不機嫌な子猫

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26話

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「熱、まだあるねー」

 横になったままでいると、ラルフが額をこつんとウィルフレッドの額に押し当ててきた。これもレッドの介護同様、子ども扱いというよりは身内の病人に対する動作という感じがして大人しく黙って受け入れていた。

「お。暴れないの?」
「そんな気力などないですし」
「そっかぁ……」
「兄上がこれ以上に子ども扱いなどしてくるのなら暴れます」
「ふーん。じゃあ大人扱いならいいの?」
「は?」
「風邪、人にうつすと早く治るって言うでしょ」
「何を……」

 何を言っているのか実際分からなかったが、言いかけているところで否応なしに理解した。ラルフはニコニコとしたまま覆い被さるようにしてウィルフレッドの唇を自分のそれで塞いできたからだ。
 正直戸惑った。
 人間はこうやって人に風邪をうつすものだったかと考えた。だが確か人にうつすものという設定ではなかったはずだ。
 赤子の時に虚弱だったからか、ウィルフレッドはむしろ幼少期に風邪を引いたことがなかったと思う。それだけ周りが注意を払っていたのだろう。完全に放置されているものと思っていたが違うのかもしれない。また、風邪など引いたこともないのにレッドがことあるごとに「風邪を引きます」などと言って汗をかいたウィルフレッドを風呂へ入れたりしていたのもそれかもしれない。もう成人し体質も安定したであろうウィルフレッドが抜く代わりに雨に打たれる選択をしたことに対してしつこい上に微妙におかしな反応をしてきたのもこのせいなのだろうか。
 ともかく、風邪は人にうつすものではなかったはずだ。
 考え事をしている最中にぬるりと入ってきた舌にハッとなり、ウィルフレッドはラルフの体を押した。

「何を考えているのです」

 抵抗を見せるとすんなり退いたラルフを睨みながら聞くと「可愛いウィルのことだよ」とニコニコ返ってくる。

「やはり子ども扱いですか。風邪は人にうつすものではないと俺、知ってますよ」

 ムッとして言えば、一瞬ポカンとした後に何故か笑われた。

「何を笑っているのです」
「可愛いなぁって」
「まともに答える気はないのですか」

 俺が魔王だった頃なら貴様は兄と言えどもその態度で今頃焦土と化しているからな。

「ちゃんと答えてるよ? それに風邪をうつされるの、俺も他の人ならヤだけどウィルなら歓迎。だから俺にうつしなよ」

 ね、っとニコニコしたままラルフがまた顔を近づけてくる。だがウィルフレッドが手で押し退けようとする前に、戻ってきたレッドが軽々とラルフを抱えるようにしてウィルフレッドから離してきた。

「ラルフ王子……何をなさっているのです」

 あ、こういう顔魔界で見たかも。

 レッドの表情に思わずそんなことを思った。ラルフはといえば特に焦った様子もなく「レッド怖いなぁ」と楽しげだ。

「悪ふざけも大概になさってください」
「別にふざけてないのに」
「では弟相手に何なさってんですか」
「別に子どもが出来るようなことはしてないよ」

 レッド相手にポンポンと気軽に言い返しているラルフをある意味尊敬しそうになりながらも、ウィルフレッドは「兄上そろそろ帰ってください」と呆れた声を出した。

「冷たいなぁ。それにしてもウィル、俺に思い切りキスされたのにその辺の反応うっすいね!」
「この間も地下牢でしてきたでしょうが」
「その時よりも濃いのしたでしょ。だいたい前も反応薄いなぁとは思ったけどね。抱っこしたりだと凄く色んな反応見せてくれるのに」
「……まさかそんな馬鹿げたことのためにキスしてるので?」
「まさか! したいからしてるだけだよ」

 相変わらずニコニコとしているラルフもルイ同様中々に何を考えているのか分からない。微妙な顔をしているとラルフがまた近づいてきた。レッドもさすがに王子であるラルフをずっと拘束する訳にはいかないのだろう。

「でも風邪でしんどいのに余計疲れさせちゃダメだね。ごめんね、ウィル」

 殊勝な様子を見せながら、ラルフは小さな何か粒のようなものをいくつか差し出してきた。

「……何ですか」
「あのね、クライドにお願いして、薬をとある方法で包んだものを魔法で作ってもらったんだ。大丈夫、これは体の中で溶ける、至って害のない素材だよ。これで薬、飲みやすくなるでしょ」

 何だそれは画期的過ぎるだろうが……!

「そんなものがあるのですか……」
「あるというか俺が考えただけだけどねー」
「兄上が? ではこれが市場に行き渡ったら凄い成功を」
「あーだめだめ。クライドだから作れるんであって今の世間の技術じゃ無理じゃないかなあ」
「そんなものをよくあの男が作ってくれましたね……どう頼んだんですか」

 ウィルフレッドがお願いしても絶対に「そんな面倒なことはしない」と返ってきそうだ。

「それは企業秘密だよ」

 ラルフはニコニコと返してきた。
 普段チャラけていて女と遊んでばかりのこの第二王子が参謀として第一王子であるルイと共に仕事をこなしている事実を、ウィルフレッドは改めて実感した。新しいものをサラリと考えるような柔軟でいてそしてクライドのような食わせ者をも使いこなす発想や対応は普段のラルフからは想像も出来ないが、それがまたそれらしいというのだろうか。
 感嘆すると同時に忌々しさを感じる。
 何故今の自分にはこういった才能が備わっていないのか。才能でなくてもいい。努力してどうとでもなるのならいくらでもする。だがこの六年間あらゆることを手掛けてみたが功を奏したことなど一度もない気がする。

「ほらほら、難しい顔してないで、これ飲んでゆっくり寝ようね。ほんとはヘビの串焼き食べてからだと更に効き目抜群だったんだけどなー」
「それは遠慮します」
「残念だなあ。じゃあ代わりに俺が口移しで飲ませてあげようね」
「それも遠慮します」
「えぇ。じゃあせめて可愛く動揺してよ」
「兄上は何でそう、普段は馬鹿なんですか……」
「でも結構油断しちゃうでしょ?」

 あはは、と笑いながら粒になった薬をウィルフレッドから奪うとそれを口に含み、ラルフは本当に口移しで飲ませてきた。先ほどよりも舌が絡んでくる上に流れてくる唾液でついコクリと飲み込んでしまった。

「ね?」
「……ラルフ王子、いい加減になさってください。帰られないようならそろそろ俺も容赦いたしません」

 思い切り呆れて何も言えないウィルフレッドに代わり、レッドが先ほどよりもさらに魔界向けといった表情で低く呪詛を吐くように告げていた。
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