不機嫌な子猫

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71話

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 既に封じられているとはまさか思いもよらなかった。
 いくら努力し、鍛えてもちっとも成長しない訳だ。ただでさえどうやら長年封印されていたせいもあって力が削がれているらしいだけでなく発動や発達も遅く、おそらく封じられなくとも結局大した力ではなかったかもしれないとはいえ、封じられていなければせめて多少の成長くらいは見込めたのではないだろうか。

「許さんからな!」
「別に許しなど乞うていない」
「き、さま……! だいたい俺のことは見極めて問題ないと判断したのであろうが! だったら奪った力返せ」
「別に奪ってなどいない。封じただけだ。あと念のために封じたのは見極めようとする前だ」
「その辺の些細なニュアンスはどうでもいい! 返せ!」
「いや、お前にとっては残念かもしれんが、封じたままにさせてもらう」
「はぁっ? 俺は問題ないのだろうっ?」
「魔王だったとわざわざ報告する必要はないとは判断している。だがお前に力を戻した場合にお前がどう変わるかは見極めていないし不明瞭だ。今回はお前が本当に元魔王だったか明確にしたかっただけだと言っているだろうが」
「こんっのクソ石頭……!」

 罵ると、クライドは怒るどころかどこか楽しそうに口元を少し緩めてくる。

「ふ……。さすが元魔王。口が悪いな。ただ単に子どもだというだけでなく魔王だからこその口と性格の悪さという訳か。とても納得させてもらった。……だいたい何故力が必要だ? 何に使いたい。先ほど口にした国を征服するためか。それとも国を守るためか? お前の仕事は国璽尚書だ。書類を管理し、頭を使うどこに封じた力がいる?」

 本当にイライラさせられる。

 確かに力を使いたいのは国を征服するためだ。
 そう言えばせっかく問題なしと判断しているクライドが「危険あり」と判断し、ウィルフレッドの正体をばらされてしまうかもしれない。最悪力を封じられるどころかウィルフレッド自身を封じられてしまうかもしれない。

「……今回の出来事でも分かるだろうが。力がないよりあったほうが国を守りやすい」
「魔力や筋力などで国を守る仕事は他の者がいるだろう。お前の仕事は頭と知識を使うこと。何か間違っているか?」

 本当にイライラさせられる。

 ただ、上手い反論が思いつかなかった。下手なことを言えば野心を見透かされてしまうかもしれない。ウィルフレッドは仕方なく黙った。

「どのみち私が封じた力など些細なものだ。戻したところで大した違いはない」
「っち」
「かもしれない」
「は?」
「当時お前の器は大したものではなかった。だが今のお前は日々努力だけはしている」
「だけは、が余計だろうが」
「その場合」
「無視かよ」
「大したものではなかった力を戻した際に、積み重ねたものが反応してもしかしたら多少なりとも大きな力となる可能性もなきにしもあらず」

 なきにしもあらず──ないとは限らない。少しはあるという意味だ。あまり望みが感じられない。ウィルフレッドは微妙な顔をクライドに向けた。

「そういえば……お前も飲むか?」

 見ているとクライドがふと気づいたかのように聞いてくる。

「……聞くのが遅い。どのみちいらん。俺は酒を口にしないことにしている」
「ああ、なるほど。今のお前は酒にも弱いのだな」

 またほんの少し楽しそうに口元を緩められた。

「煩い! しかも、にも、とは何だ! 違うぞ。口にしないのはお前の言うように頭を使う仕事をしているのだ、いつだって頭を明瞭にしておくためにだな」
「まあ、どうでもいいことだ」

 ほんっとうに、イライラ、させられる。

「それよりもその魔獣についてだが」

 いくら飲んでもちっとも変わらない様子のクライドがちらりとフェルを見てきた。

「貴様は何の脈絡もなしにいきなり話題が変わるな。コミュニケーション力に弊害でもあるのではないのか?」
「言葉を話せるのではないのか」
「無視かよ。……というか何故、そう思った」
「元魔王とはいえ、今のお前はまだ今の世界を完全に把握しきってはいないだろうし、そもそも魔力もない。だというのに妙にその魔獣を上手く扱い、そして歪を発見したりもしている。まあ、状況証拠とでも言えばいいか?」

 クライドは淡々と述べてきた。ウィルフレッドはフェルを抱き寄せることで間を誤魔化し、フェルに話しかけた。

『否定したほうがよいだろうか』
『それはウィルフレッド様に任せます。ただ、クライドはあなたの正体を知る者。その上で一応今は味方でもあります』
『力を返さないのにか』
『返して万が一あなたに魔王としての片鱗が現れた場合、この者ならおそらく躊躇せずまたあなたを封印するでしょうね。私がついておりますし、今は力に関してはまだ様子を窺う方向でいいのでは』
『……っち』
「クライド。貴様の察しのとおり、フェルは俺と意思疎通が可能だ。それは俺が元魔王だからかもしれないし、誰でも可能かもしれん。それは知らん」

 おそらく普通の人間に対しても話せる可能性は高いだろうがあえてウィルフレッドがそう言うと、クライドは少し首を傾けた後にまたフェルを見た。

「……フェル。薬の効きはどうだ」
「おかげ様で大きくならんな。あと薬単品はクソ不味い。肉味にしろ」
「……話せるようだな」

 なんて会話だよ。

 ウィルフレッドは微妙な顔をした後にクライドを軽く睨む。

「貴様はどのみちとてつもない魔力の持ち主だろうが。普通の人間だと知らんからな?」
「この辺にいる者で確認するつもりはない。今はこれで十分だ。ではそろそろ眠るとしよう」
「……貴様はうっかり殺したいほどマイペースだな」
「うっかりで殺されては堪らんが、な。いいからお前も寝ろ。明日は歪を見に行く」

 眠ることに関しては特に反抗する理由もない、とウィルフレッドは頷いた。だが寝所のスペースは一つしか見当たらない。

「貴様はこの中のどこで寝るのだ」
「そこだが」
「そこは俺が使うに決まっているだろう」
「私も使う。何か問題でもあるのか?」
「何故俺が貴様と共に眠らねばならんのだ!」
「この時期はそろそろ、特に明け方は相当冷える。お前はガタガタ震えて結局寝不足のまま調査に付き合うほうがいいのか」
「お前はほんっとうに忌々しいやつだな!」
「元魔王にそう言っていただき光栄の極みだ」

 光栄そうな様子が微塵も感じられない様子、というかむしろ鼻で笑ったのをウィルフレッドは見逃していない。だが結局仕方ないとクライドの横で眠った。フェルも同じくウィルフレッドの側で眠る。そのままウィルフレッドは朝までぐっすりだった。
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