不機嫌な子猫

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43話

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「何故」

 ウィルフレッドはかろうじて声に出すことが出来た。
 元々何を考えているか分からない上に腕の無駄なほどに立つレッドのことが苦手だった。小さい頃は確かにそれでも自分が周りに馴染めなかったのもあり、唯一といっていいくらいウィルフレッド的には懐いてはいたが、魔王の記憶が戻る前後辺りには既に苦手だと思っていた。それでも最近はようやく慣れてきたと思っていたが、今のレッドは苦手以上に、何か怖い。
 元魔王が「怖い」などと屈辱でしかないが、怖いものは怖い。幽霊とは全く違った意味で怖い。

「何故……貴様はそんな顔をして……俺の許可なく俺の部屋に留まっている」

 よし、言えた。

 ウィルフレッドは内心ガッツポーズをした。少し掠れたような声にはなったが、つかえもせず、かろうじて威厳を保った風に多分言えた。

「……俺は元々こういう顔です。あと俺はあなたの側近です。何かおかしなことありますか」
「で、は今は一人にさせろ」
「その前に、俺も俺の部下に対して責任があります。先ほどのこと、王子からどういったことだったのかお聞かせいただきたい」
「簡単に説明しただろ」
「事故だ、と。一体どんなことがあって全く接点のない者に組み敷かれる事故なんて起きるんです?」
「しょ、書類を持ってきて、ついでに送ってもらったと言っただろう」
「俺を差し置いてわざわざ知らない者に?」
「煩い。そもそも俺に言う義務はない」
「……そうですか。ではあの者の首をはねます」
「は、はあっ? ふざけるな」
「ふざけていると思いますか? たかが一騎士が王子の部屋に入り込むだけでも問題です。その上どういう目的か王子を押し倒すなど、本人の首だけでは足りないくらいです」
「本人から話を聞け」
「あの者は正直者ではありますが優秀な騎士でもあります。王子に対して自分が悪かった以外に口にするかどうか……」
「っ分かった、言う。言えばよいのだろう! 俺が童貞を捨てようと勝手にあやつを連れ込み押し倒そうとして少し間違えた。だからあやつは悪くない」

 ものすごい勢いで簡単に話すと、レッドは驚きもせずにただ呆れたようにため息を吐いてきた。

「何だその態度は! 貴様、まさか分かっていて謀ったな……? 本当はモヴィの首をはねるつもりなどなかったのだろうっ?」
「今はそんなことどうでもいいことです。王子。……何を考えているのですか……」
「ど、どうでもよくないし、その態度は何だ、無礼者が」

 思い切り睨み付けて言ったつもりだが、正直なところレッドが静かに怒っているのが気になってしまい、ウィルフレッドは強く言い返せなかった。

「俺はあなたの側近です。王からも多少の言動は許可されています」

 王族につく側近は年の近い同性をあてがわれるため、教育者とまではいかない。だが王族の者が道を間違えないよう、心を折ることのないよう、日々穏便にそれでいて国のために進めるよう、いつでも寄り添い時には道を指し示すことが欲求される。そのため、文武両道だけでなく心も鍛えなければならない。普段のんびり付き添っているだけに見えるが、側近は相当大変な立場であり業務となる。

「だから何だと言うのだ……」
「無礼とあなたに言われようがこうして詰問さえいたします。何故急に俺の部下相手に童貞を捨てたい、などと? そもそもそういった行為に対して今まで意に介した様子などなかったのでは」
「……」
「王子」
「っち。貴様もだが、兄上たちがこの俺を子ども扱いするからだろうが」
「……、……は?」

 レッドが思い切り怪訝な顔をしてきた。いくら美形でも、基本無表情に近い目付きの悪い者の怪訝そうな顔はある意味かなり凄まれているようにさえ見える。ただでさえ先ほどから静かに怒っているようにしか思えないだけに、ウィルフレッドはどうにも落ち着かなかった。

「貴様らが俺をいつまで経っても子ども扱いしてくるから、なら童貞を捨てればそれなりに大人の扱いをしてくるかと──」

 レッドが一瞬唖然とした後に凄まじく怒ったような、呆れたような顔をしながら頭を抱えだした。

「……頭はいいはずなのに何故この人は所々でこうも馬鹿なのか……」
「っおいっ! 今の、独り言のつもりだろうがな! 聞こえたからなっ?」

 いつもなら心のこもっていない謝罪が返ってきそうだが、今は違った。ウィルフレッドを見てきたレッドはますます怒っているように見える。

「……どうしても……そういった行為をなさりたい場合は……誰かいい相手をちゃんと身繕いますので……言ってください……どうせその辺の相手で済まそうなどと……考えたのでしょうが……」

 絞り出すように言ってくる言葉すら怖い。

「わ、分かった、から」
「しかも……童貞を捨てる……? どう見ても押し倒されてただろうが……」
「そ、それは不可抗力というかだな! 俺は押し倒そうとしたのだ、だが上手く動いてくれなくてだな、何故かああいう体勢になっただけだ。しかしあの体勢でも出来ないことはないと思ってだな」
「あれくらいの体躯の男一人押し倒せない人があの体勢からどうやってそういった行為に持ち込むのです? むしろあなたが捨てるのは処女のところだろうが!」

 この野郎、と忌々しく思いつつも、レッドの言うことが間違っていないのも事実のため、ウィルフレッドはただムッとレッドを睨み上げた。

「ならそれでも構わん」
「は?」
「どちらだろうが、セックスをすることに違いはないのだからな。尻のほうを失うのであっても目的は果たせるなら同じことだろうが」

 言い返せないのだけは悔しくて納得出来ないために半分以上自棄になって言えば、レッドはますます怒り、呆れたような顔をしてきた。
 ここまでレッドが怒るのは相当珍しい気がする。そのため屈辱を感じるよりも、少々萎縮しつつウィルフレッドがポカンとしていると腕をつかまれた。
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