不機嫌な子猫

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42話

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 おかしい。
 どう考えてもおかしいし、こんなはずではなかった。

 ウィルフレッドは少々混乱している頭で思った。
 確かに魔王の頃に比べて少し、いやだいぶ背が小さい。今の兄弟に比べてもはるかに小さい。姉であるアレクシアよりもかなり小さい。そして力もない。魔力云々を抜きにしても、ずっと稽古し続けている剣術もままならない。
 そんなことは分かっている。だがそれでも、何故、何がどう間違って自分が倒れるのか。
 そういえば前にずいぶん年上の男を押し倒そうとした時も倒せなかったなとぼんやり思い出す。だがさすがにその時は自分は倒れなかった。
 ウィルフレッドは思考停止したかのように固まっていた。だがモヴィもそれは同じなのか、二人して今の体勢のまましばらく動かなかった。はたから見れば、ウィルフレッドはモヴィに押し倒されているようにしか見えないだろう。
 先に我に返ったのはモヴィのほうだった。自分が王子を組み敷いていることに気づくと、申し訳なさにだろうか、赤くなって慌てて謝りつつ起き上がろうとしてきた。それでウィルフレッドも我に返ったが、結果的にこういった体勢になったとはいえこの体勢からでも出来ないことはないと考える。

「待て、何故逃げようとする」
「そ、……っ当然です」
「……確かに俺は平凡な顔で体も小さいがそこまで嫌がらなくともよいのではないのか」
「ち、違います……! ウィルフレッド王子に何てことを、と……俺は……」

 モヴィは動揺してか、ますます顔を赤らめている。ウィルフレッドはニヤリと笑いながら退こうとするモヴィの背中に片手を回した。

「何を恐縮している? いいぞ、構わない。俺が──」

 お前を極力優しく抱いてやろう、と囁きかけたところで、ノックと同時によくあることだがラルフとアレクシアが入ってきた。せめて鍵をかけておけばよかったとウィルフレッドは心底思った。
 ついでにレッドもいるのは、いつもなら仕事を終えたらしばらく執務室で茶を飲んでから出てくるウィルフレッドが早々にいなくなっていたためだろう。

「ウィル、今度の週末──」

 アレクシアが何かを言いかけて固まっている。その後に入ってきたラルフがベッドの上に気づくと、いつもの様子と違って「お前、誰」と剣呑な様子で近づいて来た。

「あ、も、もう、申し訳ありません……! その、俺は……あぁ、俺は本当に何ということを」

 一度に王族を何人も間近で見た上にこの状況だからか、モヴィは顔を青ざめ間違いなく混乱し泣きそうになっている。
 何だこの茶番劇のような展開は、と一人淡々と冷めた気持ちでその様子を見ていたウィルフレッドだが、さらにレッドの様子に気づいて一瞬固まった。
 整っているとはいえただでさえ怖い顔立ちだというのに、これではまさに悪魔並みに危険なのではないかとウィルフレッドはそっと思った。魔王に敵う悪魔はいないが、中にはかなり危険な存在もいた。今のレッドはそれに匹敵しそうな勢いだとドン引きする。
 モヴィは慌ててウィルフレッドから離れたものの、畏まり過ぎて床を舐めるのではという勢いでベッドから降りてひれ伏している。さすがにウィルフレッドも不憫になった。実際、モヴィにはなに一つとがはない。

「覚悟は出来ているのだろうな」

 何故かは分からないながらもどれほど怒っているのか、ラルフは既に剣を抜いていた。普段なら止めに入りそうなものであるレッドはただ黙っている。そして顔が怖い。アレクシアは何とも読めない表情で皆の様子を見ているといったところか。

「まっ、待ってください兄上」
「ウィル……大丈夫だったかい? 安心して、今この不届き者を始末するからね」
「いえ! 大丈夫ですしこいつは何も悪くありません。ですので剣をしまってください」
「ウ、ウィルフレッド王子……」

 モヴィが顔を上げて泣きそうになりながらウィルフレッドを見てきた。一方ラルフは顎が外れるのではないかといった風に驚いている。何をそんなに驚いているのかと、ウィルフレッドのほうが驚きたかった。

「兄上?」
「ウィルが……相手を庇う……? 何? 何があったの? も、もしかして、もしかしてこいつのこと、好きなのっ?」

 何をどうしたらそうなるのだ。
 ウィルフレッドは今度こそ驚愕の表情でラルフを見た。

「兄上……大丈夫ですか」
「何が? ううん、ウィル、君が押し倒されている光景を見た時点で大丈夫じゃないよ……おまけに好きとか……」
「いや、ほんと何言ってるんです? ちょ、姉上……どうにかしてください!」
「で、ウィルはレッドとそちらのなかなかに男前の騎士さんとどちらが好きなの?」
「姉上っ?」

 ほんと何言ってるのだ……?

 ウィルフレッドは唖然とした。ちょっとした気持ちでやらかそうとしただけだというのに、何故こんなに面倒くさいことになるのか。
 舌打ちしたくなっていると、レッドがじっとウィルフレッドを見ていることに気づいた。考えや何やらと見透かされているかのような感覚に、つい思わず目を逸らす。
 とりあえずその場は一旦収集がついたというか、つけた。ラルフはまだ納得していない風ではあったが無理にでも納得してもらわないと本当に面倒くさい。アレクシアは最初から最後まで反応が謎だったが「ウィルが嫌な思いをしていないなら、私は全然問題ないのよ」と微笑んでくれた。
 ちなみに少し後にどこからかルイの耳にも入ったらしい。どうやらあの整い過ぎている顔を慈愛溢れる笑顔にしながら、手で首をかっ切る動作をしたらしく、その話を聞いたとたん、ウィルフレッドは慌ててルイのもとへ駆けつけたりした。モヴィに何かあれば、元魔王であるウィルフレッドにしてもさすがに後味が悪い。
 とてつもなく気軽な気持ちだったというのに何故こうも面倒なことになるのか。ラルフにしてみれば、これくらい日常茶飯事なことではないのかとウィルフレッドは忌々しく思う。
 そして何気に一番落ち着かないのが、レッドの反応だった。
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