不機嫌な子猫

Guidepost

文字の大きさ
34 / 150

34話

しおりを挟む
 国璽尚書の仕事をするようになってからは少し減ったが、それでも祖父母とはよくフィーカの時間を共に過ごしている。祖母似だと改めて再確認してからウィルフレッドは何気に祖母をよく観察するようになったが、今のところ参考になるようなものは得られていない。祖母はひたすら穏やかで妖精のように笑う人だ。

「ウィルフレッドは食べることがお好きね」

 紅茶などと共に用意された菓子を堪能していると、優しい声で言われた。

 当然だ。ただし上等な美味いものに限るがな。俺は魔王の時代から美食家として通っていたからな。

「はい。美味しいものは好きです」
「私も。そういうところも似ているのねえ」

 楽しげに少女のように笑う祖母を思わずほんわかとした気分で見た後にウィルフレッドは我に返った。
 この自分がこんな雰囲気に飲み込まれるはずがないだろうと、ぶんぶんと首を振る。

「あら、どうかして?」
「いえ。おばあ様は美味しいもの、お好きなのですか」
「もちろん」

 別に年寄り相手に媚びなど売る必要はない。かつて王と王妃だったとはいえ、今は国を動かす権限を放棄している。歯牙にもかけない相手だ。

「……ではたまには……そうですね、明日のフィーカは俺がお二人を招待します。フィーカというよりは小さなパーティーでしょうか。茶菓子ではなくちょっとした軽い料理と酒も出しましょう」
「まぁ」
「俺が作ります」
「ウィルフレッドが? 何て素敵なの。喜んでお伺いします。ね、あなた」
「ああ。楽しみだなあ」

 歯牙にもかけない相手だが、否応なしにでありながらも誘われたフィーカではいつも美味い菓子を用意してくれて……いや、そうではなく、未だに影響力のある二人だからな、とウィルフレッドは内心自分に言い聞かせた。
 自分の部屋へ戻るとウィルフレッドは早速レッドを呼びつけた。

「はい」
「今から言う材料を揃えろ」
「明日、あのお二人をご招待されるんでしたね」
「……っまだ貴様には説明していないだろうが!」
「先ほどいつものように離れたところでお茶を頂きながら王子のお話は聞いていました」

 さらりと言ってくるが、本当に離れているしウィルフレッドは大声など出していない。

 こいつの能力どうなってんだよ……?

 クライドといいこのレッドといい、どこか人間離れした能力を持つものがこの国にはごろごろ転がってるのか、と少し飛躍した考えを巡らせた後でウィルフレッドは気を取り直した。

「その通り、明日招待した。この俺が作るのだ、厨房にも一時空けるよう連絡しろ」
「御意」

 頷いた後に、だがレッドはじっとウィルフレッドを見てきた。

「何だ」
「今まで料理などなさったことがないでしょう。大丈夫なのですか」

 料理が力仕事とか、魔力が必要とかなら無理だっただろう。だが慣れとコツさえ覚えていれば問題ない。魔王時代のウィルフレッドは気分転換やストレス解消法が料理だった。得意中の得意だ。今でも舌は肥えているので一口か二口食べればだいたいの料理の材料や作り方は把握出来るくらいだ。
 それでも今のウィルフレッドになってから料理をしなかったのはある意味それどころではなかったからだ。何もかも兼ね備えた魔王と違い、むしろ何もかも持っていないウィルフレッドは他にやることだらけだった。必要に駆られている訳でもない優雅に楽しむ手料理などに時間を割いている暇などなかった。

 ……だから今後も魔王だった頃のように趣味にするつもりはないが、まぁ今回は特別だ。

「俺を誰だと思っている。美食家の第三王子、ウィルフレッド・スヴィルクだぞ」

 ウィルフレッドは大丈夫かと聞いてきたレッドにニヤリと笑った。
 翌日、さすがに使用したことのない調理場だけに置いてある場所や使い方などだけは料理人に確認し、ウィルフレッドは一人で料理を始めた。
 最初は腕を振るってコース料理にしようかと思ったが、そういった趣旨のパーティーではない気がしたし気軽につまみやすいものがいいだろうとヴァイキング形式のスモーガスボードにした。
サーモンプディングにピッティパンナ。魚介のクリームスープにハッセルバックポテト、それにポテトグラタン。安定のショットブラールも作った。ポテト率が高めなのはこの国の料理だけに仕方がない。塩漬けや燻製ものも多いが、ベリーや乳製品、パンにジャガイモは料理にとても使われる。
 デザートにはハッロングロットルとセムラにした。季節感は無視だ。
 これらの料理は、二人とも大いに楽しんでくれたし、美味しいとも言ってくれた。

「ウィルフレッドは料理の天才ね。王子でなければ料理人として相当の成功をしていましたよ」
「ありがとうございます、おばあ様。でも大げさですよ」
「いやいや、これらを一人で作ったのだろう? 味も見た目も宮廷料理人にひけをとらん」

 そうだろう、そうだろう。
 もっとこの俺を褒めるがいい。
 ウィルフレッドとして生まれてからは初めて作っただけに、いくら染み付くように覚えていても体がついていかず、何度か包丁で怪我をしたのは自分だけの秘密だ。と言いたいところだが悔しくもレッドも知っている。傷の手当てをしたのがそもそもレッドだ。指先をまるでキスをするかのように舐められた後に水で洗われ、術者が作ったらしい傷薬を塗られた。変わった手当てではあったが、お陰で既に手袋をしなくとも傷は目立たない。妙なやり方は多分人間に伝承される民間療法なのだろう。

「ウィルフレッドも飲みなさい」

 そうこうしていると祖父がニコニコとスナップスを勧めてきた。ファンコールやアニスなどの香草で風味付けがされたこの蒸留酒のアルコール度数は確か二十から三十はあったはずだ。それなら十前後のワインのほうがまだマシだろう。
 アルコールに弱いものの「弱いので」とは言いたくないウィルフレッドは「ではワインを」と祖父に笑いかけた。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  ゆるゆ
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが、びっくりして憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! ノィユとヴィルの動画を作ってみました!(笑)  インスタ @yuruyu0   Youtube @BL小説動画 です!  プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったらお話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです! ヴィル×ノィユのお話です。 本編完結しました! 『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編、完結しました! 時々おまけのお話を更新するかもです。 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした

リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。  仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!  原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!  だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。 「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」  死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?  原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に! 見どころ ・転生 ・主従  ・推しである原作悪役に溺愛される ・前世の経験と知識を活かす ・政治的な駆け引きとバトル要素(少し) ・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程) ・黒猫もふもふ 番外編では。 ・もふもふ獣人化 ・切ない裏側 ・少年時代 などなど 最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結、恋愛ルート、トマといっしょに里帰り編、完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

処理中です...