不機嫌な子猫

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67話

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「理解できません」

 部屋に戻り、旅立ちの準備をまた行うようレッドに申し付けたところでそう言われた。

「俺が貴様に準備をしろと言うことがか」
「そんなはずないでしょう。準備くらいいくらでもします、がクライド殿が何故王子を連れていきたがるのか、がです」
「だから先ほど歩きながら説明しただろうが。俺とフェルが歪を発見したし色々知ってそうだから、現地でも俺に話を聞きながら確認したいらしいと」

 二度目の説明をしながら、ふとそういえばクライドは「現地で彼らの話を聞きたい」と言っていたなと思い出す。少し違和感だが、多分「彼ら」というのはたまたま出ただけの言葉の綾だろう。

「あのクライド殿がですか」
「お前の言うクライドがどのクライドか分からんが、本人がそう言うのならそうなのだろう?」

 ウィルフレッドとて、クライドが連れて行きたいと言う理由について納得した訳ではない。だが少なくともそれこそあのクライドが何をどう言おうが連れて行きたくないものをわざわざ連れて行きたいとは絶対に言わないということだけは分かる。それでなくともウィルフレッドのことは嫌っているのかと思う勢いで邪険にしてくるのだ。本人曰く「煩い子どもが嫌い」だそうだが、ウィルフレッドは煩いつもりはないしそもそも子どもでもない。だからウィルフレッドのことがやはり嫌いなのだろうと思っている。もちろんウィルフレッドも自分を死に追いやった張本人なのだ、好きなはずがない。それでも何らかの意味があって連れて行きたいと思うのならもちろんそれに乗る。

『フェルはどう思う』

 レッドと共に話を聞いていたであろう、鎖に繋がれ一緒に歩いてきたフェルをそっと見下ろすと『クライドに何か考えがあるのでしょうね』と返ってきた。

『だろうなぁ。だとしたらやはりここは行っておくべきだろう。その考えとやらも知りたいしな』
『よいと思います。私も知りたいですね』

 ……それに敵を知る絶好の機会だしな。

 ニヤリと笑っていると「嬉しいのは分かりますが安全な場所という訳でもないんですよ」とレッドに言われた。

「嬉しい訳ないだろうが」
「王子がクライド殿のことがお好きなのは知っています。別に意地を張らなくともいいでしょう」
「は、はぁ? そういえば貴様、前もそんなこと言ってたな。俺があれを好きになるはずないだろうが。むしろ嫌いだわ!」
「あれほど素っ気なくされても何度もわざわざ会いに行かれてるのにですか」

 呆れたように言われてウィルフレッドはムッとした。

「なら聞くが貴様は俺が誰か他のやつを好きだと知っていると思っているその頭で俺に対して勃たせ、俺を抱いている訳か。そして俺は好きな相手がいるにも関わらず誰だろうが己のものを勃たせ咥え込む男という訳か。何ともろくでもない。第一、貴様は俺をどこまで誰でも構わずヤりたがる淫男いんなんにしたいのだ」
「……そ、のような、こと、は……」

 別にそこまで思ってはいないが、あえて大袈裟に言うとレッドが途端に狼狽し始めた。やはりたまにではあるが面白い反応を見せてくれる。ウィルフレッドは気分が向上してきた。面白いと性欲は決して一致するものではないが、何故か普段見せない反応をしているレッドを見ているとむずむずとしてくる。昨夜あれほどもう勘弁して欲しいと思うほどひたすらしたというのに、またその気になってくる。

『おい、フェル。貴様、少し席を外せ』
『ではあちらの部屋へ行ってましょう。あなたの部屋でしたら私もどの部屋だろうが自由に動けますしね』
『うむ。全く面倒なやつよレッドめ。貴様に見られてようが気にする必要もないだろうに』
『ウィルフレッド様は少し気になさったほうがいいのでは』
『では貴様も気にするのか?』
『私は獣ですので。性交などいたって自然の原理ですし動物はその辺でいたしますしね。ウィルフレッド様もそちら寄りで?』

 さすがに動物ではないわとフェルを睨むも気にした様子もなく別の部屋へ向かっていった。少し微妙な気持ちでそれをそっと見送った後で、ウィルフレッドはまだ少し動揺している様子の、だが次第にまた不満げになりつつ旅の準備を続け出したレッドに手を伸ばした。

「王子?」
「それは後でいい」
「は?」
「クライドと旅をすればしばらく禁欲生活になる。だから補給させろ」
「ほ、きゅう。……って、明るいうちから何を言っておられるんです」
「貴様知らんのか? 平民はむしろ昼に致すそうだぞ。夜は真っ暗だし家族で同じ部屋に眠るらしい。家族で同じ部屋だぞ。信じられないな? しかし楽しそ……いや、とにかく昼にそれも外で致すのが普通なのだそうだ」

 ふふん、と得意げに言えば「どこからそんな知識を」と呆れられる。どうにも呆れられてばかりのようで忌々しい。

「ラルフ兄さまに聞いた」
「……あの方は全く……」
「ええい、煩い。貴様はほんと俺に対して呆れる反応しか見せてこないな?」
「そんなことはありませんが」
「よし。じゃあ呆れる以外の反応を見せろ」

 言いながらウィルフレッドはとん、とレッドを押した。油断していたらしいレッドがバランスを崩すのをいいことにそのまま一緒に倒れ込む。すると案の定レッドは体勢を整えるよりもウィルフレッドを支えることを優先してきた。倒れるレッドの上に乗るとウィルフレッドは笑いかけた。と言ってもおそらく何か企んでいるとしか思えない表情でしかないだろうが気にしない。

「王子……。離れてください」
「馬鹿者め。俺が貴様としたいと言っているのだ。貴様がいい、と。他の誰でもなく。なら貴様は喜ん……何故急に硬くなるんだ?」
「……極悪か」
「は?」
「なんでもありませんし、申し訳ありません。疲れているのかもです。とりあえず旅の準備を──」

 綺麗でも何でもない男である自分に対して昼の明るいうちからその気になるのは確かに難しいだろうと思っていたが、疲れてだろうがなんだろうが勃起したのなら話は早い。この機会を逃すかとばかりにウィルフレッドは相変わらず頑固そうなレッドの唇を自分のそれで塞いだ。そのままなし崩し的に行為に及び、その後思い切り深い眠りに陥ったようだ。そのまま翌日の昼過ぎまで目を覚まさなかった。
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