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36話
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「頭が痛い」
枕に頭を押し付けながら唸れば「クライド殿に調合してもらってます」とレッドが何やら緑色をした怪しげな飲み物を差し出してきた。受けとることすら憚られ、ウィルフレッドは更に頭を枕に押し付けると「そのおぞましいものを下げろ。それ絶対毒だろ」と絞り出すように口にした。
「宿酔に効く薬ですよ」
「薬がなぜそのようなおぞましい色と様子をしている。今にもぼこぼこと大きく泡立ってきそうじゃないか」
「良薬口に苦しと言いますし」
「見た目がまず苦すぎるだろうが……! それにあのクライドだからな。この俺を抹殺しようとしてそんなものを寄越したのかもしれん……」
「……王子はクライド殿が大好きなわりにひねくれたことを考えますね」
「誰が大好きだ、誰が! あとひねくれていない。そもそもひねくれているのはやつだ! ぅう……吐きそうだ」
「飲んだらすっきりするでしょう」
「い、やだ……」
「また無理やり飲ませますよ」
また?
また、とはなんだ。
ぐわんぐわんと中で響き倒している頭をいっそ捻り潰してしまいたいと思いつつ、ウィルフレッドは怪訝に思った。大概失礼なことばかり言ってくるし確かにある意味無理やり抱き上げてくるメンバーの一人であるレッドだが、実際無理やりなにかをされたことはない気がする。
「……何の話だ」
「やはり覚えておられないですか。それは僥倖ですが」
「何がだ」
「でもまあ一応謝っておきます。申し訳ございません」
「だから何がだよ……っ?」
やはりレッドはよく分からなくて怖い、とウィルフレッドは改めてそっと思った。そんなレッドは何がだと聞いているのに真顔でグラスを持つだけだ。
結局飲むしかなかった。
ゆっくり飲むのもむしろ怖くて、ウィルフレッドは一気に飲み干す。
どろりとした気持ちの悪いのど越しに爽快さを通り越して喉だけでなく体内が焼けつきそうなほどのメントール具合を感じた。
その上あまりに苦い味に、やはり間違いなく中から爛れて死ぬとウィルフレッドは思ったが、そんな考えとは反して酷い頭痛と吐き気が治まってきた。
「いかがです」
「気持ちが悪いほど効いてる……」
「良かったじゃないですか」
「……い、いや。効きが早すぎる。絶対何かヤバいものを使ってるに違いないぞ」
「あ、少し失礼します」
「聞けよ!」
「口直しに冷たいデザートをと思いましたが……ではやめてお話をお伺いいたします」
「いや、聞かなくていい。今すぐ持ってくるがいい」
「では」
部屋を出ていくレッドを澄ました顔で見ながら、絶対こいつは舐めてかかっているとウィルフレッドは改めて思った。少なくとも尊敬の念がレッドから感じられない。
レッドはウィルフレッドの側近になった時からこんなだったように思う。そういう性格だからかもしれないが、それでも相手は王子なのだ。普通もっと敬意を表するものではないのか。だが兄姉に対してはレッドもウィルフレッドに対してと違って畏まっているように見える。
やはりレッドは自分の実力を把握した上で、少なくとも第二王子であり参謀としての力もあるラルフに付きたかったのではないだろうか。そう思えてならない。
冷たいスグリのソルベを持ってきたレッドをウィルフレッドがじっと見ていると「俺が食べさせるの待たれてますか?」と言われた。
「ま、待ってない! 自分で食べる!」
やはり舐められている。
奪い取るようにソルベを手にしたウィルフレッドは勢いよく口へ運んだ。そのせいでせっかく治まったというのにこめかみがズキズキする羽目になる。
「……く」
「ゆっくり食べてください。やはり俺が食べさせましょうか?」
「うるさい。貴様、主人である俺を愚弄するなら……」
「まさか。唯一無二の、俺の主人なのに」
唯一無二の
俺の主人
悔しいことにそんな言葉に対して思わずときめきに近い何かを感じてしまい、ウィルフレッドは暴れたくなった。だが「俺は大人なのだ」と自分に言い聞かせ、思いとどまる。
「貴様、無口のくせに安い機嫌とりを」
「まさか。へつらうのは苦手なので」
確かにレッドが媚びへつらう姿は想像しようにも浮かばない。
「だ、だが今のはなんだ!」
「今の、とは」
「ゆ、唯一無二だとか……」
「実際そうでしょう」
「そ、れはそうだが、しかしお前は」
兄上ラルフに付きたかったのだろう、と言う言葉は飲み込んだ。
「なんですか」
「……。何でもない」
「は」
「何でもないわ! とりあえず忌々しいほど回復した。今から鍛練をするぞ」
「……御意」
気を取り直したところで、十歳の頃から剣をずっとやってきているわりに全く上達しない自分に対して、ウィルフレッドはまたもや忌々しく思った。普通これほど練習していれば多少は上達するのではないのか。
いや、多少は上手くなってはいるかもしれない。少なくとも剣を持ったまま相手の攻撃をかわすのは昔に比べるとずいぶん上手くなった。しかし元魔王としては逃げることだけ上達するというのはむしろ腹立たしい。
やはり悪事を働く人間を取り込む方法をどうにか考えるべきだな。
ウィルフレッドは呆気なくチェックメイトをレッドによって食らいながら心底思っていた。
枕に頭を押し付けながら唸れば「クライド殿に調合してもらってます」とレッドが何やら緑色をした怪しげな飲み物を差し出してきた。受けとることすら憚られ、ウィルフレッドは更に頭を枕に押し付けると「そのおぞましいものを下げろ。それ絶対毒だろ」と絞り出すように口にした。
「宿酔に効く薬ですよ」
「薬がなぜそのようなおぞましい色と様子をしている。今にもぼこぼこと大きく泡立ってきそうじゃないか」
「良薬口に苦しと言いますし」
「見た目がまず苦すぎるだろうが……! それにあのクライドだからな。この俺を抹殺しようとしてそんなものを寄越したのかもしれん……」
「……王子はクライド殿が大好きなわりにひねくれたことを考えますね」
「誰が大好きだ、誰が! あとひねくれていない。そもそもひねくれているのはやつだ! ぅう……吐きそうだ」
「飲んだらすっきりするでしょう」
「い、やだ……」
「また無理やり飲ませますよ」
また?
また、とはなんだ。
ぐわんぐわんと中で響き倒している頭をいっそ捻り潰してしまいたいと思いつつ、ウィルフレッドは怪訝に思った。大概失礼なことばかり言ってくるし確かにある意味無理やり抱き上げてくるメンバーの一人であるレッドだが、実際無理やりなにかをされたことはない気がする。
「……何の話だ」
「やはり覚えておられないですか。それは僥倖ですが」
「何がだ」
「でもまあ一応謝っておきます。申し訳ございません」
「だから何がだよ……っ?」
やはりレッドはよく分からなくて怖い、とウィルフレッドは改めてそっと思った。そんなレッドは何がだと聞いているのに真顔でグラスを持つだけだ。
結局飲むしかなかった。
ゆっくり飲むのもむしろ怖くて、ウィルフレッドは一気に飲み干す。
どろりとした気持ちの悪いのど越しに爽快さを通り越して喉だけでなく体内が焼けつきそうなほどのメントール具合を感じた。
その上あまりに苦い味に、やはり間違いなく中から爛れて死ぬとウィルフレッドは思ったが、そんな考えとは反して酷い頭痛と吐き気が治まってきた。
「いかがです」
「気持ちが悪いほど効いてる……」
「良かったじゃないですか」
「……い、いや。効きが早すぎる。絶対何かヤバいものを使ってるに違いないぞ」
「あ、少し失礼します」
「聞けよ!」
「口直しに冷たいデザートをと思いましたが……ではやめてお話をお伺いいたします」
「いや、聞かなくていい。今すぐ持ってくるがいい」
「では」
部屋を出ていくレッドを澄ました顔で見ながら、絶対こいつは舐めてかかっているとウィルフレッドは改めて思った。少なくとも尊敬の念がレッドから感じられない。
レッドはウィルフレッドの側近になった時からこんなだったように思う。そういう性格だからかもしれないが、それでも相手は王子なのだ。普通もっと敬意を表するものではないのか。だが兄姉に対してはレッドもウィルフレッドに対してと違って畏まっているように見える。
やはりレッドは自分の実力を把握した上で、少なくとも第二王子であり参謀としての力もあるラルフに付きたかったのではないだろうか。そう思えてならない。
冷たいスグリのソルベを持ってきたレッドをウィルフレッドがじっと見ていると「俺が食べさせるの待たれてますか?」と言われた。
「ま、待ってない! 自分で食べる!」
やはり舐められている。
奪い取るようにソルベを手にしたウィルフレッドは勢いよく口へ運んだ。そのせいでせっかく治まったというのにこめかみがズキズキする羽目になる。
「……く」
「ゆっくり食べてください。やはり俺が食べさせましょうか?」
「うるさい。貴様、主人である俺を愚弄するなら……」
「まさか。唯一無二の、俺の主人なのに」
唯一無二の
俺の主人
悔しいことにそんな言葉に対して思わずときめきに近い何かを感じてしまい、ウィルフレッドは暴れたくなった。だが「俺は大人なのだ」と自分に言い聞かせ、思いとどまる。
「貴様、無口のくせに安い機嫌とりを」
「まさか。へつらうのは苦手なので」
確かにレッドが媚びへつらう姿は想像しようにも浮かばない。
「だ、だが今のはなんだ!」
「今の、とは」
「ゆ、唯一無二だとか……」
「実際そうでしょう」
「そ、れはそうだが、しかしお前は」
兄上ラルフに付きたかったのだろう、と言う言葉は飲み込んだ。
「なんですか」
「……。何でもない」
「は」
「何でもないわ! とりあえず忌々しいほど回復した。今から鍛練をするぞ」
「……御意」
気を取り直したところで、十歳の頃から剣をずっとやってきているわりに全く上達しない自分に対して、ウィルフレッドはまたもや忌々しく思った。普通これほど練習していれば多少は上達するのではないのか。
いや、多少は上手くなってはいるかもしれない。少なくとも剣を持ったまま相手の攻撃をかわすのは昔に比べるとずいぶん上手くなった。しかし元魔王としては逃げることだけ上達するというのはむしろ腹立たしい。
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ウィルフレッドは呆気なくチェックメイトをレッドによって食らいながら心底思っていた。
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