不機嫌な子猫

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68話

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 実際、クライドの力を今の自分になってからウィルフレッドはきちんと見たことがなかった。せいぜい怪しげな薬を作っているところくらいだ。後はいつ見ても本を読んでいるかとりあえずサボっているイメージしかない。
 それもあり、いざ転移魔法を事も無げに使うクライドを目の当たりにした時真っ先に浮かんだのは魔王だった自分を封じ込めてきたクライドだった。

「……顔色が悪いが、疲れが取れていないのか」

 一度でかなりの距離を移動したらしいクライドはそれなりの魔力を使ったであろうにも関わらず全く疲れた様子もなく、ただいつものように面倒そうな態度でウィルフレッドを支えたまま顔を覗き込んできた。フェルはウィルフレッドの胸元で『なるほど、やはりかなりの魔力を持ったやつですね』などとしみじみ呟いている。

「別に疲れておらん! あれだ、こういった移動に慣れていないからな。少し酔ったのだろう」

 嘘だが。

 魔王の頃、散々自分も使った力だ。酔うも何も、感覚としてぼんやりと覚えている上にウィルフレッドは力を使うこともないのだ。全くもって負担はない。ただまだ体が実際に疲れているのと少しトラウマにやられただけだ。そんなこと、忌々しくて口に出来るはずもないし、そもそもクライドに封じ込められた魔王だなどと言えるはずもない。
 後は自分を封じ込めてきた相手に支えられているこの状況に、仕方がないとはいえ面白くなさを感じているのもある。
 ウィルフレッドはジロリとクライドを見上げた。レッドよりも少し低いであろうクライドもウィルフレッドよりはおそらく0.5フィート──15センチくらい高い。そのせいで本当にとてつもなく支えられているという感じが否めない。

「酔うような揺れを感じる暇もないだろう」
「煩い。感覚的なものだ」
「まあいい。では休憩するか?」
「……構わん。さっさと向かってまとめて休みを取ったほうが楽だし効率的だ」
「そうだな」

 どうでもよさげな様子で、クライドはウィルフレッドをさらに引き寄せるとまた力を使った。ウィルフレッドも魔王だった頃そうではあったが、特に長い詠唱をすることもなくさらりと使う。ルイ辺りならどうか分からないが、普通の人間なら相当力を込めて延々と詠唱してもこれほどの距離をいとも簡単に移動することなど不可能だろうと思われた。
 ただ、クライドと一緒に移動しているのはウィルフレッドとフェルだけだ。ここにレッドはいない。



「冗談じゃありません。俺はウィルフレッド王子の側近です。共について行かないなど、受け入れられません」

 機嫌の悪そうなクライドが珍しくウィルフレッドの部屋に続く謁見室に「いい加減に起こせ」と行ってきた後に、連れて行くのはあくまでもウィルフレッドとフェルだけだと分かったレッドはこれまた珍しく憤った様子で抗議していたようだ。レッドに起こされる前にその憤慨した声でウィルフレッドは目を覚ました。もちろんレッドだけに騒々しい程でもないのだが、普段ここ一体は静かなものであるため、耳慣れない様子にウィルフレッドも目が覚めたのだろう。その上昼過ぎだ。

「王子からも言ってください。あなたに付き添わないなどとあり得ない」

 確かに今までレッドが傍にいないことなどほぼなかった。たまにラルフに誘われ城を抜け出したりしても何だかんだでレッドはいた。他にもウィルフレッドが一人で行動しているつもりであっても、気づけばレッドはいつもいる。それが既に当たり前のようになっている。ただウィルフレッドとして生きてきただけならそれが当然のことだと思っていたかもしれないが、あいにく魔王時代にわりと好き勝手やっていたのもあり、側近が傍にいない状況が存在することも知っている。

「……あー、おい。クライド。何故レッドは置いていくのだ」
「移動するのに邪魔だからだ」
「……、だ、そうだ」

 ウィルフレッドとしてはレッドが傍にいるほうがもちろん過ごしやすい。今の自分だと魔王時代と違って色々と力が足りないのもあるので尚更だ。ただ、さすがに駄々をこねる程ではないのと、もしクライドがフェルのことや他に魔物や魔界絡みで確認したいことがあったりといった何らかの思惑があるのなら、レッドはいないほうがいいかもしれない。まさかウィルフレッドが元魔王だとは誰も思いつきもしないだろうがクライドだけに何というか、侮れない。なのでどうにも歯に衣着せぬ、という訳にもいかない。

「……俺は王子の命令以外従いません」
「おい。俺を困らせるな。……っち。クライド。レッドはどうしても連れていけないのか?」
「どうしても来たいのなら一人、馬で来ることだな。ただし現地に着く頃にはこちらは帰ることになるかもしれんが」
「……クライド殿。あなたほどの術者なら俺一人増えたところで転移魔法に大した差はないのでは」
「万が一腕や首が行方不明になっても私に文句を言わないのであれば連れていくが?」
「おい! いい加減にしてくれ鬱陶しい。レッド。貴様は今回ここに残れ。命令だ」
「な、……っ、……御意」



 こういった流れでレッドはいない。出発する前、レッドは「お気をつけを」と口にした後黙ったままウィルフレッドの手を両手で握ってきた。ただ、「どれだけついてきたかったんだ」と笑って言えば何故かため息を吐かれた。
 二人と一匹ということもあり、例の村には予定よりも早くに着いた。連絡はいっているようで、臨時のウィルフレッド用簡易テントは既に寛ぎやすい状態で準備されていた。ただし広い分、クライドもここで休むことになるという。まだ爪痕も痛ましい状況だけに、さすがにウィルフレッドも文句は言えなかった。
 暖かい茶も用意されており、とりあえずウィルフレッドがホッと寛いでいると、クライドが同じく茶を飲みながらウィルフレッドをジッと見てきた。

「何だ」
「……確認したかったのだが」
「何をだ」
「戯言なら流せ。……お前は……ひょっとして……元魔王ではあるまいな?」
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