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35話
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そもそも昔はいくら飲んでも変わらなかった。
ウィルフレッドは忌々しく思う。
どんな種類だろうが、どれほどの量だろうが、ある意味味のついた水のようにいくらでも飲めた。度数を気にしたことなども全くなかった。
それがどうだ。
スナップスの度数を気にしてワインを選び、それも飲み過ぎないよう気にしながら料理の合間に口に運ぶ。こんなことってあるか、とこっそり歯を食いしばった。
まだ体が子どもの頃は人間という存在に合わせて酒は一切口にしなかった。だがこうして体も成人し、酒を飲んでも咎められる状態ではなくなったというのにウィルフレッドはそれを楽しめない。
成人してからの社交界デビュー前に自室で一度、リンゴを発酵させた度数の軽い酒でまず慣らそうとしたのだが、それすら軽率に酔ったのだ。一気にごくりと飲んでしまったからかもしれないが、どうやらふらふらになり忌々しくもレッドに介抱された。水が入ったグラスを差し出しながらため息を吐いていた側近のことは未だに恨みがましく思いつつ、そんな主である自分が何よりも忌々しい。それ以来、人前で醜態を晒すくらいならと極力アルコールは口にしないようにしていた。
作った料理は我ながら美味い。そしてワインがまた料理に合う。水やベリージュースなどでは得られない、料理との相乗効果を間違いなく感じる。
だというのにそれに集中出来ないどころか、料理の味すらぼんやりとしてくるのだ。先ほどまではちびちびと飲みながらもお互いの味が高め合う良さを感じていたはずだというのに、おかしなことに何を食べても美味いのだが味が分からない。
「あなたが勧めるから……ウィルフレッドは意地っ張りな上に優しい子ですし断れなかったんですよ」
「しかしワインもさほど飲んではおらんだろう」
「誰もがあなたほど飲めるんじゃないのですよ」
「む……。しかし悪いことをしたな。レッド。レッド来てくれ」
二人が何か話しているのは聞こえているつもりだったが、何を言っているのかが、脳に入ってこない。そのうち耳にまで入ってこなくなった。
その後にまるで魔法が使えるようになったかのように自分の体がふわふわと浮いた感じがした。
何て心地がいいのだろうと思う。ふわふわ浮いているというのに絶対に落ちるはずがないという安定感もある。もしかしたら魔王としての力がよみがえったのかもしれない。そう思うと自然に口元が綻んだ。すると一旦ふわふわするのが止まったが、またすぐに動き出す。
ずっとこの浮遊感を堪能したかった気がするが、残念ながら終わった。しかし変わりにひんやりとしたリネンに包まれる感じがした。そこに体を横たえると気持ちがいい。
このまま魔界よりも深く沈み込むように意識を手放そうとわくわくしているとレッドの声が聞こえた。
「王子、眠る前に水を飲んでください」
声は何となく分かるのだが、何を言っているのかがやはり頭に入ってこない。発音は聞き取れているはずだというのに、まるで意味をなさない文字の羅列を並べたてられているかのようだ。
もしかしたらウィルフレッドの知らない呪文を唱えているのだろうか。
なるほど。レッドは、魔王としての力がよみがえったためにまたウィルフレッドを倒そうとやってきた勇者なのかもしれない。
「俺を倒そうとしても無駄だからな」
「何を言っているのです。いいから水を飲んでください」
「どんな呪文も俺は跳ね返す。貴様に俺は倒せまい」
「童心に返るのは結構ですが水を飲んでから一人遊びでも何でもなさってください」
「まだ唱えるか。無駄だと言うのに。よかろう、貴様に少しでもこの俺が攻撃出来るようなら何でも一つ、願いを叶えてやろう。貴様を俺の犬どもの餌にする前の餞だ。ああ、もちろん俺を抹殺したい、とかは却下だからな」
「……虚ろな目をしながらよくそんなセリフが頭に浮かびますね……」
レッドは何やら呟くと何やらごそごそとし出した。グラスを自分の口に傾けているように見えるはずが、頭が働かないため何をしているか把握出来ない。視界も見えているはずなのに脳がそれを認めないのかぐらぐらと揺れて何を自分が見ているのかある意味見えていない。
そうしていると唇に何やらじわりとした感触がした。柔らかいものがそっと触れるせいでじわりと響くのだ。
何を、と言おうとして軽率に開けた口の中に無味の液体が入ってきた。
まさか毒かと一瞬暴れようとしたが、しっかりと体を包み込むように固定されており抵抗出来ない。
別に毒くらい、体内で浄化出来るし構わんと開き直ろうとした後に「待て、今の俺は魔王ではなく人間ではなかったか」と頭に過ったが、やはり深く考えられない。それよりも入ってくる液体を飲み込むことに忙しい。絶え間なく入ってくるせいで、ついたまに飲み込む前に唇からほんの少し溢れ出してしまう。だがすぐにそれらはヌルリとした何かで掠め取られ、また注ぎ込まれる。
とはいえ苦しいというよりは何となく気持ちがよくて、ウィルフレッドは夢中で自分の唇や舌に触れる柔らかいものから液体を吸い取った。飲み込みながらなので少し息が乱れるが、構わず更に飲み込む。
「……くそ」
レッドが舌打ちをしたような気がしたが、今はそんなことはどうでもよかった。レッドが何かをして注ぎ込んでくる液体を飲み込むのに忙しかった。
少ししたら液体は注がれなくなったが、ウィルフレッドの口内をぬめった何かが動き回り続ける。温かくて濃厚な感触を与えてくるそれが心地よくて、ウィルフレッドはレッドを引き寄せるようにして自ら貪った。しかし急に魔界からの迎えが来たようだ。多分、間違いない。
ウィルフレッドは深淵に一気に落ちていくのをぼんやりと感じていた。
ウィルフレッドは忌々しく思う。
どんな種類だろうが、どれほどの量だろうが、ある意味味のついた水のようにいくらでも飲めた。度数を気にしたことなども全くなかった。
それがどうだ。
スナップスの度数を気にしてワインを選び、それも飲み過ぎないよう気にしながら料理の合間に口に運ぶ。こんなことってあるか、とこっそり歯を食いしばった。
まだ体が子どもの頃は人間という存在に合わせて酒は一切口にしなかった。だがこうして体も成人し、酒を飲んでも咎められる状態ではなくなったというのにウィルフレッドはそれを楽しめない。
成人してからの社交界デビュー前に自室で一度、リンゴを発酵させた度数の軽い酒でまず慣らそうとしたのだが、それすら軽率に酔ったのだ。一気にごくりと飲んでしまったからかもしれないが、どうやらふらふらになり忌々しくもレッドに介抱された。水が入ったグラスを差し出しながらため息を吐いていた側近のことは未だに恨みがましく思いつつ、そんな主である自分が何よりも忌々しい。それ以来、人前で醜態を晒すくらいならと極力アルコールは口にしないようにしていた。
作った料理は我ながら美味い。そしてワインがまた料理に合う。水やベリージュースなどでは得られない、料理との相乗効果を間違いなく感じる。
だというのにそれに集中出来ないどころか、料理の味すらぼんやりとしてくるのだ。先ほどまではちびちびと飲みながらもお互いの味が高め合う良さを感じていたはずだというのに、おかしなことに何を食べても美味いのだが味が分からない。
「あなたが勧めるから……ウィルフレッドは意地っ張りな上に優しい子ですし断れなかったんですよ」
「しかしワインもさほど飲んではおらんだろう」
「誰もがあなたほど飲めるんじゃないのですよ」
「む……。しかし悪いことをしたな。レッド。レッド来てくれ」
二人が何か話しているのは聞こえているつもりだったが、何を言っているのかが、脳に入ってこない。そのうち耳にまで入ってこなくなった。
その後にまるで魔法が使えるようになったかのように自分の体がふわふわと浮いた感じがした。
何て心地がいいのだろうと思う。ふわふわ浮いているというのに絶対に落ちるはずがないという安定感もある。もしかしたら魔王としての力がよみがえったのかもしれない。そう思うと自然に口元が綻んだ。すると一旦ふわふわするのが止まったが、またすぐに動き出す。
ずっとこの浮遊感を堪能したかった気がするが、残念ながら終わった。しかし変わりにひんやりとしたリネンに包まれる感じがした。そこに体を横たえると気持ちがいい。
このまま魔界よりも深く沈み込むように意識を手放そうとわくわくしているとレッドの声が聞こえた。
「王子、眠る前に水を飲んでください」
声は何となく分かるのだが、何を言っているのかがやはり頭に入ってこない。発音は聞き取れているはずだというのに、まるで意味をなさない文字の羅列を並べたてられているかのようだ。
もしかしたらウィルフレッドの知らない呪文を唱えているのだろうか。
なるほど。レッドは、魔王としての力がよみがえったためにまたウィルフレッドを倒そうとやってきた勇者なのかもしれない。
「俺を倒そうとしても無駄だからな」
「何を言っているのです。いいから水を飲んでください」
「どんな呪文も俺は跳ね返す。貴様に俺は倒せまい」
「童心に返るのは結構ですが水を飲んでから一人遊びでも何でもなさってください」
「まだ唱えるか。無駄だと言うのに。よかろう、貴様に少しでもこの俺が攻撃出来るようなら何でも一つ、願いを叶えてやろう。貴様を俺の犬どもの餌にする前の餞だ。ああ、もちろん俺を抹殺したい、とかは却下だからな」
「……虚ろな目をしながらよくそんなセリフが頭に浮かびますね……」
レッドは何やら呟くと何やらごそごそとし出した。グラスを自分の口に傾けているように見えるはずが、頭が働かないため何をしているか把握出来ない。視界も見えているはずなのに脳がそれを認めないのかぐらぐらと揺れて何を自分が見ているのかある意味見えていない。
そうしていると唇に何やらじわりとした感触がした。柔らかいものがそっと触れるせいでじわりと響くのだ。
何を、と言おうとして軽率に開けた口の中に無味の液体が入ってきた。
まさか毒かと一瞬暴れようとしたが、しっかりと体を包み込むように固定されており抵抗出来ない。
別に毒くらい、体内で浄化出来るし構わんと開き直ろうとした後に「待て、今の俺は魔王ではなく人間ではなかったか」と頭に過ったが、やはり深く考えられない。それよりも入ってくる液体を飲み込むことに忙しい。絶え間なく入ってくるせいで、ついたまに飲み込む前に唇からほんの少し溢れ出してしまう。だがすぐにそれらはヌルリとした何かで掠め取られ、また注ぎ込まれる。
とはいえ苦しいというよりは何となく気持ちがよくて、ウィルフレッドは夢中で自分の唇や舌に触れる柔らかいものから液体を吸い取った。飲み込みながらなので少し息が乱れるが、構わず更に飲み込む。
「……くそ」
レッドが舌打ちをしたような気がしたが、今はそんなことはどうでもよかった。レッドが何かをして注ぎ込んでくる液体を飲み込むのに忙しかった。
少ししたら液体は注がれなくなったが、ウィルフレッドの口内をぬめった何かが動き回り続ける。温かくて濃厚な感触を与えてくるそれが心地よくて、ウィルフレッドはレッドを引き寄せるようにして自ら貪った。しかし急に魔界からの迎えが来たようだ。多分、間違いない。
ウィルフレッドは深淵に一気に落ちていくのをぼんやりと感じていた。
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