不機嫌な子猫

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25話

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 翌日、文句を言う気力もなくウィルフレッドがうとうとしながら大人しく横になっていたところに、仕事の合間を縫って兄姉が部屋を訪れてきた。
 最初にやってきたのはアレクシアだった。ウィルフレッドの具合がかなりよくなったのも知っている上でブルーベリースープが好きでないのも知っているのか、軽く黒スグリをシャーベットにしたものを用意してくれていた。

「……これ、美味しいです」
「よかった。料理長も心配していたわよ。あなたが赤ちゃんだった頃のことをよく覚えているみたいで」

 おそらく貧弱だったことを言っているのだろう。

「俺は……覚えていません」
「でしょうね。私だってウィルやお母様が危ない状態だったなんて覚えてないもの」

 アレクシアは微笑むと、優しくウィルフレッドを抱きしめてから出て行った。
 その後ラルフも来たらしいが丁度ウィルフレッドが眠っている間だったらしく「また来るよ」と一旦帰っていったらしい。

「別に来なくていいが……」

 教えてくれたレッドに呟いたが、レッドは特に反応することもなくウィルフレッドの体を起こしにかかってきた。

「頭痛はどうです」
「ない」
「寒気は?」
「ない。むしろ汗かいた」
「いいことです。だがそのままはよくありませんし、着替えましょう」

 まだ熱はあるようでぼんやりとしているウィルフレッドのシャツボタンに手をかけると、レッドはそれらを外していく。たくさんかいた汗のせいで湿っているそれを脱がせると、まだホカホカと温かいタオルでウィルフレッドの体を拭いてきた。
 抱き上げられたりなどは断固として拒否するが、こういったことは普通に仕える者の世話の一環だとウィルフレッドも捉えられるので、抵抗することなくされるがままだった。それにすっきりして気持ちがいい。
 そこへノックがして「ウィル。昨日と比べてずいぶんよくなったとは聞いているが、具合はどうだい」とルイが入ってきた。

「兄上。ずいぶんいいです」
「え、レッド何してるの? ウィルにはまだ早いだろう?」
「は?」

 こいつは何を言っているのだと、ぼんやりしている頭で考える。その前にレッドが淡々と答えていた。

「汗をかかれているので着替えのついでにお体を拭いてます」
「何だそっか。てっきり何かの営みかと」

 何かの営み……。

「……、……はぁ? 兄上の頭は大丈夫なのか」
「ひどいなぁ。勘がいいだけだよ。ねえ、レッド?」
「……さあ」

 介護されているところを見て、一体何をどうすれば営みに見えるというのか。怒る元気もないウィルフレッドはただ呆れたようにルイを見た。
 ちなみにルイはチキンとローズマリーのスープを用意させていたようで、それをニコニコとレッドに渡してきた。

「午前中、姉上が黒スグリのシャーベットを持ってきてくれました」
「美味しかった?」
「はい」
「これも美味しいよ。それに栄養もある。ウィルがまだまだ酷そうなら体にもっと優しいブルーベリースープを用意させてたんだけどね。とりあえずお昼ご飯にこれ飲んで、ゆっくり休みなね」

 優しく言うと、ルイはウィルフレッドの額にキスをしてから仕事へと戻って行った。
 アレクシアからの抱擁もだが、魔王だった記憶が鮮明なだけにそういった愛情表現は調子が狂う。いっそ無理やり犯し犯されでもするほうがまだ分かりやすい。おまけにルイはあの忌まわしい勇者、ルイスそのものといった顔をしているだけに余計複雑だ。一応生まれ変わったウィルフレッドとしての感覚もあるため、ルイが兄だという認識はこれでもちゃんとある。隙あらば殺そうと試みてことごとく失敗しているが、兄として憎からず思う部分もウィルフレッドの中には存在している。だからこそなおさら調子が狂うのかもしれない。

「照れていないでスープを飲んでください。薬を飲まないとなので」
「照れてなどおらん! って、まだ薬を飲むのか……? 朝も飲んだだろうが」
「治るまで飲みますが」
「も、もう治った」
「つまらない嘘を吐かれるようでしたら術者殿に頼んで直接王子にもっときつい薬を宛がうようにさせますが」
「貴様が悪魔か……!」

 思わず涙目になって睨み上げると、レッドは思い切りため息を吐いた後に顔を背けてきた。ウィルフレッドがよほど情けない様子だったか腹立たしい様子だったのだろう。自分の側近ごときに情けないと思われるのは屈辱でしかない。

 ……苦く不味いが、幽霊を見るよりましだ。耐えられる。

 自分の中で言い聞かせると、ウィルフレッドはまずスープを口にした。昨日に比べ食欲も戻ってきているのもあって美味い。だがこの後にあの薬が待っているのかと思うとテンションは上がらなかった。
 薬の後は午前中同様レッドが口直しにアイスクリームを用意してくれていたので結局何とか堪えられた。その後またうとうとと眠ったり起きたりを繰り返しているとラルフが入ってきた。

「よかった、ウィル起きてた」
「……眠ったり目を覚ましたりです」
「その度に回復してるんだよ。でも体力も落ちてるだろうね。ヘビの串焼きを持ってきたからこれできっと元気になるよ」
「気持ち的にむしろ元気がなくなりそうなので遠慮させてください」
「大丈夫、こってりとかしてないよ。白身魚っぽいヤモリよりもさらに凄く淡泊な味だから病気でもいけるし、滋養強壮にもいいから」

 ニコニコと言ってくるラルフに「そういうことじゃねえ」とばかりにウィルフレッドは睨みつける。

「いりません」
「……ラルフ王子。病人相手に無理やりは止めてください」
「無理やりじゃないよー。治って欲しいからこそなのに。じゃあレッドにあげる。レッドは健康だから変なとこが元気になるかもだけど」
「余計なお世話でしかないです」

 レッドは呆れたような顔をしながらもとりあえずラルフから串焼きを受け取った。そしてウィルフレッドの汗で濡れたシャツとともに持ち、部屋から出ていった。
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