不機嫌な子猫

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61話

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 広くはないこの場所であっても魔物は突然現れたような気がしたが、おそらくは先ほど皆が入ってきたように、魔物もどこからかの歪から入ってきているのかもしれない。この空間は魔物が元々生息していた場所というよりは、どこかと襲われた村周辺を繋ぐパイプみたいなもののようにウィルフレッドには思えた。魔物といえども突然泡のように発生するものではない。生息するにはいくら魔物とはいえあまりにこの場所は無機質過ぎる。誰かがあえてこういった場所で魔法なりなんなりで魔物を生み出しているのなら話は違うかもしれないが、そんなことをする人間など長らく魔王として生きていた頃もあまり聞いたことがない。

「おい気を付けろ! こいつらは上で兄上とエメリーが倒していた魔物同様、石化攻撃をしてくるし毒も放つ。しかも毒は石を砕くほど強烈だ。あともしかしたら火を吹いてくるやもしれん!」
「御意!」
「かしこまりました!」

 バジリスクも決して弱い魔物ではないが、レッドとフェルの三人だった時と違いエメリーもいる分、今回はさらに楽に片付けることが出来た。

「ウィルフレッド様が魔物にお詳しいので助かります。攻撃方法や弱点を知っていると有利ですしね」

 エメリーの言葉でむしろ普通はあまり魔物について知らないのかと今更ながらにウィルフレッドは気づいた。考えれば今の時代はずいぶん魔物も減った上にほぼ弱い魔物しか生息していないと言われている。ミノタウロスやバジリスクといった、少なくとも国周辺には存在しないはずの魔物をわざわざ知識として取り入れるのはそれこそ術者や学者、あとは変わり者くらいなのかもしれない。

 ……まさか変わり者と思われているんじゃあないだろうな?

 じろりとエメリーを睨み上げるとエメリーは分かっていない様子で首を傾げていた。
 気を取り直して魔物がどう現れているかについて自分の考えをウィルフレッドが述べると、エメリーは「確かに」と頷く。レッドはこういった時は求められない限り自分の考えを述べないのでまた黙ったままだ。
 とりあえずバジリスクが現れた方へ向かうことにした。そのまま歩いていると何度かまた魔物が出てきたが、それらも難なく倒す。いくつか道が分かれ、とりあえず一つ一つ進んではみたが、来た道と何ら特徴──要は何の特徴もないのだが──に変わりがない。道の先にはウィルフレッドたちが入ってきたような歪があり、様子を窺いつつ何とか這い上がった。高さがあったりと、魔物ならいざ知らず、人間の身ではなかなかに出るのは容易ではない。中から外へは大した力もなく歪は広がる。ただ外へ出てみてもおそらくだが魔物が現れた場所ではないかということが分かっただけだった。結局どこから魔物が現れているのか、何故こんな歪があるのかなど分からないままだ。
 どの道も結局は元の場所まで戻ることになった。あえて最後に残した、他の道よりかは多少広めの道を今度は進むと、ようやく他と違い少し広くなっている場所に着いた。相変わらず殺風景な何もない空間だがやたら天井が高い。そして一ヶ所だけぽつんと台座のようなものがあり、その上に禍々しさを感じさせてくる淀んだ赤い石が置かれていた。誰がどう見ても怪しさしかない。取った瞬間、よくないことが起こるとしか思えない。だというのにエメリーが少々興奮したように言ってきた。

「あの石を出来れば持ち帰り調べたいのですが」
「……エメリー、好奇心は猫をも殺すという言葉を知らんのか」

 ウィルフレッドが呆れたように睨むも、エメリーは眼鏡を光らせながら見返してきた。

「そんなことで死んでしまった猫は好奇心というより心労が身の毒となった心の弱い猫ですよ。それに普通に考えて侵入者を想定していないはずのこの場所であえてこんなあからさまに怪しいものを置く心理を考えてみてください」
「どうだというのだ」
「分かりません!」
「は?」
「分からないからこそ尚更調べたくなるのではないですか」
「っいいから少し待て!」

 頭の変にいい学者肌のやつは何故たまにいっそ馬鹿なのかと言いたくなるようなところがあるのだとウィルフレッドは微妙な気持ちになった。するとレッドがぼそりと告げてくる。

「……王子。エメリーがこうなるともう無駄です」
「は?」
「諦めましょう」
「おい」
「どのみち今の状態では分からないままです」
「……ちっ」

 舌打ちをしてウィルフレッドは今まで魔物を倒す以外は大人しかったフェルを見た。視線に気づき、フェルは見上げてくる。

『まあ間違いなく強い魔物が現れるでしょうね』
『エメリーの言うようにここは基本的に侵入者を想定していないはずだろう。なのになぜこんな罠……にしてはあからさま過ぎるがまあ、一応、罠をしかけるのだ』
『一つはまさしくその罠のためでしょうね。これが発動することでここを作ったものは異変に気が付くのではないでしょうか』
『ここに侵入した時点では気づかないのか』
『そんなことをしていたら作った者の神経がすり減っていくらあっても足りませんよ』
『ふん……。で、一つは、ってことは他にもあるのだな』
『多分それは──』

 フェルが言いかけている途中で激しい地鳴りがした。見ればエメリーが既に石を取り上げている。

 あのクソ馬鹿野郎が……! 犬も出来る「待て」すら出来ないのか……!

 文句を言う暇もなく、地面が激しく揺れながらひび割れていった。崩れた岩のような石のような土のような地面がそして中心へと集まっては盛り上がっていく。

「クソ……何で俺がこんなのと対峙せねばならんのだ」

 盛り上がりはどんどん高く大きくなっていく。そしてそれは人型とも言えるような状態を形成していく。ゴーレムだ。作った主人の命令だけを忠実に守る泥人形であり、元魔王だろうが現役魔王だろうが作った主人以外が命令しても意味がない。また様々な制約があり、それを守らないとただの狂暴化した危険な存在となる。

「エメリー貴様、あとで覚えてろよ! おい、こいつはゴーレムだ。魔法耐性がそこそこある。……俺がフェルと何とかして動かなくする。だから貴様らはゴーレムをひきつけるためにただひたすら無駄に戦え!」
「かしこまりました!」
「王子! あなたをそんな役目に……」
「レッド煩い。反論はなしだ馬鹿者!」

 ウィルフレッドはそんなことを言いながら、大きくなっているフェルの背中に乗った。

『高くジャンプできるか』
『お任せください』

 ゴーレムはそれこそ儀式や魔法により作られた巨大な人形のようなものだ。額に真理という意味の「אמת」と書くことで完成し動く。その「א」の文字を消せば、死を意味する「מת」となりゴーレムは一旦壊れる。確かその間に体の中にあるコアを完全に壊してしまえば再生されることもないはずだった。
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