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34話
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国璽尚書の仕事をするようになってからは少し減ったが、それでも祖父母とはよくフィーカの時間を共に過ごしている。祖母似だと改めて再確認してからウィルフレッドは何気に祖母をよく観察するようになったが、今のところ参考になるようなものは得られていない。祖母はひたすら穏やかで妖精のように笑う人だ。
「ウィルフレッドは食べることがお好きね」
紅茶などと共に用意された菓子を堪能していると、優しい声で言われた。
当然だ。ただし上等な美味いものに限るがな。俺は魔王の時代から美食家として通っていたからな。
「はい。美味しいものは好きです」
「私も。そういうところも似ているのねえ」
楽しげに少女のように笑う祖母を思わずほんわかとした気分で見た後にウィルフレッドは我に返った。
この自分がこんな雰囲気に飲み込まれるはずがないだろうと、ぶんぶんと首を振る。
「あら、どうかして?」
「いえ。おばあ様は美味しいもの、お好きなのですか」
「もちろん」
別に年寄り相手に媚びなど売る必要はない。かつて王と王妃だったとはいえ、今は国を動かす権限を放棄している。歯牙にもかけない相手だ。
「……ではたまには……そうですね、明日のフィーカは俺がお二人を招待します。フィーカというよりは小さなパーティーでしょうか。茶菓子ではなくちょっとした軽い料理と酒も出しましょう」
「まぁ」
「俺が作ります」
「ウィルフレッドが? 何て素敵なの。喜んでお伺いします。ね、あなた」
「ああ。楽しみだなあ」
歯牙にもかけない相手だが、否応なしにでありながらも誘われたフィーカではいつも美味い菓子を用意してくれて……いや、そうではなく、未だに影響力のある二人だからな、とウィルフレッドは内心自分に言い聞かせた。
自分の部屋へ戻るとウィルフレッドは早速レッドを呼びつけた。
「はい」
「今から言う材料を揃えろ」
「明日、あのお二人をご招待されるんでしたね」
「……っまだ貴様には説明していないだろうが!」
「先ほどいつものように離れたところでお茶を頂きながら王子のお話は聞いていました」
さらりと言ってくるが、本当に離れているしウィルフレッドは大声など出していない。
こいつの能力どうなってんだよ……?
クライドといいこのレッドといい、どこか人間離れした能力を持つものがこの国にはごろごろ転がってるのか、と少し飛躍した考えを巡らせた後でウィルフレッドは気を取り直した。
「その通り、明日招待した。この俺が作るのだ、厨房にも一時空けるよう連絡しろ」
「御意」
頷いた後に、だがレッドはじっとウィルフレッドを見てきた。
「何だ」
「今まで料理などなさったことがないでしょう。大丈夫なのですか」
料理が力仕事とか、魔力が必要とかなら無理だっただろう。だが慣れとコツさえ覚えていれば問題ない。魔王時代のウィルフレッドは気分転換やストレス解消法が料理だった。得意中の得意だ。今でも舌は肥えているので一口か二口食べればだいたいの料理の材料や作り方は把握出来るくらいだ。
それでも今のウィルフレッドになってから料理をしなかったのはある意味それどころではなかったからだ。何もかも兼ね備えた魔王と違い、むしろ何もかも持っていないウィルフレッドは他にやることだらけだった。必要に駆られている訳でもない優雅に楽しむ手料理などに時間を割いている暇などなかった。
……だから今後も魔王だった頃のように趣味にするつもりはないが、まぁ今回は特別だ。
「俺を誰だと思っている。美食家の第三王子、ウィルフレッド・スヴィルクだぞ」
ウィルフレッドは大丈夫かと聞いてきたレッドにニヤリと笑った。
翌日、さすがに使用したことのない調理場だけに置いてある場所や使い方などだけは料理人に確認し、ウィルフレッドは一人で料理を始めた。
最初は腕を振るってコース料理にしようかと思ったが、そういった趣旨のパーティーではない気がしたし気軽につまみやすいものがいいだろうとヴァイキング形式のスモーガスボードにした。
サーモンプディングにピッティパンナ。魚介のクリームスープにハッセルバックポテト、それにポテトグラタン。安定のショットブラールも作った。ポテト率が高めなのはこの国の料理だけに仕方がない。塩漬けや燻製ものも多いが、ベリーや乳製品、パンにジャガイモは料理にとても使われる。
デザートにはハッロングロットルとセムラにした。季節感は無視だ。
これらの料理は、二人とも大いに楽しんでくれたし、美味しいとも言ってくれた。
「ウィルフレッドは料理の天才ね。王子でなければ料理人として相当の成功をしていましたよ」
「ありがとうございます、おばあ様。でも大げさですよ」
「いやいや、これらを一人で作ったのだろう? 味も見た目も宮廷料理人にひけをとらん」
そうだろう、そうだろう。
もっとこの俺を褒めるがいい。
ウィルフレッドとして生まれてからは初めて作っただけに、いくら染み付くように覚えていても体がついていかず、何度か包丁で怪我をしたのは自分だけの秘密だ。と言いたいところだが悔しくもレッドも知っている。傷の手当てをしたのがそもそもレッドだ。指先をまるでキスをするかのように舐められた後に水で洗われ、術者が作ったらしい傷薬を塗られた。変わった手当てではあったが、お陰で既に手袋をしなくとも傷は目立たない。妙なやり方は多分人間に伝承される民間療法なのだろう。
「ウィルフレッドも飲みなさい」
そうこうしていると祖父がニコニコとスナップスを勧めてきた。ファンコールやアニスなどの香草で風味付けがされたこの蒸留酒のアルコール度数は確か二十から三十はあったはずだ。それなら十前後のワインのほうがまだマシだろう。
アルコールに弱いものの「弱いので」とは言いたくないウィルフレッドは「ではワインを」と祖父に笑いかけた。
「ウィルフレッドは食べることがお好きね」
紅茶などと共に用意された菓子を堪能していると、優しい声で言われた。
当然だ。ただし上等な美味いものに限るがな。俺は魔王の時代から美食家として通っていたからな。
「はい。美味しいものは好きです」
「私も。そういうところも似ているのねえ」
楽しげに少女のように笑う祖母を思わずほんわかとした気分で見た後にウィルフレッドは我に返った。
この自分がこんな雰囲気に飲み込まれるはずがないだろうと、ぶんぶんと首を振る。
「あら、どうかして?」
「いえ。おばあ様は美味しいもの、お好きなのですか」
「もちろん」
別に年寄り相手に媚びなど売る必要はない。かつて王と王妃だったとはいえ、今は国を動かす権限を放棄している。歯牙にもかけない相手だ。
「……ではたまには……そうですね、明日のフィーカは俺がお二人を招待します。フィーカというよりは小さなパーティーでしょうか。茶菓子ではなくちょっとした軽い料理と酒も出しましょう」
「まぁ」
「俺が作ります」
「ウィルフレッドが? 何て素敵なの。喜んでお伺いします。ね、あなた」
「ああ。楽しみだなあ」
歯牙にもかけない相手だが、否応なしにでありながらも誘われたフィーカではいつも美味い菓子を用意してくれて……いや、そうではなく、未だに影響力のある二人だからな、とウィルフレッドは内心自分に言い聞かせた。
自分の部屋へ戻るとウィルフレッドは早速レッドを呼びつけた。
「はい」
「今から言う材料を揃えろ」
「明日、あのお二人をご招待されるんでしたね」
「……っまだ貴様には説明していないだろうが!」
「先ほどいつものように離れたところでお茶を頂きながら王子のお話は聞いていました」
さらりと言ってくるが、本当に離れているしウィルフレッドは大声など出していない。
こいつの能力どうなってんだよ……?
クライドといいこのレッドといい、どこか人間離れした能力を持つものがこの国にはごろごろ転がってるのか、と少し飛躍した考えを巡らせた後でウィルフレッドは気を取り直した。
「その通り、明日招待した。この俺が作るのだ、厨房にも一時空けるよう連絡しろ」
「御意」
頷いた後に、だがレッドはじっとウィルフレッドを見てきた。
「何だ」
「今まで料理などなさったことがないでしょう。大丈夫なのですか」
料理が力仕事とか、魔力が必要とかなら無理だっただろう。だが慣れとコツさえ覚えていれば問題ない。魔王時代のウィルフレッドは気分転換やストレス解消法が料理だった。得意中の得意だ。今でも舌は肥えているので一口か二口食べればだいたいの料理の材料や作り方は把握出来るくらいだ。
それでも今のウィルフレッドになってから料理をしなかったのはある意味それどころではなかったからだ。何もかも兼ね備えた魔王と違い、むしろ何もかも持っていないウィルフレッドは他にやることだらけだった。必要に駆られている訳でもない優雅に楽しむ手料理などに時間を割いている暇などなかった。
……だから今後も魔王だった頃のように趣味にするつもりはないが、まぁ今回は特別だ。
「俺を誰だと思っている。美食家の第三王子、ウィルフレッド・スヴィルクだぞ」
ウィルフレッドは大丈夫かと聞いてきたレッドにニヤリと笑った。
翌日、さすがに使用したことのない調理場だけに置いてある場所や使い方などだけは料理人に確認し、ウィルフレッドは一人で料理を始めた。
最初は腕を振るってコース料理にしようかと思ったが、そういった趣旨のパーティーではない気がしたし気軽につまみやすいものがいいだろうとヴァイキング形式のスモーガスボードにした。
サーモンプディングにピッティパンナ。魚介のクリームスープにハッセルバックポテト、それにポテトグラタン。安定のショットブラールも作った。ポテト率が高めなのはこの国の料理だけに仕方がない。塩漬けや燻製ものも多いが、ベリーや乳製品、パンにジャガイモは料理にとても使われる。
デザートにはハッロングロットルとセムラにした。季節感は無視だ。
これらの料理は、二人とも大いに楽しんでくれたし、美味しいとも言ってくれた。
「ウィルフレッドは料理の天才ね。王子でなければ料理人として相当の成功をしていましたよ」
「ありがとうございます、おばあ様。でも大げさですよ」
「いやいや、これらを一人で作ったのだろう? 味も見た目も宮廷料理人にひけをとらん」
そうだろう、そうだろう。
もっとこの俺を褒めるがいい。
ウィルフレッドとして生まれてからは初めて作っただけに、いくら染み付くように覚えていても体がついていかず、何度か包丁で怪我をしたのは自分だけの秘密だ。と言いたいところだが悔しくもレッドも知っている。傷の手当てをしたのがそもそもレッドだ。指先をまるでキスをするかのように舐められた後に水で洗われ、術者が作ったらしい傷薬を塗られた。変わった手当てではあったが、お陰で既に手袋をしなくとも傷は目立たない。妙なやり方は多分人間に伝承される民間療法なのだろう。
「ウィルフレッドも飲みなさい」
そうこうしていると祖父がニコニコとスナップスを勧めてきた。ファンコールやアニスなどの香草で風味付けがされたこの蒸留酒のアルコール度数は確か二十から三十はあったはずだ。それなら十前後のワインのほうがまだマシだろう。
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