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37話
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ところで何故こんなところを一人で歩かねばならないのかと、ウィルフレッドは不満顔で先ほどから延々と歩いていた。
ことの発端はラルフだ。久しぶりに町へ繰り出そうと強引に誘ってきた。たまには気分転換にいいかと、諦めてついて行き町をぶらついていた。その後、他の場所も案内すると言われて初めて歩く森の中で、気づけばはぐれていた。
いや、発端はラルフとはいえ原因は自分にあることはウィルフレッドも理解している。初めて歩く森の中などに興味が湧き、ラルフや側近たちを気にすることなく勝手に歩いた結果だ。分かってはいるが、この年になって迷子になったと認めたくないだけだ。よって不満顔でひたすら皆を探していた。さすがのレッドも、城内ならまだしもこのような森の中での突破的な迷子には反応しきれないだろう。
その森の中だが、先ほどまでは空から差し込む日の光が葉に反射してキラキラとしていたはずだった。ラルフが言っていたがこの森で、神が天へ持って帰ろうとしたが重くて持って帰られなかったと言い伝えられている猫がいるかもしれないらしい。もちろんそれも言い伝えかもしれないが。猫特有の気まぐれさよりも人懐こい性格をしているらしく、犬と猫のハーフかもしれないなどとも言われているようだ。
「誰かが飼っていたりしないんですか」
「昔飼われていたらしいんだけど、飼い主が死んだかどこかへ行ったかでねぇ、周りの皆で育てていたらしーんだけど、いつの間にか森へ自ら向かったとか聞いたなあ」
ふーん、と聞き流す振りをしていたが、実はわりと気になっていた。そんなに大きな猫なら見てみたい。どちらかと言うとウィルフレッドは犬より猫派だ。だいたい猫のほうが魔王に似合っている気がする。レッドは犬がとても大好きなようだが。
そんなこんなで初めての森の中を楽しみながら猫を見つけることに気がいっていると、いつの間にやら迷ってしまったらしい。気づけばキラキラとした木漏れ日は全くなくなり、淀んだ雰囲気になっている。太陽の光が入ってこないほど、節くれだった木や苔に覆われた巨大な岩に囲まれている。
ウィルフレッドはそっと内心、幽霊が出ませんようにと願った。
魔界の記憶はある。魔界もおどろおどろしいと言えばおどろおどろしかった。不気味な森もあった。だがなんというか、例えばそこに火を放てば大いに燃え盛りそうな枯れ木というのだろうか。ここは火を放っても湿気っていて引火すらしなさそうだ。この森は魔界と違い、クライドの屋敷同様に水気を感じるのだ。霊的でしかない。
さっさとこんなところから脱出しようと足を早めたところ、岩影から物音がした。
やめろ。幽霊だけはやめてくれ。
もはや猫かもしれないなどと思いつきもしなかった。小さな瞳孔を目一杯見開きながら音がしたほうを睨み付けると、岩影から出てきたのは大きな猫ならぬ、大きすぎる勢いの狼に似た魔物だった。ウィルフレッドに対して威嚇するように唸っている。幽霊でも猫でもなかった。
「は。何だ魔獣か」
普通の訓練されていない人間なら、この程度の魔物であれ脅威を感じただろう。このケルエイダ王国の王子たる者が魔力の一つや二つ扱えないのは嘆かわしいことだが、庶民なら話は違う。大抵の者は皆、魔力を持ち得ていても生活に少々役立つかもしれないといった程度のものだ。ウィルフレッドよりも魔力のない者もいると思われる。
それに訓練を受けた者なら戦えるだろうが、慣れていないとまず魔物と対峙しているという状況に怖じ気づくかもしれない。
だがウィルフレッドは違った。もちろんこの国の王子に転生してから正直、今まで魔物と出会ったことすらない。今も初めて本物の魔物を見ている。それでも転生する前の記憶により、全く怯えなど感じなかった。幽霊は手に負えないが、魔物は全く問題ない。
「ウゥ」
じりじりと構え出し、今にも飛びかかろうとしている魔物をウィルフレッドは思い切り睨み付けた。
「貴様……誰に対して唸っているのか分かっているのか?」
「ゥウ」
「無礼者が……」
手を魔物に対して伸ばし手のひらを向ける。もちろん、ウィルフレッドはそよ風を微かに起こす程度の魔法しか使えない。だがじっとウィルフレッドを見ていた魔物の耳と尻尾が垂れ下がった。首も垂れ下がる。ついでに大きな体は萎んだように小さくなった。
「クゥ……」
「は。よしよし。分かったならよい。許してやる」
ニヤリと笑うとウィルフレッドは手を下ろし、この場から立ち去ろうと歩き出した。だが足音が背後から聞こえてくる。止まって振り向くと足音も止まり、魔物がじっとウィルフレッドを見ている。気にせずまた歩き出すと、足音が聞こえてきた。振り向くと先ほどと同じようにじっと動かない魔物がウィルフレッドを見ている。
「……何故ついてくるのだ」
「クゥ」
「可愛く鳴いても無駄だ。そもそも貴様は可愛くないぞ。何て言っても魔物だからな!」
「ウゥ」
ため息を吐き、ウィルフレッドは構わずどんどん足を進めた。そしてまた振り向くと、先ほどから移動していたにも関わらず、一定の変わらない距離を置いて魔物はじっとウィルフレッドを見ている。
「おい」
「クゥ」
おい、と声をかけると魔物の耳がパタパタと動いた。尻尾も揺れている。
「俺は貴様に魅了など掛けた覚えはないぞ」
「ウゥ」
「だというのに何を勝手に懐いているのだ。畏怖を覚え戦き身を強ばらせていろ」
「ウゥ」
ウィルフレッドは呆れたようにため息を吐いた。
ことの発端はラルフだ。久しぶりに町へ繰り出そうと強引に誘ってきた。たまには気分転換にいいかと、諦めてついて行き町をぶらついていた。その後、他の場所も案内すると言われて初めて歩く森の中で、気づけばはぐれていた。
いや、発端はラルフとはいえ原因は自分にあることはウィルフレッドも理解している。初めて歩く森の中などに興味が湧き、ラルフや側近たちを気にすることなく勝手に歩いた結果だ。分かってはいるが、この年になって迷子になったと認めたくないだけだ。よって不満顔でひたすら皆を探していた。さすがのレッドも、城内ならまだしもこのような森の中での突破的な迷子には反応しきれないだろう。
その森の中だが、先ほどまでは空から差し込む日の光が葉に反射してキラキラとしていたはずだった。ラルフが言っていたがこの森で、神が天へ持って帰ろうとしたが重くて持って帰られなかったと言い伝えられている猫がいるかもしれないらしい。もちろんそれも言い伝えかもしれないが。猫特有の気まぐれさよりも人懐こい性格をしているらしく、犬と猫のハーフかもしれないなどとも言われているようだ。
「誰かが飼っていたりしないんですか」
「昔飼われていたらしいんだけど、飼い主が死んだかどこかへ行ったかでねぇ、周りの皆で育てていたらしーんだけど、いつの間にか森へ自ら向かったとか聞いたなあ」
ふーん、と聞き流す振りをしていたが、実はわりと気になっていた。そんなに大きな猫なら見てみたい。どちらかと言うとウィルフレッドは犬より猫派だ。だいたい猫のほうが魔王に似合っている気がする。レッドは犬がとても大好きなようだが。
そんなこんなで初めての森の中を楽しみながら猫を見つけることに気がいっていると、いつの間にやら迷ってしまったらしい。気づけばキラキラとした木漏れ日は全くなくなり、淀んだ雰囲気になっている。太陽の光が入ってこないほど、節くれだった木や苔に覆われた巨大な岩に囲まれている。
ウィルフレッドはそっと内心、幽霊が出ませんようにと願った。
魔界の記憶はある。魔界もおどろおどろしいと言えばおどろおどろしかった。不気味な森もあった。だがなんというか、例えばそこに火を放てば大いに燃え盛りそうな枯れ木というのだろうか。ここは火を放っても湿気っていて引火すらしなさそうだ。この森は魔界と違い、クライドの屋敷同様に水気を感じるのだ。霊的でしかない。
さっさとこんなところから脱出しようと足を早めたところ、岩影から物音がした。
やめろ。幽霊だけはやめてくれ。
もはや猫かもしれないなどと思いつきもしなかった。小さな瞳孔を目一杯見開きながら音がしたほうを睨み付けると、岩影から出てきたのは大きな猫ならぬ、大きすぎる勢いの狼に似た魔物だった。ウィルフレッドに対して威嚇するように唸っている。幽霊でも猫でもなかった。
「は。何だ魔獣か」
普通の訓練されていない人間なら、この程度の魔物であれ脅威を感じただろう。このケルエイダ王国の王子たる者が魔力の一つや二つ扱えないのは嘆かわしいことだが、庶民なら話は違う。大抵の者は皆、魔力を持ち得ていても生活に少々役立つかもしれないといった程度のものだ。ウィルフレッドよりも魔力のない者もいると思われる。
それに訓練を受けた者なら戦えるだろうが、慣れていないとまず魔物と対峙しているという状況に怖じ気づくかもしれない。
だがウィルフレッドは違った。もちろんこの国の王子に転生してから正直、今まで魔物と出会ったことすらない。今も初めて本物の魔物を見ている。それでも転生する前の記憶により、全く怯えなど感じなかった。幽霊は手に負えないが、魔物は全く問題ない。
「ウゥ」
じりじりと構え出し、今にも飛びかかろうとしている魔物をウィルフレッドは思い切り睨み付けた。
「貴様……誰に対して唸っているのか分かっているのか?」
「ゥウ」
「無礼者が……」
手を魔物に対して伸ばし手のひらを向ける。もちろん、ウィルフレッドはそよ風を微かに起こす程度の魔法しか使えない。だがじっとウィルフレッドを見ていた魔物の耳と尻尾が垂れ下がった。首も垂れ下がる。ついでに大きな体は萎んだように小さくなった。
「クゥ……」
「は。よしよし。分かったならよい。許してやる」
ニヤリと笑うとウィルフレッドは手を下ろし、この場から立ち去ろうと歩き出した。だが足音が背後から聞こえてくる。止まって振り向くと足音も止まり、魔物がじっとウィルフレッドを見ている。気にせずまた歩き出すと、足音が聞こえてきた。振り向くと先ほどと同じようにじっと動かない魔物がウィルフレッドを見ている。
「……何故ついてくるのだ」
「クゥ」
「可愛く鳴いても無駄だ。そもそも貴様は可愛くないぞ。何て言っても魔物だからな!」
「ウゥ」
ため息を吐き、ウィルフレッドは構わずどんどん足を進めた。そしてまた振り向くと、先ほどから移動していたにも関わらず、一定の変わらない距離を置いて魔物はじっとウィルフレッドを見ている。
「おい」
「クゥ」
おい、と声をかけると魔物の耳がパタパタと動いた。尻尾も揺れている。
「俺は貴様に魅了など掛けた覚えはないぞ」
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「ウゥ」
ウィルフレッドは呆れたようにため息を吐いた。
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