようあれほど気をつけていたというのに、とルイは顔が引きつりそうになる。
 唯一、自分の弱点を知る妹──

「お、俺は泣いてなどおりません」

 いつものようにウィルフレッドが否定する。この時ばかりはルイも「いいぞウィル!」と全力で思った。

「まぁ、ウィル。お兄様など庇わなくていいのよ」
「庇ってなどおりません! そもそも俺は泣いていませんので」

 ああでもそこは否定ではなく肯定してくれたらお兄ちゃん嬉しかったなあ……。

「可愛いウィル、いらっしゃい。とっておきのパックを取り寄せてあるの。これであなたのお肌はただでさえ艶々なのに天使のようなお肌になることよ」
「天使はご遠慮願い……」
「いいから早く」

 アレクシアがニコニコとウィルフレッドの手を引いてここから立ち去ろうとしている。その際にちらりとルイを見てきた。
 その目が「後で覚えておきなさい、お兄様」としか語っておらず、ルイは笑顔のまま、走馬灯のようにモーティナ復活祭などが頭の中を侵してきたというわけだ。
 とりあえず暫くは書斎にこもり、あまり好きではない書類仕事に没頭しようとルイは心の底から誓った。
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