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38話
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そもそも、昔ならこんなことはなかっただろう。まず敬意を表しつつ完全に従いつつも恐れ戦き魔物や通常の悪魔ならその場で固まっていたはずだ。もちろん能力の高い魔物であればあるほどこちらの力を把握して余計にそうなる。今目の前にいるような弱そうな魔物などはそこまで畏怖は覚えなかったかもしれないが、恐れ完全に従っていただろうことは間違いない。
だというのにこの魔物は尻尾を振らんばかりの勢いで、しかもふざけた感じについてくる。
……今の俺……やはり舐められてる?
威厳を示す必要があるかと思ったが、いやいやこんな魔物にとウィルフレッドは鼻で笑った。決して、威厳を示すにも今の自分に攻撃力がないからと思ったのではない。
また止まって振り向くと、やはりついてきていた。しかも一応ぴたりと魔物も止まるとはいえ、だんだんあからさまになっている気がする。
「なんなのだ。貴様、何がしたい」
「クゥ」
「えぇい、分からんわ!」
イライラと言えば、魔物はウィルフレッドが見ている中近づいてきてウィルフレッドの足に頭を擦り付けてきた。
まさかこれは……本気で懐いている?
懐いているのか……?
ムッとしつつも少し高揚させた顔で、ウィルフレッドは下を見た。どう見てもこの世界では可愛いとは言えない厳つい顔の、狼のような魔物が何故か急に可愛く見えてきた。
魔王時代は敬われはすれど、懐かれるなんてことは皆無だった。それが当然であったし不満に思ったこともなかったが、なんというか、これは妙に庇護欲に駆られる。
「……はっ。この下等動物が。貴様ごときがこの俺に甘えるなど、三百年は早いわ……!」
「……王子? 何を撫でているのです? 犬……?」
悪態を吐いたところでレッドの声がした。ウィルフレッドは肩をびくりと震わせる。恐る恐る振り向いてみても、やはりそこにいたのはレッドだった。
「……貴様か」
「貴様か、じゃないでしょう。俺が油断したのが悪いのですが、王子もあまりふらふらなさらないでください」
ムッとしてレッドを見ると、普段はいかにも無口そうな顔を涼しげにして動じないというのに、ほんの少し息が乱れているのに気づいた。それが何となく嬉しく感じ、ウィルフレッドはそんな自分が馬鹿馬鹿しく忌々しく思えて舌打ちをした。
「舌打ちという返事はいりません」
「煩い。俺に指図するな。だいたい何故貴様は俺を見つけられるのだ? まさか特殊な能力魔法などで俺の居場所を四六時中監視しているのではあるまいな」
「それなら一瞬足りともあなたは一人で歩けませんよ」
さらりと言われた言葉がじわじわと怖さを覚えさせてくる。だが、どういう意味だと問う前にレッドが続けてきた。
「それよりも、何を撫でてたんです? 王子にも動物愛が目覚めましたか?」
「なっ、撫でてなどなかった。あと貴様と一緒にするな」
城内で犬を見かけるとレッドはウィルフレッドに仕えつつもほんの少しそちらに気がいく。ほんの一瞬だったりするため、普通なら気づかないかもしれないが、これでも小さい頃から一緒にいるのだ。嫌でも気づく。
「そんな誤魔化さなくても……」
苦笑しながらひょいと覗き込んだレッドは、とたんに厳しい顔をした。そしてあっという間にウィルフレッドを抱き寄せる。
「っおい」
「王子、無事なのですか」
「俺は何ともない! 離せ!」
とっさのことに驚いたのか、魔物はレッドに対して唸り出した。体がまた大きくなっている。レッドはウィルフレッドを抱えたまま、既に剣を抜いていた。ビリビリとした緊張感のようなものがウィルフレッドにも伝わってくる。
「駄目です、離しません」
「大丈夫だ! これは問題ないのだ」
「あからさまに魔物じゃないですか……!」
「ち、違うぞ。犬、犬だ! これはお前が好きな犬だ」
「どこの世界に巨大化する犬がいるんですか……」
ビリビリとした緊張感が少し緩んだようだ。呆れたようにレッドが言ってくる。とはいえ、油断は全くしていないようだ。剣の構えと視線は先ほどから魔物に向けたまま動かない。
「ウゥ……」
むしろ魔物の唸り声に反応し、構えた剣を持つ腕が少しぴくりと動いたように思う。
駄目だ、このままではおそらくこの魔物はレッドに殺される。
「レッド、こいつは問題ない、本当に問題ないんだ」
「何を……魔物なんですよ?」
「頼む、レッド」
頼む、とウィルフレッドが口にしたとたん、レッドが驚いた顔をしながらウィルフレッドを抱く力を緩めてきた。ウィルフレッドはすかさずレッドから離れ、魔物に近づいた。
「王子……!」
「大丈夫だ、見ろ! ほら、大丈夫だろ」
ウィルフレッドは魔物に近寄り、大きな体を撫でるところをレッドに見せた。魔物は「クゥ」と鳴きながら小さくなり、頭も撫でれと言うようにウィルフレッドの手に頭を擦り寄せたり舐めたりしている。小さくなってもその様子は犬にしては少し、いやわりと体が大きいかもしれないが、さながら本物の犬のようだった。
レッドは少し顔を強ばらせていたが、ため息を吐きながらウィルフレッドと魔物に近づく。
「一体どういうことで……」
「それは……」
魔物は魔王に逆らうことなど出来ないからだ。
ウィルフレッドが魔王の生まれ変わりであり、力こそ転生されてなさそうなものの記憶と性質だけは受け継いでいるからか、魔物は今も従ってくるようだ。とはいえ例えレッドであれ、それを口にする訳にはいかない。
「……この俺が分かる訳ないだろう」
「王子、そんな不確定要素しかない状況で魔物を飼う訳にはいかないんですよ」
「え」
飼う?
いや、飼うとは言っていない。
ウィルフレッドは今までの流れを思い返した。やはり言っていない。
自分やレッドに対して無害だから殺してやるなと言いたかっただけだ。こちとら元魔王なのだ。多少は魔物贔屓にもなる。
「何をぽかんとしているのです。飼うおつもりなんでしょう」
そんな訳あるか。
「か、飼う」
飼うつもりなどないと言うつもりが、何故か口から出ていたのは肯定だった。
だというのにこの魔物は尻尾を振らんばかりの勢いで、しかもふざけた感じについてくる。
……今の俺……やはり舐められてる?
威厳を示す必要があるかと思ったが、いやいやこんな魔物にとウィルフレッドは鼻で笑った。決して、威厳を示すにも今の自分に攻撃力がないからと思ったのではない。
また止まって振り向くと、やはりついてきていた。しかも一応ぴたりと魔物も止まるとはいえ、だんだんあからさまになっている気がする。
「なんなのだ。貴様、何がしたい」
「クゥ」
「えぇい、分からんわ!」
イライラと言えば、魔物はウィルフレッドが見ている中近づいてきてウィルフレッドの足に頭を擦り付けてきた。
まさかこれは……本気で懐いている?
懐いているのか……?
ムッとしつつも少し高揚させた顔で、ウィルフレッドは下を見た。どう見てもこの世界では可愛いとは言えない厳つい顔の、狼のような魔物が何故か急に可愛く見えてきた。
魔王時代は敬われはすれど、懐かれるなんてことは皆無だった。それが当然であったし不満に思ったこともなかったが、なんというか、これは妙に庇護欲に駆られる。
「……はっ。この下等動物が。貴様ごときがこの俺に甘えるなど、三百年は早いわ……!」
「……王子? 何を撫でているのです? 犬……?」
悪態を吐いたところでレッドの声がした。ウィルフレッドは肩をびくりと震わせる。恐る恐る振り向いてみても、やはりそこにいたのはレッドだった。
「……貴様か」
「貴様か、じゃないでしょう。俺が油断したのが悪いのですが、王子もあまりふらふらなさらないでください」
ムッとしてレッドを見ると、普段はいかにも無口そうな顔を涼しげにして動じないというのに、ほんの少し息が乱れているのに気づいた。それが何となく嬉しく感じ、ウィルフレッドはそんな自分が馬鹿馬鹿しく忌々しく思えて舌打ちをした。
「舌打ちという返事はいりません」
「煩い。俺に指図するな。だいたい何故貴様は俺を見つけられるのだ? まさか特殊な能力魔法などで俺の居場所を四六時中監視しているのではあるまいな」
「それなら一瞬足りともあなたは一人で歩けませんよ」
さらりと言われた言葉がじわじわと怖さを覚えさせてくる。だが、どういう意味だと問う前にレッドが続けてきた。
「それよりも、何を撫でてたんです? 王子にも動物愛が目覚めましたか?」
「なっ、撫でてなどなかった。あと貴様と一緒にするな」
城内で犬を見かけるとレッドはウィルフレッドに仕えつつもほんの少しそちらに気がいく。ほんの一瞬だったりするため、普通なら気づかないかもしれないが、これでも小さい頃から一緒にいるのだ。嫌でも気づく。
「そんな誤魔化さなくても……」
苦笑しながらひょいと覗き込んだレッドは、とたんに厳しい顔をした。そしてあっという間にウィルフレッドを抱き寄せる。
「っおい」
「王子、無事なのですか」
「俺は何ともない! 離せ!」
とっさのことに驚いたのか、魔物はレッドに対して唸り出した。体がまた大きくなっている。レッドはウィルフレッドを抱えたまま、既に剣を抜いていた。ビリビリとした緊張感のようなものがウィルフレッドにも伝わってくる。
「駄目です、離しません」
「大丈夫だ! これは問題ないのだ」
「あからさまに魔物じゃないですか……!」
「ち、違うぞ。犬、犬だ! これはお前が好きな犬だ」
「どこの世界に巨大化する犬がいるんですか……」
ビリビリとした緊張感が少し緩んだようだ。呆れたようにレッドが言ってくる。とはいえ、油断は全くしていないようだ。剣の構えと視線は先ほどから魔物に向けたまま動かない。
「ウゥ……」
むしろ魔物の唸り声に反応し、構えた剣を持つ腕が少しぴくりと動いたように思う。
駄目だ、このままではおそらくこの魔物はレッドに殺される。
「レッド、こいつは問題ない、本当に問題ないんだ」
「何を……魔物なんですよ?」
「頼む、レッド」
頼む、とウィルフレッドが口にしたとたん、レッドが驚いた顔をしながらウィルフレッドを抱く力を緩めてきた。ウィルフレッドはすかさずレッドから離れ、魔物に近づいた。
「王子……!」
「大丈夫だ、見ろ! ほら、大丈夫だろ」
ウィルフレッドは魔物に近寄り、大きな体を撫でるところをレッドに見せた。魔物は「クゥ」と鳴きながら小さくなり、頭も撫でれと言うようにウィルフレッドの手に頭を擦り寄せたり舐めたりしている。小さくなってもその様子は犬にしては少し、いやわりと体が大きいかもしれないが、さながら本物の犬のようだった。
レッドは少し顔を強ばらせていたが、ため息を吐きながらウィルフレッドと魔物に近づく。
「一体どういうことで……」
「それは……」
魔物は魔王に逆らうことなど出来ないからだ。
ウィルフレッドが魔王の生まれ変わりであり、力こそ転生されてなさそうなものの記憶と性質だけは受け継いでいるからか、魔物は今も従ってくるようだ。とはいえ例えレッドであれ、それを口にする訳にはいかない。
「……この俺が分かる訳ないだろう」
「王子、そんな不確定要素しかない状況で魔物を飼う訳にはいかないんですよ」
「え」
飼う?
いや、飼うとは言っていない。
ウィルフレッドは今までの流れを思い返した。やはり言っていない。
自分やレッドに対して無害だから殺してやるなと言いたかっただけだ。こちとら元魔王なのだ。多少は魔物贔屓にもなる。
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