不機嫌な子猫

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40話

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「フェルですか」

 戻ってきたレッドはウィルフレッドがつけた名前を淡々と繰り返した。

「そうだ。こいつ、まるでフェンリルのようだろう。だからそれっぽい名前にしてやった」

 フェンリルは神話に登場する、狼の姿をした巨大な怪物だ。神話の中で有名なモーティナの話にはそれに絡む武器などは出てきてもフェンリル自体はあまり出てはこないが、神々の父と言われている神と対峙して彼を飲み込んだとされている災いを呼ぶと予言された怪物だ。
 そのフェンリルも初めは普通の狼とほとんど違いはなかったと言われている。それでも神族の監視下に置かれ、餌を与えられていると日に日に大きくなり力を増していったようだ。しかも神々に災いをもたらすと予言されたために拘束された。いくつかの鎖で繋がれてもフェンリルは容易に引きちぎったため、魔法の紐を作らせそれで拘束されたとある。
 まるで魔力を込めた首輪をつけた今の貴様のようではないかと楽しげに魔物に言えば、魔物は「ワフ」と嬉しそうに鳴いていた。

「何も神に災いをもたらす怪物の名前を取らなくても」

 犬が──とはいえ目の前の生き物は犬ではなく狼に似た魔物だが──大好きなレッドが呆れたように言っている。神などくそ食らえなウィルフレッドからすればむしろ小気味のいい選択ではないかとさえ思える。
 魔物に対し「貴様はフェルだ。フェルが真名だ。いいか、これから俺と貴様は血の契約を交わす」と言い聞かせ、魔王時代から今もなお覚えている呪文を唱え契約を交わした。フェルは分かっているのかいないのか、賢くも言われた通りにしていたのでスムーズにことは進んだ。

「レッド。俺とこのフェルは主従関係を結んでいる。貴様は従う者の先輩として、こやつの面倒を見ろ」
「……御意」

 基本無表情のレッドが明らかに困惑している。おそらく魔獣と主従関係を結んだなどと口にする主人に呆れているのだろう。ウィルフレッドも、もし自分が一般の人間なら同じく呆れていたかもしれない。だが実際は人間とはいえ前世は魔界の王だ。ウィルフレッド的には何もおかしなことはしていない。

 ……まぁこいつは魔物とはいえ、人語も魔界語も話せない様子の、ただの獣ではあるけどな。

 フェルも先ほど森で出会った時のように、かなり大きな体にもなるようだ。ただ本物のフェンリルなら当たり前のように言葉を話すだろう。

「よし。ではけだもの。貴様の先輩にみっちり教育してもらえ」
「ワフ」
「……教育……」

 レッドが微妙そうに呟いた。
 フェルにというよりウィルフレッドに対して呆れていたのだろう。元々犬が大好きなレッドは、狼に似た魔獣とはいえ遠目で見れば犬に見えないこともないフェルのことが、慣れたからか結構可愛いみたいだった。乗り気でない風であったわりにしっかりと面倒を見ている。

「餌は何を与えているのだ」

 ある日ふと気になって聞けば「肉と、術者殿に頂いた液状の飲み薬を時折」などと答えてくる。

「は? クライドにか? どういうことだ」
「フェルは魔獣ですので、術者殿にも相談しておくように王から言われておりまして」
「……ち。貴様、クライドに対して思うところがありそうなわりによく薬やら何やらもらいに行っているな」
「ことごとく誰のせいですか」
「俺ではないぞ」
「……」
「それに薬とはどういうことだ」
「術者殿いわく、首輪と共に魔力を抑える力があるようです」
「そこまで抑えなくともこやつは俺の従者だぞ」
「……はぁ」
「しかし薬なのだろう。普通頭のいい動物などは薬を混ぜた餌を吐き出すと言うが……」
「フェルは液体とはいえ薬をそのまま飲みますね」
「……。おいフェル。貴様まさかアホウなのか」
「ワフ」
けなされて喜んでいるのではないだろうな、この畜生が」
「王子……撫でながら言うことですか」

 呆れたようなレッドの声に、ウィルフレッドは「撫でてない。ゴミを払っただけだ」と言い返しながらフェルから離れた。

「クゥ」
「嘆くな。仕事が終われば後で散歩に連れていってやるわ」
「……どちらが従う者だか」
「何か言ったかレッド」
「何も」
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