不機嫌な子猫

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39話

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 いいですか、とにかく頭に「お願い」をつけるのです。
 レッドに何故かそう言われ、ウィルフレッドはまず合流したラルフに対し、連れてきた魔物は人に危害は加えさせないということと「お願い」という言葉を頭につけて飼いたい旨を述べた。
 レッド同様、警戒はしても魔物に対して怯えは感じていない様子のラルフも最初は渋った顔をしていたが、ウィルフレッドが「お願い」と口にしたとたん「うん分かったよ」と頷いてきた。横でラルフの側近であるイーサンが「いいんですか? 知りませんよ俺は」と引いたような顔をしてラルフを見ている。

「いいよ。ただし、城内を自由に歩かせないこと。散歩する時は懐かれているウィルがしっかり手綱を握ること。その際は、まぁ言うまでもないだろーけどレッドが必ず付き添っていること。もちろん、特殊魔法を施した首輪をずっとつけてもらう。多分こんな制限が付くと思うよ」
「……お前、そんなでもいいのか」

 ラルフに返事をする前に、言葉が通じているかも分かっていないがウィルフレッドは魔物に問う。

「ワフ」

 分かっているのかいないのか、魔物は一鳴きすると頷くように頭を動かし、ウィルフレッドの手を舐めた。

「この無礼者が……!」
「あ、その魔獣の頭を撫でてるのもいいけどねウィル。そういうことならとりあえずもう今日は城へ戻ったほうがいいかもね。兄様や姉様、それに王の許可も必要だろーしねー」
「な、撫でて、ません……」

 ところでレッドの言う「お願い」という言の葉には何かものすごい言霊でも込められていたのだろうか。今まで普段使うことのなかった言葉だけにウィルフレッドは正直戸惑っている。何となく屈辱的な言葉だという印象しかなかったが、実は人間界ではすごい魔力の潜んだ言葉なのだろうか。断固として反対だと言われそうなものだということくらい、ウィルフレッドも分かっていた。自分に懐いてはいるが、間違いなく魔物なのだ。今の人間界では魔物は少なくなった上に弱小化されているとはいえ、野生の獣よりも危険な存在であることに違いはない。だが逡巡されつつも結局は王である父親までもが許可してくれた。

「レッド」
「はい」
「お前がお願いという言葉に何か言霊を込めたのか?」
「は……? あー、いえ。俺を魔術師か何かだと思ってるんです? 俺に魔力はほぼありませんよ」
「じゃあ何故皆、お願いという言葉に弱いのだ」
「言う人にもよりますけどね……」
「どういう意味だ」
「そのままです」

 言う人にも。

 少し考えてみて、力のない自分が哀れだからせめてそれくらいの願いは聞いてやろう、という意味だと気づいた。やはり屈辱的な言葉には違いないということだ。

「ちょっと、王子。何急に無駄に暴れようとしているのです」
「無駄だと? というか離せ無礼者が! 第一これが暴れずにいられるか!」

 言いながらひょい、と軽々ウィルフレッドを抱き上げてきたレッドを睨むと呆れたようにため息を吐かれた。

「また何か盛大な勘違いを……」
「勘違いだと? ではどういう意味だと言うんだ!」
「はぁ。とりあえず部屋へ戻りますよ。その魔獣の手綱、しっかり握ってくださいね」
「だったら下ろせ! 聞いているのか!」

 下ろすどころか、久しぶりに俵抱きに近い縦抱きをしたままレッドは構わず歩き出した。既に魔力のこもった首輪で力を押さえられている魔物はさらに小柄となった外見で「ワフ」などと時折鳴きながら、とことこと後をついてくる。もちろん鎖に繋がれており、その鎖はウィルフレッドが持っている。

 何だこの図は……!

 イライラとして抵抗を試みるも、いつものことだが全くびくともしない。しかも何人かにこの間抜けな有り様を見られた。腹立たしいのは、見た者たちもいつものことだといった顔をしていたことだ。

「……レッド。貴様とはいずれ決着をつけねばならんな……」

 部屋に着いてようやく下ろしてきたレッドを睨み付けるも淡々とした様子で「望むところですね」と呟かれた。

「な……っ、不敬だぞ」
「何をおっしゃっているのです。俺はこんなに忠実なるあなたの犬なのに」

 忠実なる犬と言われ、元魔王としては震い付きたくなるほど気分がよかった。だが顔が少し熱くはなるものの何とか感情を抑え、「望むところなのだろう」とまた睨んだ。

「俺の考える決着はどのみちつけられません」
「は? どういう意味だ」
「特には」
「はあっ?」
「ほら、王子。魔獣にまず名前をつけてやらないと」
「話を……ああいや、それもそうだな」

 確かにまず名前をつけないことには、この魔物を契約で縛ろうにも縛れない。おそらく獣のような鳴き方しか出来ないなら真名もない、ある意味はぐれ狼ならぬはぐれ魔獣なのだろう。

「名前、考えるから一人にしろ」
「名前を考えるのにそこまでですか」
「煩い。いいから貴様はその間にこやつが食いそうな餌やら必要なものを揃えてこい」
「御意」

 軽く頭を下げると、レッドはすぐさまどこかへ行ってしまった。

「さて、あいつは仕事が速いし気づけばいるようなやつだからな……」

 早々に名付けて契約をしなければとウィルフレッドは魔物を見てニヤリと笑った。成り行きで飼うこととなったが、どうせ飼うならしっかり魔界での主従としての契約はしておきたい。

「……分かっているだろうが、別に貴様がうっかり粗相して人を傷つけて追い出されないようにするためではないからな? あくまでこの俺のためだ」
「ワフ」

 小さくなった魔物は千切れんばかりに尻尾を振っていた。
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