不機嫌な子猫

Guidepost

文字の大きさ
38 / 150

38話

しおりを挟む
 そもそも、昔ならこんなことはなかっただろう。まず敬意を表しつつ完全に従いつつも恐れ戦き魔物や通常の悪魔ならその場で固まっていたはずだ。もちろん能力の高い魔物であればあるほどこちらの力を把握して余計にそうなる。今目の前にいるような弱そうな魔物などはそこまで畏怖は覚えなかったかもしれないが、恐れ完全に従っていただろうことは間違いない。
 だというのにこの魔物は尻尾を振らんばかりの勢いで、しかもふざけた感じについてくる。

 ……今の俺……やはり舐められてる?

 威厳を示す必要があるかと思ったが、いやいやこんな魔物にとウィルフレッドは鼻で笑った。決して、威厳を示すにも今の自分に攻撃力がないからと思ったのではない。
 また止まって振り向くと、やはりついてきていた。しかも一応ぴたりと魔物も止まるとはいえ、だんだんあからさまになっている気がする。

「なんなのだ。貴様、何がしたい」
「クゥ」
「えぇい、分からんわ!」

 イライラと言えば、魔物はウィルフレッドが見ている中近づいてきてウィルフレッドの足に頭を擦り付けてきた。

 まさかこれは……本気で懐いている?
 懐いているのか……?

 ムッとしつつも少し高揚させた顔で、ウィルフレッドは下を見た。どう見てもこの世界では可愛いとは言えない厳つい顔の、狼のような魔物が何故か急に可愛く見えてきた。
 魔王時代は敬われはすれど、懐かれるなんてことは皆無だった。それが当然であったし不満に思ったこともなかったが、なんというか、これは妙に庇護欲に駆られる。

「……はっ。この下等動物が。貴様ごときがこの俺に甘えるなど、三百年は早いわ……!」
「……王子? 何を撫でているのです? 犬……?」

 悪態を吐いたところでレッドの声がした。ウィルフレッドは肩をびくりと震わせる。恐る恐る振り向いてみても、やはりそこにいたのはレッドだった。

「……貴様か」
「貴様か、じゃないでしょう。俺が油断したのが悪いのですが、王子もあまりふらふらなさらないでください」

 ムッとしてレッドを見ると、普段はいかにも無口そうな顔を涼しげにして動じないというのに、ほんの少し息が乱れているのに気づいた。それが何となく嬉しく感じ、ウィルフレッドはそんな自分が馬鹿馬鹿しく忌々しく思えて舌打ちをした。

「舌打ちという返事はいりません」
「煩い。俺に指図するな。だいたい何故貴様は俺を見つけられるのだ? まさか特殊な能力魔法などで俺の居場所を四六時中監視しているのではあるまいな」
「それなら一瞬足りともあなたは一人で歩けませんよ」

 さらりと言われた言葉がじわじわと怖さを覚えさせてくる。だが、どういう意味だと問う前にレッドが続けてきた。

「それよりも、何を撫でてたんです? 王子にも動物愛が目覚めましたか?」
「なっ、撫でてなどなかった。あと貴様と一緒にするな」

 城内で犬を見かけるとレッドはウィルフレッドに仕えつつもほんの少しそちらに気がいく。ほんの一瞬だったりするため、普通なら気づかないかもしれないが、これでも小さい頃から一緒にいるのだ。嫌でも気づく。

「そんな誤魔化さなくても……」

 苦笑しながらひょいと覗き込んだレッドは、とたんに厳しい顔をした。そしてあっという間にウィルフレッドを抱き寄せる。

「っおい」
「王子、無事なのですか」
「俺は何ともない! 離せ!」

 とっさのことに驚いたのか、魔物はレッドに対して唸り出した。体がまた大きくなっている。レッドはウィルフレッドを抱えたまま、既に剣を抜いていた。ビリビリとした緊張感のようなものがウィルフレッドにも伝わってくる。

「駄目です、離しません」
「大丈夫だ! これは問題ないのだ」
「あからさまに魔物じゃないですか……!」
「ち、違うぞ。犬、犬だ! これはお前が好きな犬だ」
「どこの世界に巨大化する犬がいるんですか……」

 ビリビリとした緊張感が少し緩んだようだ。呆れたようにレッドが言ってくる。とはいえ、油断は全くしていないようだ。剣の構えと視線は先ほどから魔物に向けたまま動かない。

「ウゥ……」

 むしろ魔物の唸り声に反応し、構えた剣を持つ腕が少しぴくりと動いたように思う。
 駄目だ、このままではおそらくこの魔物はレッドに殺される。

「レッド、こいつは問題ない、本当に問題ないんだ」
「何を……魔物なんですよ?」
「頼む、レッド」

 頼む、とウィルフレッドが口にしたとたん、レッドが驚いた顔をしながらウィルフレッドを抱く力を緩めてきた。ウィルフレッドはすかさずレッドから離れ、魔物に近づいた。

「王子……!」
「大丈夫だ、見ろ! ほら、大丈夫だろ」

 ウィルフレッドは魔物に近寄り、大きな体を撫でるところをレッドに見せた。魔物は「クゥ」と鳴きながら小さくなり、頭も撫でれと言うようにウィルフレッドの手に頭を擦り寄せたり舐めたりしている。小さくなってもその様子は犬にしては少し、いやわりと体が大きいかもしれないが、さながら本物の犬のようだった。
 レッドは少し顔を強ばらせていたが、ため息を吐きながらウィルフレッドと魔物に近づく。

「一体どういうことで……」
「それは……」

 魔物は魔王に逆らうことなど出来ないからだ。
 ウィルフレッドが魔王の生まれ変わりであり、力こそ転生されてなさそうなものの記憶と性質だけは受け継いでいるからか、魔物は今も従ってくるようだ。とはいえ例えレッドであれ、それを口にする訳にはいかない。

「……この俺が分かる訳ないだろう」
「王子、そんな不確定要素しかない状況で魔物を飼う訳にはいかないんですよ」
「え」

 飼う?

 いや、飼うとは言っていない。
 ウィルフレッドは今までの流れを思い返した。やはり言っていない。
 自分やレッドに対して無害だから殺してやるなと言いたかっただけだ。こちとら元魔王なのだ。多少は魔物贔屓にもなる。

「何をぽかんとしているのです。飼うおつもりなんでしょう」

 そんな訳あるか。

「か、飼う」

 飼うつもりなどないと言うつもりが、何故か口から出ていたのは肯定だった。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  ゆるゆ
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが、びっくりして憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! ノィユとヴィルの動画を作ってみました!(笑)  インスタ @yuruyu0   Youtube @BL小説動画 です!  プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったらお話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです! ヴィル×ノィユのお話です。 本編完結しました! 『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編、完結しました! 時々おまけのお話を更新するかもです。 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした

リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。  仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!  原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!  だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。 「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」  死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?  原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に! 見どころ ・転生 ・主従  ・推しである原作悪役に溺愛される ・前世の経験と知識を活かす ・政治的な駆け引きとバトル要素(少し) ・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程) ・黒猫もふもふ 番外編では。 ・もふもふ獣人化 ・切ない裏側 ・少年時代 などなど 最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結、恋愛ルート、トマといっしょに里帰り編、完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

処理中です...